アンビシャスファーム
農村経営者 佐藤 孝志(さとう たかし)
この夏、突然、観光名所となった「ひまわり畑」。そこには……。
2019年夏、北上市の西部に位置する夏油高原に広大な「ひまわり畑」が出現しました。
日頃は観光客どころか地域住民すらも畑仕事以外では訪れることのない、森のそばに佇むおよそ2ヘクタールの農地を約10万本の黄色い花が埋め尽くす様は圧巻。
燦燦と降り注ぐ太陽の光を浴びて元気いっぱいに咲くひまわりの様子は多くのメディアでも紹介され、その花たちをひと目見ようと家族連れやカップルなどが畑まで訪れ、ひと夏の観光名所となりました。
しかし、その裏側では……。
その畑はどこにでもある農村の風景のなかにポツンとあり、場所も非常にわかりづらいことから道に迷い、夏油高原のさらに奥へと足を踏み入れる観光客も現れ、道順を示す看板を急遽用意する事態に……。
そんなドタバタも楽しみながら、看板も手づくりしてこの「ひまわり畑」を管理している男性こそ、今回ご紹介する仕事人。
夏油高原で農業に励む11代目として、これからの農業の在り方を「農村」というひろい視野で見つめ、地域を盛りあげていこうと奮闘する農村経営者・佐藤孝志さんです。
さて、ここで気になるのが孝志さんの「農村経営者」という肩書。それは、どんなことをするヒトなのでしょうか。
農村にあるヒトとモノを活用して、地元で経済が回る仕組みを。
「農村経営者とは、カンタンに言えば農村にあるモノやヒトを積極的に活用して地元で経済活動をするヒトですね。
農村はどこも同じような悩みを抱えていると思いますが、私が暮らす地域でも高齢化の問題と担い手不足で農業離れが進み、農家の数が減るだけじゃなくて、農村全体の世帯数も減少しています。
さらに、残っている世帯も働く場所は中央にあって、地元には寝に帰ってくるだけ。買い物も中央で済ませるから、地元のお店もなくなって、日中はヒトの姿を見かけることもほとんどない……。
実はそれが一番の問題で、昔は小さいなりにお店があって、そこでみんなが買い物したりして狭い範囲でも地元で経済が回っていました。
そういう仕組みをもう一度つくり出さないと、農村がどんどんダメになってしまう。それをなんとかしたいとずっと思っていました。
私もこの地で20年農業をやっていますが、『農業』という枠のなかだけで何かをやろうとしても、農業だけの経験や知識だけでは世の中に通用しないことが多いんですよ。
そうしたなかで地域に目を向けると、いろんな特技や能力を持ったヒトたちがいる。私はそういうヒトたちを“プレイヤー”と呼んでいるんですが、そういうヒトたちが自分の特技や能力を自由に発揮できる環境をつくり、有機的につながるような仕組みができれば、それこそが地域活性化につながると思っています。
一般的な農村の地域活性化というと、行政主導で特産物や特産品をつくったりするという話になりがちです。もちろん、それも手段のひとつかもしれませんが、私は行政だけに頼りっきりになるのではなくて、行政とも連携しながら、なおかつ地元のプレイヤーたちのチカラも発揮できる、そういう環境をつくって地域で経済が回る仕組みをつくりたいんですよ」
その歯車のひとつとして、「地域とともに発展していく農業をやっていきたい」のだと夢を熱く語る孝志さんが、北上市で進める「ひまわり畑プロジェクト」と出会ったのは今年の春のこと。
孝志さんが“プレイヤー”と呼ぶひとり、仙台市から夏油高原に移住し2018年11月に古民家カフェ「小昼~kobiru~」をオープンした中村吉秋さんから、ある日「ちょっと付き合えよ」と誘われ……。
「『なんだよ』と思いながら、のこのこ付いていったら、そこに北上市役所(農林部 農業振興課)の小田島課長がいたんです。その2人にハメられました(笑)」(孝志さん)
「ひまわり畑プロジェクト」は、こうして動き出しました。
1年目から大反響。夏油高原の「ひまわり畑」から、孝志さんの夢が動き出す。
「ひまわり畑プロジェクト」は東京農大の学生さんが提案したアイデアを、これもご縁でしょうか。同じく東京農大の出身である孝志さんが受け継ぎ、北上市の兼業農家チャレンジ支援事業の一環としてスタートしました。
福祉とも連携し遊休農地でひまわりを育て、夏は観光資源としても活用しながら、秋に収穫したひまわりの種を搾って「ひまわり油」として販売。「ふるさと納税」の返礼品やお土産としてはもちろん、地域の飲食店などにも利用をひろげていこうという取り組みです。
しかし、最初にこの話を聞いたとき、孝志さんは懐疑的でした。
「ひまわり油自体は、いい油なんですよ。さらりとしていて、くせもないので素材の味の邪魔もしないし、どんな料理にも合う。熱にも強いから酸化しにくいし……。
でも、一般的なものじゃないですし、それなりに値段も高くなる。それに私も農業者として、農家の6次産業化の難しさはいろいろ見てきていますから、つくっても売れないだろうと、まず思いました(笑)」(孝志さん)
それでも孝志さんが「ひまわり畑プロジェクト」に挑んだ理由は……。
「私のなかでマッチングできたんですよ。料理はあのヒト、観光はあのヒトという感じで、これならプレイヤーたちの特技や能力を生かせる環境がつくれるんじゃないかと思ったんです」(孝志さん)
夏油高原に暮らす個性的なプレイヤーたちを巻き込み、彼ら彼女らが持っている特技や能力も活用することで、「ひまわり畑」を中心に地域で経済が回る仕組みをつくれるのではないかと孝志さんは考えたのでした。
夏油高原には「いで湯ライン」という愛称で親しまれる県道122号線が通っていて、冬は海外からもスキー客が押し寄せる「夏油高原スキー場」まで続いています。
その沿道には「きたかみ仕事人図鑑」でもおなじみ、鬼をテーマにした博物館「鬼の館」、自家製粉 石臼挽き手打ち蕎麦「神楽屋」、木炭の窯出し体験ができる「楽炭」、夏油古民家カフェ「小昼~kobiru~」、SUP(スタンドアップパドルボード)が楽しめる「Water & Snow SPICE」、とあるTV番組でキャンプ王に輝いたオーナーが手掛けるキャンプ場「キャンプグランド べアーベル」、美人の湯「瀬美温泉」といった話題のスポットが点在しています。
しかし、以前はまだまだ認知度が低かったため、孝志さんは2年ほど前から地元の有志たちとともに「いで湯までのラインを楽しむ会」を結成。そうした魅力あふれる「いで湯ライン」を盛りあげていこうと、「新緑夏油夏まつり」といったさまざまなイベントを企画・運営してきました。
「今までのいろいろな経験があって、仲間がいて、プレイヤーも揃っている。それをいかに巻き込んでいくか……。みんなの知恵やチカラも借りながら、でも借りるばかりじゃなくて、お互いがwin-winの関係になるような仕組みをつくりたいと思ったんです」(孝志さん)
そうして動き出した「ひまわり畑プロジェクト」ですが……。
地元の就労支援施設さんとの出会いからひろがる、農業の新しい可能性。
「ひまわりを育てるのは私も初めてだったので最初に少し調べたら、作業はほとんど大豆栽培と一緒。機械も手持ちのものを活用できるので、初期投資もかからない。
ヒトの手が入る作業もほとんどなくて、だいたいのことは機械を使って私が作業すれば事足りるとわかった。ですから、ひまわり栽培自体は順調でした」
そう言ってこの一年を振り返る孝志さんは、さらに言葉を続けます。
「農福連携でいうと、ひまわりの収穫や種の選別の部分を中心に地元の就労支援施設(障がいのある方などに働く場を提供する就労継続支援事業所)の方にご協力いただきました。
ただ、今回は私も初めてだったので、収穫・選別の作業でどれくらい人手がかかるのかがわからなくてお願いしたんですが、今年やってみて要領がわかったので、来年はその部分の人手はもっと少なくなると思います。
そういう意味では来年から『ひまわり畑プロジェクト』における農福連携という部分は少なくなりますが、今回、私も初めて地元の就労支援施設の方と仕事をしました。みなさん、一生けん命働いてくださるので、『ひまわり畑プロジェクト』以外の農業の方で、今後もぜひ仕事をお願いしていきたいと思っています。
うちでは今まで農業の仕事を手伝ってもらいたいときは近所のお母さん方にお願いしていたんですが、最近は高齢化が進んで気軽には頼めなくなってきました。
ですからこれをご縁に、今後は地元の就労支援施設さんにどんどんお願いしていきたいと思っています」(孝志さん)
高齢化と過疎化が進み、農業の担い手はもちろん、その働き手の確保も難しくなってきている農村において、「ひまわり畑プロジェクト」がご縁で出会った就労支援施設さんとの新しいつながりに、孝志さんは大きな可能性を見出していました。
また、観光の視点でいうと、うれしい悲鳴が……。この記事の最初にも触れましたが、およそ10万本のひまわりが一斉に咲き誇った様子がメディアで取り上げられ、それをひと目見ようと家族連れやカップルなど多くの観光客が孝志さんの「ひまわり畑」に訪れたのです。
しかも、場所が非常にわかりづらかったため、道に迷う観光客も……。ひまわりを植えて1年目からこのような事態になるとは想像もしていなかった孝志さんは、道順を示す看板を急遽手づくりするなど対応に追われました。が、すでにそのときには2年目に向けた道筋が見えていました。
その道とはもちろん地元のプレイヤーたちも巻き込み、お互いがwin-winの関係を築きながら、地域で経済を回す仕組みをつくる未来へとつながっています。
「ひまわり油」が潤滑油に。プレイヤーと観光客をつなぎ、地域を盛りあげる。
「日角(ひすみ)さんにも怒られました。半分冗談ですけどね(笑) 道に迷った観光客の方がべアーベルまで行ってしまって、ひまわり畑の場所を尋ねたみたいで、『2回ぐらい案内してやったぞ!』って」
日角さんとは、「きたかみ仕事人図鑑」でもご紹介した「キャンプグランド べアーベル」のオーナーであり、「いで湯までのラインを楽しむ会」のメンバー。孝志さんが“プレイヤー”と呼ぶ頼もしい仲間のひとりです。
その「べアーベル」は、孝志さんのひまわり畑からさらに夏油高原の奥へと10分ほど車を走らせたところにあります。また、2~3分ほど車を走らせれば、夏油古民家カフェ「小昼~kobiru~」も……。
「現在は収穫して乾燥させたひまわりの種を選別する作業をしていて、これから種を搾ってひまわり油をつくり、来年の2月から『ふるさと納税』でも購入できるようになります。
ただ、私としてはやはり地元のお店で販売したり、地元の飲食店でも使ってもらえたりするような仕組みをつくりたい。
道に迷って日角さんのべアーベルまで行ってしまった観光客の方には申し訳ないですが、でもそうやって『ひまわり畑』を訪れた、あるいは訪れたいと思った観光客が地元の他のスポットにも足を運んだり、魅力あるヒトたちと出会ったりするきっかけに、ひまわり畑やひまわり油を生かすことができるんじゃないかと思ったんです。
今年は1.9ヘクタールの畑にひまわりを植えましたが、来年はさらに面積をひろげ、場所も複数に増やす予定です。『私もやってみたい』という農家さんがいたら、どんどん参加してもらう予定ですし……。
例えば、そうやって増えたひまわり畑の場所をシークレットにして、新しいひまわり畑の場所がわかる地図とひまわり油をセットにして地元の協力店に置いてもらい、販売するとか……。
ひまわり畑を一度見てもらえたら、そこのひまわりの種からつくったひまわり油にも興味を持つヒトはいると思うんですよ。そういう方には地元の協力店に足を運んでもらって、そこでひまわり油を購入すると地元のおすすめスポットと一緒に複数のひまわり畑の位置を記した地図が入っていたら面白いじゃないですか。
その地図を見て、『別のひまわり畑も見に行ってみよう』とか、『小昼~kobiru~に行くと、ひまわり油を使った料理が食べられるみたいだから行ってみよう』とか、そうやって地元に観光客の方がひろがっていったらいいなと思っています。
地元には面白いプレイヤーがたくさんいますからね。ひまわり畑やひまわり油は、その出会いのきっかけになればいい。それから先の料理とか、観光とか……、そういう部分はそれが得意なプレイヤーたちにお任せしようと(笑)」(孝志さん)
来年、「ひまわり畑プロジェクト」は地元のプレイヤーたちを巻き込み、さらに楽しく育っていく予感。そのことに孝志さんは誰よりもワクワクしていました。
農村の未来のために。もうひとつの夢……、それは“林業”との兼業。
「ひまわり畑プロジェクト」は今年の春からのスタートですが、それより以前から孝志さんが取り組んでいるのが農業と林業との兼業。
「と言っても、別に特別なことはしていません。田んぼの隣に林があって、それが荒れると邪魔になる。だから、農作業の合間に少し林業もやるという感じ。
多分というか、昔の農家さんはみんなそういう感じで当たり前のように自分で木を伐って、自分の畑だけじゃなくて山も管理していたはずなんです。それをやっているだけ。
でも、例えば農家が冬の間に林業をやって地域の山を管理する。そこで伐採した木材を、就労支援施設さんに薪にしてもらって、さらにそれを地元の老人介護施設などに暖房用として使ってもらう……。
そういう仕組みができれば、農家の冬の安定した仕事にもなるし、荒れた山の管理もできるし、資源の有効活用にもなるし、新しい雇用も生まれて、何より地元で経済が回るというメリットがある。
実は、青森県の就労支援施設の方が、たまに山に入って木を伐って薪をつくって販売するという仕事を、1年を通じてやっていて、そこに見学に行って私はすごく感動したんですよ。高齢化が進み、世帯数も減っている農村でも、まだまだできることがあると思ったんです。
まあ、冬がメインにはなりますけど、でもこれが一番低コストで地域活性化にもつながる取り組みになるのではないかと思っていて、いつか実現できたらいいなと……」(孝志さん)
「ひまわり畑プロジェクト」を通じて地元の就労支援施設さんと出会って、もうひとつのぼんやりとしていた夢のカタチが改めて浮かびあがってきた孝志さん。
農業のこれからを「農村」というひろい視野で見つめ、地域のヒトとモノを最大限に活用して地元で経済が回る仕組みをつくり、頼もしい仲間たちとともに夏油高原を盛りあげていこうと奮闘する日々はこれからも続きます。
◇ 2020年夏の「北上ひまわり畑プロジェクト」の様子は、こちら!
1月3日(金)、「新春餅つき大会」を開催!
夏油高原を訪れた外国人観光客をもてなそうと孝志さんが企画し、今年1月5日(土)に開催された「餅つき大会」は大好評のうちに終了!(昨年の様子はこちら!)
というわけで、来年1月3日(金)も第2回となる「餅つき大会」を開催決定! と言っても、今回は外国人観光客をお迎えするわけではありません。
今回は参加者みんなで日本ならではの臼と杵を使った餅つきを楽しもうという企画です。ぜひ、お気軽にご参加を!
開催日時/2020年1月3日(金)11:00~
参加費/500円(1組・1家族) ※ご夫婦・カップル2人でも500円、ご家族4人でも500円です。
内容/餅つき・焼き餅体験・つきたて餅食べ放題・お正月あそび体験
メニュー/餅つき(あんこ餅、バター餅)
切り餅(醤油、チョコ、チーズ、おかき)
スケジュール/11:00~ お正月あそび
11:30~ 餅つき1回目
12:00~ 焼き餅
13:30~ 餅つき2回目
15:00頃 終了
会場/夏油古民家カフェ「小昼~kobiru~」(岩手県北上市和賀町岩崎3-7)
お問い合わせ/0197-62-3649
(了)
岩手県北上市和賀町煤孫21-12
Tel/0197-73-6376
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