地域に支えられて“小昼”が生まれました。これからは“恩返し”。地域内外のヒトがつながるカフェへ。

夏油高原古民家Cafe 小昼~kobiru~

中村吉秋

中村邦子

“いつか”の夢を2人で叶えられるチャンス。

 2016年5月、豊かな自然に恵まれた夏油高原に一組の夫婦が移住してきました。中村吉秋さんと邦子さんです。

 北上市の地域おこし協力隊に選ばれた2人の使命は、夏油高原エリアの入り口にある築80年を超える古民家を、観光案内所を兼ねたカフェへとリノベーションしながら、同エリアの魅力を発信していくこと。「夏油高原エリア活性化プロジェクト」と命名された取り組みは、こうして動き出しました。

 2人に与えられた古民家は、すでに解体が決まっていたという代物で、床は抜け落ち、壁には穴があくなど、痛みの激しいものだったといいます。

「これを自分たちで改修してカフェとして営業するまでには相当時間がかかるだろうなと思いました」

 吉秋さんは着任した当時を振り返って、そう語ります。しかし、悲観ばかりしていたわけではありません。

「でも、柱とか骨組みはしっかりしていたんですよ。ですから、時間や手間はかかっても、地道に取り組めば自分たちらしいカフェができるんじゃないかと思いました」(吉秋さん)

 2人がめざす“自分たちらしい”カフェとは、どんなものなのでしょうか。それを知るには、2人の経歴からたどるのがわかりやすいでしょう。

 吉秋さんと邦子さんご夫婦は、それまで宮城県仙台市で暮らしていました。吉秋さんは社会人野球の選手などを経て、運送会社の管理職として産直事業に従事。その経験から縁がひろがり、農産物の流通会社でプロデューサーとしてファーマーズマーケットなどのイベント企画を担当。さらに東日本大震災を経て、旅行会社から声がかかり“食”と“観光”をからめたツーリズムの企画・運営に携わり、その過程で地域づくりにも興味を持つようになったといいます。

 一方、邦子さんはホテルや飲食店などでずっと接客の仕事をしていました。加えて、2人とも野菜ソムリエの資格もあり、引退後には2人でそうした経験を活かしたカフェをのんびりやりたいという夢がありました。

んなときに出会ったのが、北上市地域おこし協力隊が携わるプロジェクトのひとつ「夏油高原エリア活性化プロジェクト」です。

 2人には“いつか”のんびりカフェをやりたいという夢はありましたが、それも20年後ぐらいの遠い未来の話。さらに、カフェの経営はもちろん、古民家をリノベーションした経験もありません。ですから、本来ならスルーするところですが、そんな2人の背中を押したのは、このプロジェクトが “いつか”の夢に夫婦で一緒にチャレンジできる絶好の機会だったから。

「だいたい募集はひとりなんですけど、このプロジェクトは複数名の募集だったんですよ。これはチャンスだと思って応募しました」(吉秋さん)

 それまで北上市には縁もゆかりもなかった2人ですが、自分たちの夢が早く叶えられるチャンスを手にして、夏油高原の地に飛び込んだのでした。

  

改修前の築80年を超える古民家。内部を見ると、かやぶき屋根が現れるなど歴史を感じさせる住居です。

“ヨソモノ”の不安を打ち消してくれたのは……。

 自分たちが暮らす地域に縁もゆかりもない、見も知らぬ“ヨソモノ”が移住してくると、どうしても距離を置いてしまうもの……。それが、一般のヒトの心理でしょう。吉秋さん自身も、そうなることは覚悟していました。

「僕も仕事柄、ふつうの方よりも多く、いろんな地域をめぐっていろんな方と接した経験があるので、地域の方たちに受け入れてもらうまでには時間がかかるだろうと覚悟していました。でも、思っていた以上に地域の方たちが私たちを仲間として受け入れてくれて、それがとても意外でした。

 “岩崎”と呼ばれるこの地域は、青年会の組織自体がしっかりしていて、僕と同年代の方もたくさんいて、面白いヒトたちの集合体という感じなんですよ。そういうヒトたちが、縁もゆかりもない僕たちに“一緒にやろう”と声をかけてくれる。地域の行事はもちろん、一緒に野球をやったり、ソフトボールをしたり、酒を飲んだり……。

 僕たちも地域の行事があったら、できれば2人で、用事があってもどっちか1人は絶対参加して少しでも早く地域に溶け込もうと思っていたんですが、僕たち以上に地域の方たちが歩み寄ってくれて“一緒にやろう”と言ってくれる。その気遣いは本当にうれしかったです」

そんな吉秋さんの言葉に、邦子さんも深く頷きます。

「こちらに移住してきて、いちばん最初に行ったのが『そば処 うちむら』という蕎麦屋さんなんですよ。お店もこの近くなんですが、そちらのご主人は私たちが初めて行って以来、ずっと私たちのことを自分の子どもみたいに気にかけてくれて、何かあれば差し入れを持ってきてくれますし、商売の先輩でもあるので、そういう相談にも気軽に乗ってくれます。今日も薪ストーブのことでアドバイスをいただいたり……。

 実際の改修作業でも、たくさんのボランティアの方に協力していただきましたし、地域の大工さんもお仕事の合間を見つけてはお手伝いに来てくださって……。本当に地域のみなさんに支えていただいています」(邦子さん)

  

地域の大工さんやお仕事を引退した方など、いろんな方々が時間を見つけては手伝いに来て改修作業を応援してくれました。

   

漆喰塗りのワークショップや、地域の方々を招いてのお披露目会なども開催。吉秋さんと邦子さんの取り組みを多くの方に知ってもらう機会をたびたび設けて、つながりを深めてきました。

工期が延長。それでも支えてくれた地域のヒトたち。

 当初のスケジュールでは、古民家のリノベーションを1年で終え、2年目からは観光案内所を兼ねたカフェとして営業を開始し、夏油高原の魅力を発信していく予定でした。しかし、限られた予算のなかで、なんとかやりくりしながら作業を進めましたが、1年で改修を終えることはできませんでした。

「工期を早めるんだったら、単純な手直しのリフォーム工事ですぐカフェをはじめられたかもしれません。それこそ丸ごと業者さんに頼めば、見た目もきれいな古民家カフェがすぐできあがるのもわかっていました。でも、それをしちゃうと自分たちがやることの良さが失われてしまう。素人感丸出しでもいいので、自分たちの手で心を込めてつくりあげていくことを大切にしたいと思った。

 スケジュール通りに進められなくて本当に多くのみなさんにご迷惑をかけました。でも自分たちがこの岩崎に移住してずっと古民家カフェをやっていく以上は、自分たちらしさを大切にしたかったし、そのためには工期を伸ばすしかなかったんですよ」(吉秋さん)

 そうした2人の決断をあたたかく見守り、手を差し伸べてくれたのも、地域のヒトたちでした。吉秋さんと邦子さんが地域のヒトたちと交流を重ね、人づき合いを深めていくなかで、応援してくれるヒトがさらに増えていったといいます。

 しかも、材料が足りないと知ると「それなら余っているのがあるから、譲ってあげるよ」と言ってくれる方が出てくる。そうなると、やろうとして予算の関係であきらめたことも、がんばればできそうになる。「じゃあ、思い切ってやろう」と吉秋さんが立ち上がると、仕事の合間を見つけて地域の大工さんがやってきて手伝ってくれる。仲間も時間を見つけてやってくる。2人が立ち止まるたびに、「じゃあ、それは俺に任せろ!」「俺がやるよ!」という地域のヒトたちの声に背中を押され、“自分たちらしい”手づくりのカフェが少しずつカタチになっていきました。

 外観こそそれほど変わっていませんが、店内に一歩足を踏み入れると、自分たちらしさを大切にして手づくりにこだわった2人の想いがそこには詰まっています。内装は、古材はもちろん、呼吸する住宅をめざし、調湿効果のある無垢材や空気の浄化作用のある漆喰を多用。窓は木枠の古い窓を再活用し、寒い冬対策には間伐材・古材・廃材などを燃料に強力な火力を生み出し、高い燃焼効率を誇るロケットストーブを採用。空き家だった古民家を有効活用するだけに留まらず、古材や環境にも配慮した素材を利用することで、環境にやさしいカフェへと生まれ変わりました。

 さらにヘリンボーン好きの吉秋さんならではのこだわりとしては、古材を使って床をヘリンボーン柄にし、カウンターも無垢材を用いてヘリンボーン柄に。なかでもカウンターは写真を撮ると飛び出すように見える遊び心も。

「実は床下や壁の断熱とか、見えない部分にも結構こだわっているんですよ。それが出来たのも、地域のみなさんのおかげです。本当に感謝しかありません」と吉秋さんは言葉を続けます。

 自分たちらしさにこだわり、手づくり感を大切にした吉秋さんと邦子さんの“古民家カフェ”ですが、しかし一番のこだわりは、その名前に込められたカフェの在り方にこそありました。

吉秋さんこだわりのロケットストーブ。間伐材・古材・廃材などを燃料に、高い燃焼効率で空間をあたためてくれます。

 

木の枠だけで座面のなかった椅子も再活用。ポリロープを使ってリメイクした吉秋さんは「意外と座り心地がいいんですよ」と自慢げでした。

ヘリンボーン柄が大好きだという吉秋さんの力作。なかでもカウンターは写真を撮ると飛び出して見えます。ぜひ、お試しください。

 

古材・無垢材・漆喰を多用した空間は落ち着いた雰囲気で、リラックスできます。

空き家を再利用するだけでなく、環境にも配慮することにこだわってリノベーションした吉秋さんの取り組みを知って、県外から視察にくる自治体も多いそう。

地域への“恩返し”へ。「小昼~kobiru~」11/23オープン!

 「夏油高原古民家カフェ 小昼~kobiru~」。それがカフェの名前です。「小昼」(こびる)とは、農作業の合間におやつや軽食を食べながらひと休みする時間のことで、みんなで世間話などしながら情報交換し、絆を深める大切な場として、古のころから紡がれてきた集落の大切なひとときです。

 吉秋さんと邦子さんは、「小昼~kobiru~」を夏油高原の観光案内所を兼ねたカフェだけに留めず、地域の方はもちろん地域外から訪れる方々も集い、農作業の合間の休憩時間のようにのんびり過ごしながら、みんながつながれる空間にしたいという想いを店名に込めました。“食”と“観光”をからめたツーリズムの企画・運営にも携わり、その過程で地域づくりにも興味を持つようになったという吉秋さんならではの視点が、そこにありました。

「本当に地域のみなさんにはお世話になっていて、これからは私たちが“小昼”のカフェを通じて、みなさんに恩返ししていく番だと思っています。地域の方々はもちろん、夏油高原に訪れる観光客や、新たに移住してきたヒト、これから移住したいと考えているヒトと地域をつなぐこともやっていきたいですね」(邦子さん)

 「小昼~kobiru~」は今年の8月から11月初旬まで、プレオープンとして週末にのみ営業をしてきました。その期間、夏油高原に移住し外国人向けの民泊を経営する女性や、キャンプ場を経営する男性が訪れ、地域のヒトたちとつながりが持てない悩みを相談されたことがあったそう。もちろん、吉秋さんや邦子さんを通じて2人は地域とのつながりを持つことができました。

「地域おこし協力隊の仕事は、いろんなヒトと出会う機会がいっぱいあるんですが、それ以外の一般の移住者の方、または移住を考えている方はなかなか地域のヒトと出会う機会がない。今回の経験で、それがよくわかりました。

 でも、こういう空間があれば、そうしたヒトたちと地域のヒトをつなぐお手伝いもできる。この空間を通じて、いろんなヒトたちがつながっていけたらいいなと思っていますし、そうなることで私たちがお世話になっている地域の方たちにも“恩返し”ができる……。それが私たちなりの一番の“恩返し”になるのかなと思っています」(邦子さん)

 2016年5月、仙台から移住してきた吉秋さんと邦子さんは、“ヨソモノ”の2人を仲間のように迎え入れ、我が子のように気にかけてくれるヒトたちに支えられ、築80年を超える古民家をリノベーションしながら、2年半のときを過ごしてきました。

そして、11月23日(金・祝)、ついに「夏油高原古民家カフェ 小昼~kobiru~」のグランドオープンを迎えます。

 当日は、「小昼~kobiru~」に地域の方たちも集まり、テントを3張も建てて、フォークギターの弾き語り・アコーディオンの演奏・スコップ三味線などの歌謡ショーや、鬼剣舞のステージ、フリーマーケットなど、さまざまなイベントがにぎやかに繰り広げられるとのこと。

 そうした地域の人々の熱くあたたかな声援を受けて、いよいよ吉秋さんと邦子さんの「小昼~kobiru~」を通じた“恩返し”の日々がはじまります。これからどうなるのか、未来は未知数ですが、2年半の時間をかけて地道に辛抱強くリノベーションに取り組み、自分たちらしいカフェの実現に取り組んできた2人です。これからも自分たちを信じて一歩一歩地道に歩みを進めていくことでしょう。地域とのつながりを大切にしながら……。

吉秋さんがつくる地域のそば粉を使ったガレットは、プレオープンでも好評でした。ぜひご賞味あれ。

眺めているだけでワクワクする「マフィン」は邦子さんの自信作です。

「がんづき」もおすすめの一品。「小昼」ではこれまで冬場は夏油高原スキー場で営業しており、「がんづき」は観光客の方々に人気だったそう。

市内の生産者さんを応援するため、試食サービスも。こちらは、りんごの皮つきセミドライフルーツ。手書きのPOPには生産者さんの想いも。その出会いはこちら。

「小昼~kobiru~」では、定休日はさまざまなイベントの会場に変身。ランチとセットになったハーバリウム教室やマッサージ、エクササイズ教室など、さまざまなイベントを開催予定。イベントへの参加はもちろん、イベントを開催したい方も、ご興味のある方は「小昼~kobiru~」まで。

(了)

夏油古民家Cafe 小昼~kobiru~

岩手県北上市和賀町岩崎3-71
Tel/080-5555-9826

営業時間/11:00~18:00

定休日/火・水曜日

2018-11-22|
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