英国人ビール醸造家の想いが結実。100年の時を超えて、「さくら」の花びらが届ける味わい。

さくらブルワリー

代表

スティーブン・マイケル・バットランド

 

 

およそ100年前までさかのぼる、「さくら」との縁。

「醸造所の名前は、『さくらブルワリー』にしようと最初から決めていました」

 そう語るのは、北上市内で唯一のクラフトビール醸造所「さくらブルワリー」を2015年3月に立ち上げた英国人ビール醸造家 スティーブン・マイケル・バットランドさん。

 スティーブンさんが「さくら」にこだわる理由……。

 それは、スティーブンさんの奥様の祖父が、現在では「みちのく三大桜名所」にも数えられる“北上展勝地”の礎を築いた沢藤幸治氏だからです。今からおよそ100年前、当時は荒れ地となっていた展勝地に桜の木を植え、日本有数の桜の名所にしようと市民に呼びかけ、活動したのが沢藤氏でした。

 スティーブンさんは、奥様の誇りでもある祖父への敬意と愛情をこめて、自分がつくる醸造所に「さくら」という名前をつけたのでした。

 その想いが通じたのか、スティーブンさんと展勝地の「さくら」の縁はさらに続きます。

 スティーブンさんは醸造所を立ち上げた翌月には、北上市内に醸造所直営の伝統的なイングリッシュパブ「Ale house ROBIN HOOD」(エールハウス ロビンフッド)をオープン。イギリス・ドイツ・ベルギー・アメリカなど、スティーブンさんがつくる多彩な国のさまざまなビールのおいしさはすぐ評判となり、15人ほどが入れるお店はほとんど毎日満席となる盛況ぶり。ビールづくりとパブでのビールの販売に忙しい日々を過ごしていました。

 しかし、そんな最中でも「さくら」には特別な想いがあるスティーブンさんは、「さくら」を使ったビールができないかとずっと考えていました。

「ネットで調べてみると、桜の酵母を使った醸造所がいくつかあったんですよ。ですから、自分でも出来ないかと思って、いろいろ調べているときでした」(スティーブンさん)

 そんなときに出会ったのが、北里大学海洋バイオテクノロジー釜石研究所が北上展勝地の「さくら」の花びらから採取した「北上展勝地桜酵母」でした。

陣ケ丘から展勝地桜並木を眺めた様子。4月10日からGWにかけて開催される「北上展勝地さくらまつり」には、毎年40万人を超える花見客が訪れます。

北上展勝地を望む場所に佇む沢藤幸治氏の銅像。展勝地開園50周年を迎えた1973(昭和48)年、その功績を称えて建立されました。

 

震災を乗り越えて、運命的な出会い。

 「北上展勝地桜酵母」が採取されたのは、2010年のことです。当時、岩手県と北里大学海洋バイオテクノロジー釜石研究所では北上展勝地の桜を含め、岩手県内の名花名木から酵母を採集。その酵母を活用し、酒やビールなど地域産業を活性化させる製品開発に生かそうと取り組みはじめた頃でした。しかし、一年後に悲劇が起こります。

 東日本大震災により、海沿いにあった同研究所が津波で被災。実験室も壊滅的な被害を受け、大切に保管していた酵母は一部を除いて流失したかに思われました。しかし、海に消えたと思った酵母が瓦礫のなかから奇跡的に発見され、岩手大学などの協力を得て生き延びることができました。そのひとつが、「北上展勝地桜酵母」です。

 こうした経緯から同研究所では、震災から生き延びた酵母を地域産業と結びつけることで地域の活性化に貢献しようと活動を展開。北上市役所にも「北上展勝地桜酵母」を活用できる地元事業者はいないかと問い合わせがあり、何か製品開発に生かせないかと試行錯誤を繰り返す日々が続いていました。

「桜の酵母を使ったビールはつくれないか」と考えていたスティーブンさんと、「北上展勝地桜酵母」が出会ったのは、まさにそんなときでした。

 スティーブンさんは北上市の支援も受けて、さっそく「北上展勝地桜酵母」を使ったビールづくりに着手。幸い、この酵母はアルコール発酵にすぐれた特徴をもち、ビールづくりには最適でした。

 そして、いろいろな味わいの組み合わせを試しながら、ついに誕生したのが現在も高い人気を誇る「展勝地さくらエール」です。

 イギリスの定番と言われる、フルーティで華やかな香りが特徴のペールエールをベースにしてつくられたこのビールは、桜のほのかな風味も楽しめる魅力が多くのヒトに愛される理由。その味わいは、英国出身であり、展勝地の桜にも深い思い入れのあるスティーブンさんだからこそ生み出せたものともいえるでしょう。

 ひょっとしたら、展勝地の桜の花びらから採取されたという「北上展勝地桜酵母」とは、孫娘の旦那さんへ、100年の時を超えて届けられた沢藤幸治氏からの贈り物なのかもしれません。そんな不思議な縁を感じます。

中央が「展勝地さくらエール」。題字は、寄席で北上市を訪れた際にこのビールの味にほれ込んだ落語家・立川志の輔師匠のもの。左の「天然水仕込み 羽山ラガー」は、北上市和賀町にある羽山(はやま)の清らかな湧き水を使用。右は通常の2倍のホップを使用し、苦みを楽しむ「Mayflower IPA」。生産数が少ないため販売店舗も限られていますが、北上市のふるさと納税の返礼品にもなっているため、興味のある方はこちらへ

「展勝地さくらエール」は、地元で人気の「北上まきさわ工房」の「生フランクスパニッシュチョリソー」とともに。程よい辛さにビールもすすみます!

スティーブンさんイチ押しのメニュー。「コテージパイ」は牛肉100%の挽肉とグレイピーソースにクリーミーなマッシュポテトがよく合います。フルーティな味わいとトロピカルな香りが特徴のビール「ニューイングランドIPA」との相性も抜群でした!

北上市の羽山から湧き出る天然水を使用した「羽山ラガー」。スティーブンさんが自ら水汲みに出かけ、羽山から水を運んでいるそう。そういう話を聞くと、しみじみ味わって飲みたくなるビールです!

 

いろんな種類があるビールの楽しさを広げたい。

 「さくら」への思い入れが深く、「展勝地さくらエール」のおいしさを多くのヒトに知ってもらおうと情熱を傾けてきてスティーブンさんですが、他のビールにも愛情をたっぷり注いでいます。「ビールはイギリスでは水みたいなもの。それぐらい身近な飲み物」と語るほど、ビールが大好きなスティーブンさんには、ビール醸造家としての夢があります。

「ビールって本当にいろんな種類があって面白いんですよ。ですから、『展勝地さくらエール』はもちろん、ぜひいろんな種類のビールを飲んでもらって、ビールの楽しさをたくさんのヒトに知ってもらいたいと思ってビールをつくっています」(スティーブンさん)

 イギリス・ドイツ・ベルギー・アメリカなどさまざまな国のビールをつくっているスティーブンさんですが、その種類は年々増え続け、現在は年間30以上にもなるそう。直営店のパブ「ロビンフッド」では常時6~8種類のビールがそろい、「展勝地さくらエール」や「羽山ラガー」などの定番以外は、樽の中身がなくなると違う種類のビールに入れ替えるスタイルです。そのため、「ロビンフッド」に行けば、シーズンごとに違ったビールに出会えるのが魅力だとスティーブンさんは語ります。

「一番うれしいのは、お店のカウンターに立って、お客さんが『おいしい、おいしい』と言ってビールを飲んでくれるとき。面白いのが、『展勝地さくらエール』以外のビールを飲んで、『これ、おいしいね。どこから仕入れたの?』と聞かれて、『いや、全部うちでつくっていますよ』と言うと、みんなビックリする(笑) 『さくらブルワリー』は『展勝地さくらエール』しかつくっていないと思っているお客さんが意外と多くて、『全部うちでつくっています』と言ってビックリする顔を見ると、すごくうれしいです(笑)」

 そう語るスティーブンさんのビールづくりのこだわりは、通常の醸造所よりも麦芽を20%以上も多めに入れていること。

「今はホップが多いビールが多いんですけど、ビールはホップだけじゃなくて、モルトの味が大切。やっぱりモルトは原料のなかでも一番多いものなので、そういう味がしっかり感じられないと、ビールの味にも深みが出ないと思います」

と、熱く語るスティーブンさん。そこには、ビールを愛する醸造家としての揺るぎない信念がありました。

週末は「ロビンフッド」の店頭にも立つスティーブンさん。12歳から空手をはじめ、もっと空手を極めたいと22歳のときに来日し、初段から2段へ。見た目は強面な印象ですが、質問すると流暢な日本語で丁寧に答えてくれるあたりに、やさしい人柄がにじんでいます。

その日おすすめの4種類のビールが味わえるお得な飲み比べセット(1,500円)。この日は左からタヴィストックESB、オータムペールエール、展勝地さくらエール、羽山ラガー。味の特徴は……、店員さんが丁寧に教えてくれます! 聞いてみてください!

ドイツの定番「バイエルンヴァイツェン」はフルーティで苦味も控えめ。すっきり飲める小麦ビールでした。本当にいろんな味わいのビールが飲めるお店です。

 

ビールづくりの楽しさを日本全国へ。

 「さくらブルワリー」の醸造所に訪れると、若いスタッフの姿がありました。スティーブンさんは、2015年に醸造所を立ち上げて以来、ずっとひとりでビールづくりに励んできました。そこで若いスタッフはどなたかと伺うと、3カ月前から「ビールをつくりたい」「醸造所をやりたい」という方が研修に訪れているのだそう。

 今までに花巻、和歌山の方が研修に訪れ、現在は水沢から来た「醸造所をやりたい」若手がスティーブンさんと一緒に仕事をしながら、醸造所の仕事を学んでいるといいます。

 その他にもスティーブンさんはひとりで醸造所を立ち上げた経験を生かし、醸造所の設計、設備の輸入・販売なども手掛け、顧客は横浜、鹿児島など全国にひろがっています。

「今、日本全国に醸造所がどんどん立ち上がっているので、そういうヒトたちに自分のノウハウが少しでも役立てばと思ってやっています。日本全国でいろんなビールが飲める。そう考えたら楽しいでしょ?(笑)」(スティーブンさん)

 ビール好きが高じて日本でビール醸造所を立ち上げた英国人のビール醸造家 スティーブン・マイケル・バットランドさんは、「さくら」との不思議な縁を大切にしながら、自らの道を切り拓き、その可能性は少しずつ全国へとひろがっています。

 かつて、荒れ果てた土地を日本有数の桜の名所にしようと立ち上がったひとりの男がいました。100年の時を超えて、その意思をビール醸造所の名前とともに受け継ぎ、ビールの楽しさとともに展勝地の「さくら」の魅力を多くのヒトに届けているスティーブンさん。その取り組みを、沢藤幸治氏はどんな想いで眺めていることでしょうか。

 きっと、頬を桜色に染めてニコニコしながら、「展勝地さくらビール」のグラスを傾けていることでしょう。

 スティーブンさんのこれからに「乾杯」などと言いながら……。

「さくらブルワリー」に研修にきた方と作業を見守るスティーブンさん。一緒に仕事をしながら、作業のノウハウを伝えています。

仕込みフロア。左からHLTタンク、マッシュタンク、ケトルタンクが並んでいます。

発酵タンクは1台で1,000リットルのビールを発酵可能。「さくらブルワリー」では現在、年間約2万4,000リットルのビールを製造していますが、最大4万8,000リットルのビールを製造できるそうです。

研修にきた方もスティーブンさんと一緒に「ロビンフッド」でパブの仕事を実践で学びます。聞かれた質問にざっくばらんに答えるスティーブンさんは、「先生」というより「気のいい兄貴」といった印象でした。

「北上展勝地さくらまつり」の会場にて。沢藤幸治氏に献杯!

 

(了)

さくらブルワリー直営店舗

イングリッシュパブ

Ale house ROBIN HOOD(エールハウス ロビンフッド)    

岩手県北上市青柳町2-2-18

Tel/0197-72-8909

営業時間/18:00~24:00

定休日/日曜日

2018-11-16|
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