株式会社マッシュアップ
代表取締役
後藤 智子(ごとう ともこ)
ネイルが持つパワーを「福祉ネイル」で改めて実感。
「見ず知らずのおばあちゃんが、見ず知らずの私たちにネイルをしてもらって、涙を流して喜んでくれる。最初は嫌がるおばあちゃんでも、ネイルをすると一瞬で笑顔になる。手を握って、『また来てね』と言ってくれる……。そういう瞬間に出会うたびに私たちもうれしくなるし、ネイルの持つ魔法のパワーを改めて実感します」
そう語るのは、北上市をはじめ盛岡市・青森市・仙台市でネイルサロンやネイルスクールを展開する傍ら、「福祉ネイリスト」としても活動する後藤智子さんです。
「福祉ネイリスト」とは、高齢者施設や障がい者施設を訪問し、ネイルサービスを提供。指先をおしゃれにすることで、外に出る機会の少ない高齢者の方や障がい者の方を元気づけようと2014年に誕生した新しい仕事です。
この「福祉ネイリスト」には、誰でも簡単になれるわけではありません。「日本保健福祉ネイリスト協会(JHWN)」が認定するスクールで高齢者の方への接し方を学び、実技研修・卒業試験・実地研修を経て初めて資格を取得できます。しかも、認定校は東北に2校しかないため、「福祉ネイリスト」の人数も少なく、東北ではまだまだ知られていないのが現状です。
後藤さんは2014年に「福祉ネイリスト」の認定制度がスタートすると、すぐに北上から大阪の認定校に行き、資格を取得。と同時に、認定校となるための講習も受けて、盛岡市にある自身のネイルスクールを東北初の認定校にして後進を育てるなど、「福祉ネイリスト」の普及に積極的に取り組んでいます。
そんな後藤さんが「福祉ネイル」に情熱を注ぐようになった理由を探っていくと、原点は2009年までさかのぼります。それは、後藤さんが北上初となるネイルサロンをオープンしようと奮闘しているときでした。
「福祉ネイリスト」として老人ホームを訪れたときの様子。右は後藤さんが育てた福祉ネイリストさん。その取り組みが若い世代にもひろがっています。
好きなネイルを通して、たくさんの笑顔と出会いたい。
後藤さんが北上にネイルサロンをつくろうと思った理由。それは、当時、北上市どころか岩手県を見渡してもネイルサロンがほとんどなかったから。
おしゃれを楽しむことが大好きな後藤さんは、それまでネイルも自分でやっていました。メイクやヘアスタイルは、どんなにキレイにしても鏡を見ないと自分ではわかりません。でもネイルは、仕事をしているとき、家事をしているとき、本と読むとき、ショッピングを楽しんでいるときなど、いつでも見ることができるし、意識していなくても視界に入ってきたりします。そして、そんなときのネイルがキレイだと心がウキウキすることも後藤さんは実感として知っていました。
そうしたネイルの楽しさを多くのヒトに、ネイルをしたことがないヒトにもネイルの楽しさを知ってもらいたいと思ったのがはじまりで、「ネイルサロンがないなら自分がやろう」と決意。子育てもひと段落したのを機に動き出したのが2009年3月のことでした。
どこにネイルサロンを開こうかとあちこち探し回り、市内の中心部にほぼ決まりかけていた矢先、後藤さんに運命的な出会いが待っていました。それは、買い物で訪れた「江釣子ショッピングセンター パル」での出来事。
「たまたま行ったその日に、『ネイルサロンをやってくれる企業募集!』という貼り紙を見つけてビックリ! すでに決まりかけていた物件があったんですけど、『多くのヒトにネイルの楽しさを知ってもらいたい』『ネイルを通してたくさんの笑顔と出会いたい』と思ってネイルサロンをやる以上、ヒトがたくさん集まるパルでやれるなら、これ以上の場所はないと思って管理事務所に直行したんです」(後藤さん)
後藤さんの熱意と行動力で、パルの現在の場所に店舗を確保したのが3月末。オープン日も9月1日に決まった矢先、新たな難題が……。ネイルサロンで働くネイリストが見つからないのです。
サロンで働いた経験者なし。ゼロからお店づくりをスタート。
「会社を設立するときに公証人役場に行って『ネイルサロンを経営します』と言ったら、『ネイルサロン? 何ですかそれは?』と逆に質問されちゃって(笑) 当時はそれぐらい知っているヒトが少なかったので、ネイリストを探すのもたいへんでした」(後藤さん)
今では笑い話ですが、当時はネイリストが見つからないとサロンを開くこともできず、死活問題となります。後藤さんは仙台にあるネイルスクールや美容学校などに出向き、岩手出身の生徒はいないか、北上で働きたいヒトはいないか探すなど積極的に活動。その結果、6月に開催された会社説明会には地元・北上の女性を中心に約20名が参加。後藤さんの努力が報われ、そのなかからネイルの資格を持つ6名を採用することができました。
スタッフも決まり、遂に動き出した矢先、さっそく次の問題が……。後藤さんも含めて誰もサロンで働いた経験がなかったのです。しかも、北上どころか岩手県内を見渡してもネイルサロンがほとんどないため、お手本にするものもありません。後藤さんはメニュー内容から接客方法、空間づくりまで独自のスタイルで文字通りゼロからネイルサロンづくりをスタート。
さらにオープン前の1カ月間はスタッフ全員を自宅に集め、練習、練習の日々を過ごします。そのメンバーのなかには、現在のお店で店長を務める高橋舞子さんの姿もありました。
「実店舗がなかったので、お客さまの誘導、接客の仕方など一連の流れも手探りのなかでの練習でした。すごくたいへんでしたが、オープン前にはみんなで家族を連れて社長(後藤さん)のご自宅でバーベキューをして盛り上がったりして、今では楽しい思い出です」(舞子さん)
そうした日々を過ごし、いよいよオープンを明日に控えた日、後藤さんはスタッフ全員をある場所に連れていきます。そこに、「福祉ネイル」の原点となる出会いが待っていました。
現在、「OopsNAIL(ウープスネイル)北上パル店」で店長を務める高橋舞子さん。オープン当時は幼稚園に通っていた娘さんが、もう中学生に。結婚・出産・子育て……女性にはさまざまな転機がありますが、後藤さんはひとりひとりの事情に合わせて、いくつになっても仕事ができるように配慮しながら働く女性たちを応援しています。
「OopsNAIL北上パル店」のスタッフと。中央が後藤さん。
“おばあちゃん”との出会いが教えてくれたこと。
オープンの前日、後藤さんがスタッフ全員を連れて訪れたのは、近くの老人ホームでした。実は後藤さんは老人ホームの方にお願いをして、そこで暮らすおばあちゃんたちに無料でネイル体験をしてもらえる場を設けていたのです。サロンで働いたことのないスタッフたちに、一般のお客さまと接する経験を積ませ、少しでも不安をなくしてあげたいと思っての行動でしたが……。
そこで目の当たりにしたのが、自分の指にネイルをしてもらって涙を流して喜んでくれるおばあちゃんたちの姿。最初は嫌がっていたおばあちゃんも、ネイルをすると一瞬で笑顔になる様子……。
「ネイルって、最新のアートを施した華やかなものってイメージがあると思うんですけど、涙を流して喜んでくれるおばあちゃんたちを見ていると、それだけじゃないんだなって……。ネイルって女性を一瞬で笑顔にする魔法のパワーを持っているんだなって改めて実感しました」(後藤さん)
その経験は舞子さんにとっても貴重でした。
「ネイルをするだけでおばあちゃんたちが笑顔になる……。いくつになってもネイルができるって素晴らしいことなんだと思いました。私たちの方が元気をもらった一日でした」(舞子さん)
翌日オープンした後藤さんのネイルサロン「OopsNAIL北上パル店」は大盛況となります。しかし、「ネイルを通してたくさんの笑顔と出会いたい」という夢を持つ後藤さんは、そこにとどまりません。
多くのヒトにネイルの楽しさを知ってもらうなら、多くのヒトが出入りする「駅ビル」がいいと、さっそく盛岡フェザンへ。当時はまだ実績もなかったため契約するまで苦労しますが、それも熱意と行動力でクリア。
「OopsNAIL北上パル店」のオープンから1年後には「OopsNAIL盛岡フェザン店」が誕生。北上以上にネイリスト探しには苦労しましたが、なんとか集め、練習を重ねたスタッフ全員を連れてオープン前に向かった先は、やはり近くの老人ホームでした。
スタッフ全員に接客の経験を積ませてあげることはもちろんですが、おばあちゃんたちの喜ぶ顔を新しいスタッフたちにも見せてあげたいという想いが、そこにありました。
「OopsNAIL北上パル店」にて。スタッフと打ち合わせをする後藤さん。
被災地でみせてもらえた笑顔に背中を押されて。
「OopsNAIL盛岡フェザン店」も好調だった後藤さんは、次にネイリストを育てるスクールを盛岡につくろうと着手。2011年の開校に向けて物件も借りた矢先に起こったのが、東日本大震災です。
後藤さんはネイル道具を持ってすぐに被災地に向かいます。「私ができることは何だろう?」と考えたとき、ネイルのことしか思い浮かびませんでした。しかし、いざ行ってみると、想像を絶する被災地の現状を目の前にして、足がすくみ、いたたまれない気持ちになったといいます。
住むところも、飲み水もないところで、“ネイル”をしてあげるなんて非常識ではないか。それよりも他のボランティアの方と一緒に支援物資を運んだり、瓦礫の撤去を手伝ったりする方が、よっぽど役に立つのではないか……。
避難所の片隅で小さな机の上にネイル道具を並べて、さまざまな思いに駆られながら、ひとり椅子に座っていた後藤さんの前に、いつしかひとり、またひとりと女性たちが集まってきました。しかも、それは若い女性たちだけではありません。おばあちゃんや子どもたちの姿もあります。
向かい合って座る。手と手が触れる。視線が重なる……。やがてポツリポツリと会話もはじまります。「化粧品も全部流されちゃって、せめてツメだけでもキレイにしようと思って」「ありがとう。お陰で少し元気が出たみたい」などと言ってもらえて、一瞬でも笑顔をみせてもらえて、そうした言葉や表情がうれしくて、改めて後藤さんはヒトを元気にするネイルのパワーに背中を押されて、その後50カ所以上の被災地に足を運ぶことになります。
被災地での活動の様子。後藤さんは震災後から、「日本保健福祉ネイリスト協会(JHWN)」の認定校になる2015年5月まで50カ所以上の被災地をめぐり、無料でネイルをするボランティア活動をしていました。
多くのヒトが参加できること。ずっと続けられること。
しかし、やがてひとりでボランティア活動をすることに限界も感じるようになりました。
「私はお店を経営しているので、お店はスタッフにがんばってもらえば、私はボランティア活動として被災地をめぐることはできます。でも、個人でお店をやっている方は一度や二度はボランティア活動ができても、ずっとは続けられないじゃないですか。お店を閉めたら、その分の収入が減るし、地元のお客さまにも迷惑がかかるし……。
私ひとりだけなら細々と続けられますが、たくさんのネイリストが経済的にも自立して参加できる仕組みがあったら、その方がもっと多くのヒトたちに喜んでもらえますよね。そうなったらいいなと思っていたとき、知人が教えてくれたのが大阪ではじまった『福祉ネイル』の取り組みでした。
『福祉ネイル』は老人ホームや障がい者施設などに行ってネイルサービスを提供するんですが、交通費などの経費もかかるので、その分も含めたお金をきちんといただくんです。『それでもおばあちゃんたちは、すごく喜んでくれる』と聞いて、そういうやり方もあるのかとビックリしました。
私の場合ネイルサロンをはじめるときも、スタッフに経験を積ませてあげたかったので、老人ホームの方にお願いをしてネイルをさせてもらった。ですから当然無料でした。被災地をまわったときもお金なんてもらえる状態じゃなかったし、そもそもお金をもらおうとも思いませんでした。
でも、これからも継続して活動していこうと考えたら、やっぱり個人では限界があるし、仲間も増やせない。でも、こういう仕組みがあったら『私もやりたい』というヒトが出てくるかもしれないと思ったんです。それで私もすぐ『福祉ネイリスト』の資格を取ったし、認定校になって東北にもその取り組みをひろげていこうと思ったんです」(後藤さん)
後藤さんは「福祉ネイリスト」として、“手描き”にこだわっています。効率を考えてシールを貼る場合もあるそうですが、「うちの母が認知症なんですけど、シールだとすぐ剥がしちゃって、そこだけ丸い穴が開いたように見えるんです。でも、手描きだと剥がしようもないから1カ月も残っているので、その間ず~っと眺めて楽しめるじゃないですか」と後藤さん。
手描きのイラストは季節の草花や、クリスマスにはツリー、節分には鬼の面など旬のイベントも盛り込んでいます。「ずっと室内にいて、寒いとなおさら外に出なくなりますよね。そんなとき、ネイルを見れば季節の変化が感じられて楽しいと思うんです」と後藤さん。
ネイルの魅力を多くのヒトに。未来につなぐために。
大震災のために延期となっていた岩手ネイルスクール「RESONANCE(レゾナンス)」が2012年に盛岡に開校。翌年には「ネイルの楽しさを多くのヒトに知ってもらう」ため、青森駅の駅ビルに「OopsNAIL青森ラビナ店」をオープン。さらに近年では、スクールを卒業したネイリストの卵たちがサロン経験を積んで次のステップに進めるようにと、「irokobin~いろこびん~」という名のネイルサロン(盛岡フェザン店・仙台卸町店)もオープンさせ、ネイルの普及とネイリストの育成に努めている後藤さん。
そのなかにあって「福祉ネイリスト」はスタートしたばかりで、東北ではまだまだ認知されていません。しかし、後藤さんのこうした取り組みを見た福祉施設のスタッフさんが「私も入所者さんにやってあげたい」と勉強をはじめたり、「介護している母にやってあげたい」という60代の女性がスクールに通ったりするなど、着実にその裾野はひろがっています。
また、後藤さんはネイルが持つ魔法のパワーを多くの方に知ってもらい、未来につないでいこうと、さまざまなイベントに参加し、子どもたちにもネイルと触れ合える機会を設けるなど積極的に活動しています。
北上市内の企業がボランティアで参加し、子どもたちに仕事の楽しさを伝える仕事体験イベント「鬼っジョブ」には、2013年のスタート時から参加。青森市では教育委員会から依頼を受け、学校の授業では学べないことを学ぶ講座の講師として、子どもたちに年4回ネイルの魅力を教えています。
さらに、幼稚園や会社に出張し、子育て中のママさんや働く女性のみなさんにセルフネイルの楽しみ方をレクチャーする取り組みも展開するなど、ネイルの普及に努めています。
「ネイリストって、10年後になくなる職業と言われているんですけど、冗談じゃないと(笑) ずっとネイルのお仕事をさせていただいてきて、小さなお子さんからおばあちゃんまで一瞬で笑顔にするネイルの魔法のパワーを何度も見てきました。
その素晴らしさを次の世代に引き継いでいくにはどうしたらいいんだろうといつも考えています。そのためには多くのヒトがネイルの魅力に出会える機会をたくさんつくって、ネイル人口を増やすことが大事だし、次の世代のネイリストたちを育てていくことも大切だと思っています。
今の一番の楽しみは、お客さまの笑顔に出会えることはもちろんですけど、若い子たちが一人前のネイリストとして育っていく姿が見られること。それがすごくうれしいんですよね」(後藤さん)
そんな後藤さんの後ろ姿をずっと見てきた舞子さんは……。
「ネイルの楽しさを多くのヒトにひろげながら、私たちスタッフやお店のことも考えて飛び回っている社長(後藤さん)の後ろをみんなで追いかけて、私たちのネイルで笑顔の輪をひろげていきたい」と夢を語ります。後藤さんの周りには、頼もしい次の世代も育っていました。
小さなお子さんからおばあちゃんまで、みんなを一瞬で笑顔にできるのがネイルの魔法のパワーだと後藤さんは語ります。でも、ひょっとしたらネイルが持つそのパワーの恩恵を誰よりも受けているのは、ネイルを通してたくさんのヒトたちの笑顔と出会ってきた後藤さん自身なのかもしれません。口を大きく開けてアハハと笑う後藤さんを見ていると、そんな気がしてきます。
後藤さん、ネイリストの仕事は10年後になくなる職業ではありませんよ。ネイルが持つ魔法のパワーを誰よりも信じている後藤さんの熱意と行動力がある限り、きっとその想いを受け継ぐ次の世代がどんどん育ち、ネイルの未来をひろげていってくれることでしょう。
北上市で開催されている仕事体験イベント「鬼っジョブ」では、毎回多くの女の子たちが参加します。
青森市で年4回行っている講座の様子。学校ではやらないことを学べる場とあって、子どもたちも真剣です。
幼稚園や会社にも出張。子育て中のママさんや働く女性のみなさんにセルフネイルの楽しさをひろげる取り組みも積極的に行っています。
◆福祉ネイルの詳細はこちら!
岩手ネイルスクール「RESONANCE(レゾナンス)」
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(了)
岩手県北上市大通り2-8-14
Tel/0197-61-4100
◆ネイルサロン「OopsNAIL(ウープスネイル)北上パル店」
北上市北鬼柳19-68 江釣子ショッピングセンターパル2F
Tel/0197-72-5130
営業時間/10:00~20:00
◆ネイルサロン「OopsNAIL」(盛岡カワトク店・青森ラビナ店)
◆ネイルサロン「irokobin~いろこびん~」(盛岡フェザン店・仙台卸町店)
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