表現の場は自分たちでつくる! 発想の転換でさらなる高みに挑む 若き現代アーティストたち。

NAKAJIMA ART SPACE
書家  中嶋敏生(なかじま としき)

2歳の2人のアーティストが、北上でデビュー!

 2019年2月2日(土)、北上市さくら通りの住宅街の一角に「NAKAJIMA ART SPACE」(ナカジマ アート スペース)という名の小さなギャラリーが産声をあげました。

 そのオープニングを飾る、記念すべき第1回目の企画展に登場したのが、2歳の2人の男の子、トキくんとミナトくんです。じつはミナトくんは、このギャラリーのオーナーで書家でもある中嶋敏生さんの長男。

 もうひとりの主役、トキくんはミナトくんのお友達で、2人が楽しそうにお絵描きしている様子を見た2人のママさんが、「この素敵な作品たちを飾ってみたい」と思ったのが、今回の企画展が生まれたきっかけでした。

将来が楽しみな2人のアーティスト。左からトキくん、ミナトくんです。

 ギャラリーの白い壁に展示された25点ほどの作品は、この企画展のために無理に描かせたものではありません。いずれも日常の遊びのなかで、トキくんとミナトくんが自由に楽しんで描いたもの。

 1枚1枚の絵にはなんの意味も狙いもなく、世の中の既成概念に縛られることも、何かの評価を期待する気持ちもありません。一本の線が勢いよく伸びる様子に夢中になったり、紙の上にひろがる色の混ざり合いやカスレを面白がったりと、ひとつひとつの動きにトキくんやミナトくんの驚きや発見が見てとれ、ワクワクしながらお絵描きを楽しんでいる2人の姿が目に浮かぶようです。

「子どもって本当にすごいなって思いますね。改めて眺めていると『こんなこと、やっていいんだ』とびっくりさせられることが多いです」

 そう語るのは、2歳のアーティストたちの自由奔放な作品を観ながら、その魅力を丁寧に説明してくれた同ギャラリーのオーナー・中嶋敏生さんです。

 日ごろの中嶋さんは書家として書道教室を開き、小さなお子さんから70代まで幅広い世代に書道の楽しさを教えています。

 そんな中嶋さんが2階建ての自宅の1階に「NAKAJIMA ART SPACE」というギャラリーをつくったのは、現代人だからこそ、今を生きる自分だからこそできる「書」の表現の可能性を追求する現代アーティストとして、ある想いがあったからでした。

壁に展示された作品には照明があてられ、じっくり作品を鑑賞できるように配慮されています。
ランダムに飾られた作品たちからは、2人のアーティストが楽しんで書いてる雰囲気が伝わってきて笑みがこぼれます。

発表する場が少ない……。だったら自分たちの手で。

「地方で創作活動していると、せっかく作品をつくっても、気軽に発表できるギャラリーがほとんどないんですよ。

 そういうなかで創作していると、作品を書いて出来上がったから、紙を丸めて『終わり』となるんですけど、それは嫌だった。自分の作品を展示して日々観察できる場所。それが欲しいと思ったのが最初です。

 でも、せっかくそういう場所をつくるなら自分の作品だけでなく、自分の好きな作品や好きな作家さんの作品なども含めて、自分が展示したいものを展示して、みなさんに気軽に観てもらえる……。そういう場所にしたいと思ってつくったのが、この空間なんです」(中嶋さん)

 取材のとき、「NAKAJIMA ART SPACE」はまだオープンして1週間ほどでしたが、この企画展に訪れたヒトからは早くも驚きの声が。

「23㎡ほどの小さな空間ですが、訪れた方には『個人でもこんな環境がつくれるのか』と驚かれます。ギャラリーには土足で入れるし、照明も整えているので、きちんと作品を展示することで、しっかり作品を見てもらえる環境になっています。

 僕は書の現代アートに取り組んでいますが、それ以外のアート作品も展示して、地域のみなさんが気軽にアートと触れ合える場になれば、と思っています」

 そう語る中嶋さんですが、ここで気になるのが「書家・中嶋敏生」が手がける現代アート書道の作品。さて、それはどんなものなのか?

 こちらの「3秒」という作品は、実際に中嶋さんが3秒間で「3秒」という文字を書いたもの。

 「リアルな時間、リアルな人生」を作品化したもので、同作品は2018年5月に日本で初めて開催された現代アート書道の公募展「アート・ショドウ・トーキョー」に応募。現代アートに精通した美術関係者の審査を通過し、全国から選ばれた38人として会場に展示された作品です。

 他に「人生を2倍楽しめる」をコンセプトに、両手に1本ずつ筆を持って同時に「3秒」と書くユニークなバージョンも。

 続いて、最新作はご覧の通り。その狙いは……。実際にギャラリーを訪れて、ご本人に聞いてみてください!

◇中嶋さんのその他の作品

作品名「47円」
作品名「paper on paper」

ギャラリーはアトリエも兼ねており、ふだんは書道教室も開催されています。
1階の窓から明かりが洩れている空間が「NAKAJIMA ART SPACE」です。

書道の面白さを教えてくれた「臨書」が、大きな壁に。

 中嶋さんが現代アート書道の世界に足を踏み入れたのは2年ほど前のことですが、その話をする前にまずは中嶋さんと書道の関係をひも解いていきましょう。その方が、中嶋さんが現代アート書道の道を選んだ理由がよくわかるからです。

 中嶋さんが書道をはじめたのは、小学3年生のとき。親の勧めで2つ上のお姉さんが通っていた書道教室に行くようになりますが、とくに書道が好きなわけでもなく、中学に入ってはじめたソフトテニスに夢中になり、一旦書道からは離れることに。

 しかし、高校生になり書道部の顧問の先生と知り合ったことでその人柄に惹かれ、再び書道の道へ。古来の名筆を書き写す「臨書」の世界に魅せられ、毎日書きまくるなかで腕を磨き、高校3年生のときには一番大きな書道の全国大会にも出場しました。

「書道の世界には、“書聖”と言われ現在も尊敬されている『王義之』(おうぎし)という方がいますが、臨書を続けていると、その王義之の書を書き写しているときでも、『あっ、次は筆がこっちに行くんだろうな』というのがわかってくる。王義之がのりうつる、と言ったら大げさですが(笑)、それが面白くて高校時代は臨書ばかりやっていました」(中嶋さん)

 書道にすっかり魅せられた中嶋さんは、その世界をさらに深く学ぶため、岩手大学教育学部芸術文化課程造形コース(書道)に進学。書道史などもじっくり学びながら臨書に没頭しますが、やがて大きな壁にぶち当たります。

「臨書って古典の名筆を真似ることなので、練習としてはとてもいい方法なんです。でも、あくまでもそれは練習であって、そこから自分なりの新しいものを創り出すことはできないってことに、4年生になって気づいたんですよね」(中嶋さん)

 しかし、それでも書道は続けました。しかも、皮肉にも再び臨書の世界に没入するようになったのです。

「臨書自体は素晴らしいものなので、自分の考え方を変えようと思ったんです。もう一度イチから、まっさらな気持ちで文字を書くことを楽しみながら書道をやってみようと……」(中嶋さん)

 その後、大学を卒業した中嶋さんは北上市役所に就職。しかし、仕事が忙しかったこともあって書道と向き合う時間はどんどん減り、しまいには筆を持つこともなくなりました。

 そんな中嶋さんが書道の道に再び戻るのは、5年ほど勤めていた北上市役所を退職してから。さっそく書道教室を開きますが、すぐには仕事も軌道に乗らず、アルバイトしながらの生活が続きます。中嶋さんが現代アート書道と出会ったのは、そんなときでした。

中嶋さんの臨書。“書聖”と称えられる王義之の書「集字聖教序 」(しゅうじしょうぎょうじょ)より。行書のお手本としては一級品のものだそう。
こちらは、かな文字の古典の臨書。平安時代の歌集「麗華集」を書き写した古筆「香紙切」(こうしぎれ)より。

今を生きる自分だからこそ表現できる「書」の道へ。

「山本尚志(ひさし)さんという書家がいらっしゃるんですが、その方は大学時代から30年近く書の現代アートに取り組まれていて、その方の作品と出会って、僕も書いてみたいと思ったんです。それまで書の現代アートって、存在自体もまったく知らなかったんですけど(笑)」(中嶋さん)

 自分なりの新しいものは創り出せない……。書の道を突き進みながら、大学時代にぶち当たって越えられなかった大きな壁。長い回り道となりましたが、中嶋さんは「山本尚志」という書の現代アート作家と出会って、その壁を乗り越えるひとつの可能性とめぐりあうことができました。が、その道のりも決して簡単ではありません。

 誰の真似でもない、古来の名筆を書き写す臨書の世界とは違った、現代に生きる今の自分だからこそできる作品を創り出すこと。新しい「書」の表現の可能性を追求する現代アーティストとしての戦いがはじまります。

 しかし、それは孤独な戦いではありませんでした。同じ道を志す仲間との出会いが待っていたからです。

 中嶋さんのアトリエ兼ギャラリーが北上市の住宅街にあるのに対し、そのギャラリー兼アトリエはのどかな田園風景のなかにポツンとありました。

 実家の使われていない納屋を自らの手でリノベーションし、白い壁がひときわ輝いて見えるアトリエ兼ギャラリー「アートスペースEL-7」を昨年オープンさせたのは、中嶋さんの仲間・石田貴裕(たかひろ)さんです。

 2人は29歳と同じ年で同じ北上市出身ですが、出会ったのは3年ほど前。同じアートイベントに出展したことで知り合いとなり、翌年の中嶋さんの個展がきっかけで意気投合。

 昨年8月にはオープンしたばかりの石田さんのギャラリーを舞台に「TOHOKU ART CAMP IWATE 2018」と銘打ち、東北で創作活動に励む他のアーティストの参加も募りながら、2人で企画展も開催しました。

 3Daysで行われたこのイベントは、最終的に5名のアーティストが参加。最終日には、東京から中嶋さんが影響を強く受けた書家であり現代アーティストでもある山本尚志さんを迎え語り合う場を設けるなど、新しい試みにチャレンジしました。

ポップ・アートの巨匠「アンディ・ウォーホール」に影響を受けた石田さんは、絵を描くことが好きで独学で油絵の道へ。その後、ウォーホールが愛したシルクスクリーン技法も独自に研究し、試行錯誤の末に現在のスタイルにたどり着いたそう。

29歳の2人のアーティストが、北上で奮闘!

 そんな2人に共通するのが、創作のやり方であり、自分の作品との向き合い方。アーティストがたくさん集う東京ならグループ展も多く、個展を開くギャラリーも豊富にあり、自分の作品を書き溜めてグループ展に出展したり、個展を開いたりすることも比較的容易にできます。

 しかし、ギャラリーやアーティストの数も少ない地方では、それも容易なことではありません。それなら自分でギャラリーをつくり、日常的に自分の作品を展示し、日常的に自分のリアルな作品に触れられる環境をつくればいいと2人は考えたのでした。

「一般的には展覧会に出すため、個展を開くために作品をつくると思うんですけど、本来は展覧会に“出す”とか個展を“開く”ことが最終的な目的じゃなくて、作品を“つくり続ける”ことが一番大事だと思うんです。

 だから日常的に作品を展示するスペースがあれば、展覧会に“出す”とか個展を“開く”ことが目的ではなく、日々作品を“つくる”ことが第一になる。それに、作品は常にギャラリーに展示しているので、その場で確認したり観察したりしながら、作品づくりが進められる。そういう距離感を持って創作できるメリットもあると思います」(石田さん)

 2人は地方で創作活動に励む難しさを利点に変え、自らの作品づくりに生かし、深めようと奮闘していました。しかし、ギャラリーがあるだけではヒトは集まりません。多くのヒトにその取り組みを知ってもらい、実際にギャラリーに足を運んでもらうことも重要です。

 昨年の1月、2人は「KITAKAMI ART SPACE」(KAS)を立ち上げました。 KASは岩手県の若手アーティストたちが集まり、岩手からアートを発信していこうと活動。その取り組みのひとつとして、ひとりひとりの日々の活動の様子や、イベント情報などをメールマガジン(月刊)で発信しています。

 現在メルマガメンバーは50人を超え、 さらに昨年10月には盛岡市在住の作家・ 鈴木研作さんもKASのメンバーに加わるなど、少しずつですが、その活動の輪がひろがっています。

 そんな2人の次の展開は、3月3日(日)から行うイベント。もうひとりのメンバー・鈴木研作さんとともにKASのグループ展「KITAKAMI ART EXHIBITION SPRING 2019」を、「NAKAJIMA ART SPACE」で開催する予定とのこと。

 北上で奮闘する若きアーティストたちの挑戦はこれからも続きます。ぜひこの機会に熱い想いが詰まった作品の数々を、その目でご覧になってみてはいかがでしょうか。北上市の住宅街の一角で、クールな見た目とは正反対の熱い想いを秘めた若きアーティストたちがみなさんをお待ちしています。

石田さんのアトリエ兼ギャラリー「アートスペースEL-7」も照明にこだわっていますが、すべて手づくりで仕上げたそう。
もともと建物が古い納屋のため、冬は薪ストーブが欠かせませんが、寒さより温かみを感じる風景です。作品が展示された白い壁の裏には、アートに関する書籍や画材がびっしり。
語り合う2人……。ひょっとして20数年後のトキくんとミナトくんもこんな感じでしょうか(笑)

◇NAKAJIMA ART SPACEで開催され(てい)る企画展

【終了】 OUR DRAWINGS -Toki and Minato- 

2歳の2人の男の子が描く自由奔放な絵の世界。大人になったら戻れない、子ども時代の表現することの楽しさに微笑むひととき。
●2019年2月2日(土)~24日(日)の土・日曜日に開催中!
 土曜日 13:00~17:00 / 日曜日 10:00~17:00
 ※ご要望があれば平日も開館。要予約。

KITAKAMI ART EXHIBITION SPRING 2019

岩手県内の若手アーティストが集う「KITAKAMI ART SPACE」(KAS)のグループ展。石田貴裕(絵画)、鈴木研作(写真)、中嶋敏生(書道)の新作を展示。
●2019年3月3日(日)~24日(日)の木・日曜日に開催!
 10:00~17:00
※木・日曜日以外は、事前予約すれば開館。  

詳細はNAKAJIMA ART SPACEのFacebookをチェック!

(了)

NAKAJIMA ART SPACE書道教室・学習塾
岩手県北上市さくら通り5-10-10
Tel/090-5238-7354

 

2019-02-17|
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