フラワーショップ Flowers & Plants
Hummingbird(ハミングバード)
佐藤彩湖(さとう さいこ)
花が好きだった母、空き地に咲くキレイな野花が原点。
「いつも、野に咲いている花のようにアレンジされていて、素敵ですね」
東京の花屋さんに勤めているときにお客さまから声をかけられたひと言を、佐藤彩湖(さとう さいこ)さんは大事にしています。
花が好きだったお母さんのお陰で、彩湖さんにとって花はとても身近なものであり、遊び相手でもありました。子どもの頃の遊び場は近所の空き地。そこに咲いていた野花を摘んでは、花冠をつくって友だちにプレゼントしたりしていました。
「空き地に咲いている野花は、ひと通り摘んでいました。それでいろんな花冠をつくるんですけど、自分で言うのもなんですが、みんなから『すごい上手』って言われてたんですよ」
彩湖さんはそう言って照れくさそうに笑いますが、小さい頃から本当に花が好きだったようで、すでに幼稚園の頃には「お花屋さんになりたい」と言っていたそう。
「親がそう言うんですが、自分では全然記憶になくて……」
そう言って、やっぱり照れくさそうに笑います。そんな彩湖さんの、全然記憶にないという幼稚園の頃の夢が、「花屋になる」という決意に変わるのが16歳のとき。
「そのときも、なんで花屋になろうと決めたのか全然覚えてないんですけど」と彩湖さんは言葉を続けますが、ここまでくると「花屋になる」のは最早必然。
その決意は揺ぐこともなく、高校を卒業すると東京にあるフラワーデザインの専門学校に進学。花屋さんになるためのノウハウを1年間みっちり学びました。
が、ときは今と違って就職難の時代。せっかく専門知識を学び、技術を習得しても、それを生かせる職場がなかなか見つかりませんでした。
いろんな花屋さんで働いた経験。それは、自分のスタイルを探す旅。
当時、彩湖さんが通っていた専門学校の生徒は、日本全国にある花屋さんの2代目・3代目が中心。そうしたヒトたちは就職難の時代とはいえ、地元に帰れば実家の店で働き、好きな花の仕事を続けることができます。
一方、彩湖さんのご両親はふつうの会社員のため、花の仕事をするためには、花屋さんに就職するしかありませんでした。自分で花屋さんをはじめる道もありますが、専門学校を卒業したばかりの20歳の若者に、その資金があるはずもなく……。
他の仕事を探すという選択肢もありましたが、「花屋になる」という決意は揺ぎなく、彩湖さんはいろんな花屋さんでアルバイトしながら、修行する道を選びます。
「いろんな花屋で働きましたが、会社によっても、同じ系列の花屋でも店によって花の扱い方だったり、ラッピングの仕方だったり、客層も違ってきます。
例えば、花の扱い方で言えば花を仕入れたときに、その花を元気にする『水揚げ』という作業があります。花の種類によって、茎を折ったり、根本に切り込みを入れたり、茎をお湯であたためたりするんですが、それも店ごとにやり方が違うんですよ。
専門学校を卒業したあと7年間いろんな花屋でいろんなやり方を経験したり、いろんな客層の方と接していくなかで、私は自分なりに良いと思ったものだけを取り入れて今はやっています」
と語る彩湖さんですが、回り道にも思えたアルバイトの日々が、今の彩湖さんを支える大切な糧となっていました。
また専門学校時代、彩湖さんは生け花の流派のひとつ「龍生派」を授業で学び、その影響を受けて卒業後も7年間、同派の生け花教室に通っていた経験も今に生きているといいます。
「生け花は花を扱ううえでの基本なので、それを身につけたいと思って東京にいる間はずっと龍生派の生け花教室に通っていました。
龍生派は古典の美しさを大切にしながら、新しいものも取り入れる柔軟性があるし、自分の視点で一輪ごとに花が持っている表情、個性を見つけて生ける楽しさがあります。そこで学んだ経験が花と向き合ううえで、今の私の大切な要素になっていると思います」(彩湖さん)
「いつも、野に咲いている花のようにアレンジされていて、素敵ですね」と彩湖さんに声をかけてくれたお客さまとの出会いも、そんな勉強の日々のなかにありました。
子どもの頃、遊び場だった近所の空き地に咲いていた野花を摘んでは花冠をつくり、誰かにプレゼントしていた女の子は、一見遠回りにも見えたアルバイト生活のなかでも、自分の理想とするスタイルに向かって一歩一歩着実に歩んでいました。
そんな彩湖さんですが、家庭の事情もあり、地元・北上に戻ることに。1年間の専門学校時代を含め、8年間におよんだ東京での修行の日々についに別れを告げます。
お客さまの笑顔の、その先にあるもの。
東京から北上に戻ってきた彩湖さんは、近隣にある花屋さんでアルバイトをスタートしますが、のちに起こった東日本大震災により、その仕事もなくなり……。
自分の花屋を開こうと彩湖さんが決意したのは、そんなときでした。
「岩手の花屋は、仏花を扱う店が中心でした。バイトでお世話になっていた店も仏花が多かったので、せっかくだからこの機会に仏花の勉強をきちんとやろうと思って、仏花の仕事も率先してお手伝いするようにしていたんです。
でも、いざ自分で店を開こうと考えたとき、どうせやるならお客さまが『自分のために花を買いたくなる花屋にしたい』と思ったんです。
花をもっと身近に楽しんでもらえるように、1本でも買いたくなる、思わず手に取りたくなるような花を取り揃える花屋にしようと決めたんです」(彩湖さん)
北上市の九年橋という橋の近くに「Hummingbird(ハミングバード)」という名の小さなフラワーショップがオープンしたのは2011年12月のこと。店に並ぶのは彩湖さんが選んだ、とっておきの花たちです。
「花の種類はスタンダートでも、花のカタチがカワイイもの、咲き方が珍しいもの、色がキレイなもの……、そういう私が面白いと思う個性的な花を取り揃えています。
だいたいの方が花を見た瞬間、いい顔をしてくださるんです。お客さまのそういう顔を見ると、花屋をやっていてよかったっていつも思うんです」(彩湖さん)
東京にいた8年間、彩湖さんはよくお母さんに花を贈っていました。
「岩手にはないようなカワイイ花でアレンジしたりしていたので、いつもすごく喜んでくれていました」
当時を振り返って、そう語ってくれた彩湖さん。子どもの頃、野花でつくった花冠。そして、お母さんに贈った、たくさんの花たち……。彩湖さんにとって、お客さまが花を見て喜ぶ顔は、そうした記憶ともつながっているのかもしれません。
笑顔を運んでくる「ハミングバード」へ、ようこそ。
「自分のために花を買いたくなる花屋にしたい」
そんな想いを抱いて「ハミングバード」というフラワーショップを開いた彩湖さんは、8年目を迎えて少しずつですが自分用に花を買っていかれる方が増えていると実感しています。
また、歓送迎会の贈り物、結婚式のデコレーション、母の日、誕生日、結婚記念日、クリスマスなどはもちろん、供え物の花でも「花が好きなヒトだったので、他とは違ったカワイイ花で」というような要望で、「ハミングバード」の魅力を理解して花をオーダーしてくださる方が多いといいます。
これも花を身近に楽しめるようにしたいと、1本でも買いたくなるような花にこだわってきた彩湖さんの取り組みが少しずつひろがっているからでしょう。
そんな彩湖さんの刺激となり、ときに支えとなってくれているのが、フラワーデザインの専門学校で1年間一緒に学んだ仲間たち。
「学校に入ったときに先生に言われたんですよ。『この学校の財産は、全国に友だちができること。そのつながりこそ財産』だって。正直、最初はピンときませんでした。
でも、そのときに出会った友だちがロサンゼルスに花屋を開いたとき、何度か遊びに行ったんですけど、その友だちと一緒に有名な朝市をめぐっていろんな種類の花を眺めたり、仕事を手伝ったりする時間がすごく勉強になったし、たくさんの刺激をもらえました。
そういうずっと付きあえる特別な友だちができたことは、やっぱり心強いですよね。
『ハミングバード』という店の名前も、実はロサンゼルスに行って、その友だちと話しているときに決めたんです。ロサンゼルスでは小さくてカワイらしいハミングバード(ハチドリ)がふつうに飛んでいるんですよ。
それで、みんなハミングバードに来てほしいから、バルコニーに液体のエサ(砂糖水)を置いておくんです。ハミングバードはホバリングしながらエサを吸うんですけど、その様子がすごくカワイくて、友だちと『いつか花屋を開くなら、ハミングバードという名前にしよう』という話をしていたんです」
そう言って楽しそうに笑う彩湖さん。特別な友だちとロサンゼルスで過ごしていたとき、どんなハミングバードが2人の前に現れていたのでしょうか。
ハミングバードの色合いなどはわかりませんが、2人の表情はなんとなく想像できます。色とりどりの花を眺めて喜ぶヒトのように、きっといい笑顔だったことでしょう。
北上も、やがて野花芽吹く春。今年は「ハミングバード」が運んでくるカワイらしい花で、大切な誰かをとびっきりの笑顔に変えてみてはいかが?
(了)
Flowers & Plants Hummingbird (ハミングバード)
岩手県北上市九年橋1-7-23
Tel/0197-64-6487
営業時間/10:00~18:00
定休日/月曜日(月に1回連休あり)
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