美食を愉しむ人が集う割烹の店へ。 和の料理人として半世紀。 挑戦の日々はこれからも続く。

椿
料理人  舛田三千夫(ますだ みちお)

時代の一歩先を見据えて挑み続ける料理人。

 2016年10月1日、天皇・皇后両閣下をお迎えして、北上市にある北上総合運動公園陸上競技場にて第71回国民体育大会「2016希望郷いわて国体」の総合開会式が開催されました。

 それに際して、天皇・皇后両閣下が9月30日と10月1日にご宿泊されたのが花巻温泉です。今回ご紹介する舛田三千夫さんは、当時、花巻温泉の総料理顧問を務めており、天皇・皇后両閣下に召しあがっていただくお料理を担当した方でもあります。

「ご縁があって私が花巻温泉で働くことになったのは7月。そのときには、天皇・皇后両閣下に召しあがっていただく献立はすでに決まっていました。

 ですから、私がやったのは食材を徹底的に吟味すること。そこで、まず最初に手をつけたのが野菜選び。Bon Barの亮さんに無農薬野菜を栽培する農家さんを紹介してもらって、農家さんの畑を回るところからはじめたんですよ」(舛田さん)

 「Bon Bar」については仕事人図鑑第12弾でもご紹介しているので詳細は省きますが、当時、舛田さんは奥様の実家がある北上市に移住して間もない頃でした。舛田さんは、長崎県五島列島の出身。18歳で料理人を志して上京し、料理界の重鎮・小倉和巳氏が初代店主を務める「割烹おぐら」(銀座)で料理の基本を学びます。

 その後、金沢の名店を渡り歩き、割烹料理の奥深さと面白さに目覚め、30歳を過ぎて帰京。新宿にステーキと和食の店「玄庵」を立ち上げます。今から35年以上も前のことで、当時は東京でもステーキといえばフランス料理の一品としてか、アメリカンスタイルの一般的なステーキが定番の時代。そこに和食とステーキを組み合わせるという新しいスタイルを打ち出したのです。

「和食のコースには“揚げ物”というものがあります。そこでステーキを出したら面白いと思ったんです。当時、和食でつくるステーキのコース料理は他にはなかった。私は時代の一歩先をいく料理をやろうと意識していつもやってきました。

 ですからそのときも、『必ずこのスタイルが当たり前の時代が来る。そういう料理をやるよ』とスタッフに伝えながらやっていました」

 舛田さんが語る通り、そのスタイルは時代を先取りした提案であり、のちに多くの美食家が「玄庵」を訪れることになります。そして、13年間「玄庵」で料理の腕を振るった舛田さんは次のステージへ。

「椿」は、北上市上野町にある「新堰水辺公園」のそばにひっそりと佇んでいます。
目立った看板も暖簾もありません。入り口にある「椿」と記された小さな行灯が目印です。

奥様の故郷で割烹料理の店を。移住してめぐりあえた大役に感謝。

 舛田さんが東京・青山にカウンター割烹の店「椿」をオープンしたのは1995年のこと。13年間働いた新宿を出るということは、馴染み客とも離れてしまうことを意味します。それでも青山で店を開いたのは、「自分がつくりたい料理をお客さまに提供したい」と強く思ったから。

「ステーキを主役にすると、どうしてもそれを中心にコース料理を組み立てなければならなくなるでしょ。

 たとえば、今が旬のおいしい食材があって揚げ物にして出したいなと思っても、ステーキが中心にあると出しづらいこともあるんですよ。

 そうではなくて、なんでもいいから今おいしいものを、最もおいしいカタチで、お客さまに提供する店をやりたいと思ったんです」

 当時を振り返ってそう語る舛田さんですが、こちらの店でも時代の一歩先を見据えて料理を提供するスタイルは変わりません。素材を選りすぐり、料理の基本を大切にしながらも、独創性あふれる割烹料理をふるまい、幅広い世代から愛される名店へと育てあげます。

 そして、青山の「椿」で18年の時を過ごした舛田さんが、次に選んだ場所が奥様の実家がある北上市。奥様のお父さんが突然亡くなり、すっかり元気をなくしたお母さんのそばにいたいという奥様に寄り添っての決断でした。

 海外のホテルの料理長に、という話もありましたが、2016年に北上市に移住。この地で自分の店を開こうと準備をしているとき、ご縁があって花巻温泉に勤めることに。天皇・皇后両閣下に召しあがっていただくお料理を担当する栄誉を授かったのは、そんなときでした。

あたたかな木のぬくもりと清潔感のある上品な雰囲気がひろがる店内は、
カウンター席と4人掛けのテーブル席の他、個室も完備。ご友人と、ご夫婦やご家族で、
あるいは大切な方のおもてなしの場になど、さまざまなシーンでご利用いただけます。
奥様と二人三脚でお店を切り盛りする舛田さん。
窓の外には、奥様が子どもの頃から知っている風景がひろがっています。

料理人として半世紀。新たな夢は、「椿」を美食を愉しむ人々が集う店に育てること。

 2016年9月30日と10月1日に天皇・皇后両閣下に召しあがっていただくお料理を担当し、10月21日と22日にご宿泊された皇太子殿下のお料理も担当した舛田さんは、その大役を全う。天皇・皇后両閣下や皇太子殿下がお帰りの際に見せられた微笑みや「ありがとうございました」という言葉を今も誇りとしています。

 北上市上野町にある「新堰水辺公園」のそばに、「椿」という名の割烹料理の店がひっそりとオープンしたのは2018年9月のこと。

 目立つ看板や暖簾もありませんから、気づかずに通り過ぎる方や、ここでいいのかと恐る恐る訪れる方も多いとか。そのお店こそ、舛田さんと奥様がお二人で切り盛りする割烹料理のお店です。

「ずっと素材にこだわって料理をつくり続けてきました。それをここでもやっていきたい。

 たとえば、最近、京都から竹の子をもらったんですけど、そのおいしさは格別です。よく、『どこそこの竹の子もおいしい』というようなことを聞いたりもしますが、やっぱり本物は違います。同じ食材でも『世の中にはこんなにおいしいものがある』ということを知ってもらえるような店になればいいなと思っています。

 正直に言えば、東京にいた頃は、世界の食材が集まる世界でも指折りの築地市場(2018年10月に豊洲に移転)がありましたから、素材は徹底的に吟味することができました。

 それと比べると、不自由な面もあります。でも、地元の無農薬野菜の農家さんと知り合うこともできて、そうした地元の食材のおいしさを生かしながら、“これこそ本物”という素材も取り寄せてみなさんに召しあがっていただけるようにしたいと思っています。

 別に大儲けしたいわけじゃないですから(笑) 2人で無理のない範囲で好きな料理をつくり続けて、それを気にいってくれるお客さまが少しずつでも増えていってくれたらうれしいですね」

 そう言って微笑む舛田さんは、「東京を離れ、北上でゼロからのスタートとなりましたが、不安はありませんでしか?」というこちらの問いにも、

「新宿の店も、青山も、どこもイチからでしたからね」と涼しい顔。現在はランチとディナーを提供していますが、いずれはコース仕立ての懐石料理をメインにして、北上周辺の美食を愉しむ人々が集う店に育てていきたいと夢を語ります。  

 舛田さんが料理人を志し長崎から上京したのは、18歳のとき。1970年頃のことでした。それから来年で半世紀。時代は昭和から平成を経て、新しい元号へと変わろうとしています。

 しかし、素材にこだわり、つねに時代の一歩先を見据えて料理をつくり続ける舛田さんの挑戦はこれからも変わらずに続いていきます。

この日いただいたランチは、同店おすすめの「鰆の柚庵焼き」(1,500円)。
青山「椿」の時代から愛されるメニューは、長く日本人の食事の基本とされてきた一汁三菜の献立で、
しぜんとバランスのよい食事が摂れる一品。この日はちょっと豪華に「鯖のお刺身」付き。
さりげなく並ぶ料理のひとつひとつに丁寧な手仕事の業が光ります。
食事のあとには、甘味が登場。ふきのとうの微かな苦味が、北上に春の訪れを告げてくれる一品。その上品なおいしさに心も和みます。

(了)

椿(予約がおすすめ) 

岩手県北上市上野町5-16-25
Tel/0197-62-5211
営業時間/ランチ11:30~14:00(ラストオーダー13:30)
     ディナー18:00~22:00
定休日/水・木曜日

2019-03-26|
関連記事

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA