代表 藤村千紗(ふじむら ちさ)
木立千賀(きだち せんが)
あなたの居場所に……。2018年7月誕生。
私たち自身も居場所を求めていて、ヒトとつながっているという感覚を持ちたいからやっている……。
そう語るのは「途良や」(とらや)の代表を務める藤村千紗さんと木立千賀さんです。
「途良や」は2018年7月、北上市を拠点に「だれも孤立しない地域をめざして、多様なカタチの居場所を模索・創出する」ことをミッションに掲げて活動をスタート。悩みや生きづらさを抱えていながら周りに相談できず、物理的・心理的に孤独を感じている方などに、ヒトとのつながりを実感しながら心やすらげる“居場所”をつくろうと取り組んでいます。
お二人とも普段は別の仕事をしているため、その活動はこれまで主に月1~2回の週末に限られてきましたが、年齢・性別・職業・地域・障がいや病気のあるなしにかかわらず誰でも気軽に参加できる敷居の低さもあって、「途良や」を訪れたヒトは3年間でのべ400人を超えるそう。
そうしたヒトたちに寄り添い続けるお二人が、「自分たちも求めている」と語る“居場所”とはどんな場所なのでしょうか。
ということで、「途良や」の取り組みに参加してみました。
「途良や」では誰もがリアルに集えるコミュニティフリースペース「途良やものがたり」を2020年2月まで開催していましたが、コロナの影響で3月からの開催は見送りに。そのため2ヵ月の休みを経て5月からはZOOMやLINEのオープンチャットを活用したオンラインでの集いの場「ネッとらや」が活動のメインとなっています。
筆者が訪れたのも、LINEのオープンチャットで開催されている「ネッとらや」。誰もが参加できるということと、顔が見えるZOOMとは違って着替えなくても気軽に参加できるLINEでの交流ということで、ふらりと訪れてみたのでした。
そこで出会ったのは……。
コロナ禍でも、ヒトとつながる「ネッとらや」。
「途良や」がオンラインで開催している集いの場「ネッとらや」には、毎回10~25名の方たちが訪れます。参加方法も簡単で、まず「途良や」の公式LINEアカウントを「友だち」に追加。すると今月の開催日時を知らせる通知が届き、さらに当日の開催時刻になると「オープンチャット開始」のお知らせとともにアドレスが届き、そこにアクセスすればOK。
というわけで、さっそく「ネッとらや」に参加してみると……。
こうした「居場所づくり」の取り組みというと、悩みや不安をみんなで話したり、支援者に悩みや不安を相談したりするイメージを持っている方も多いのではないでしょうか。「そういう話をしないといけないのかな」と考えると、ちょっと二の足を踏む方も……。
しかし、「ネッとらや」は相談する場所というよりも、ゆる~くいろんなおしゃべりを楽しむ空間となっていました。話題も「好きな食べもの」や「今夜(お昼に)食べたいもの」、「好きなマンガや映画」、「リフレッシュの仕方」などなど、誰もが構えることなくトークに参加できる身の周りのモノやコトが中心。
しかも、コメントする・しないも自由のため、コメントしないからといって「〇〇さんはどうですか?」といった感じで急に話を振られることもなく、みんなのトークを眺めているだけでもOK。そこには、のんびりとした時間が流れています。
さらに、仕事のため「挨拶」だけして帰る方や、「仕事でトークに参加できませんが、あとでゆっくりみなさんのお話を読ませていただきます」とコメントを残して帰る方もいて、この空間で過ごす時間をみなさんが楽しみにしている様子が伝わってきます。
別の日に改めて参加者さんから「途良や」の魅力についてうかがうと……。
「私は年に数回利用する程度ですが、こういう取り組みは『弱いヒトを助ける』という言い方をしたり、『支援する側とされる側』という構図になっていたり、そういうものが必ず存在します。でも、『途良や』ではそれが感じられない。そこがいいと思ったし、私自身も利用していて『ラクだな』と思いました。
あとは、強いることがないですよね。今はコロナの影響で月1回の集まりもLINEのグループチャットになっていますが、そこでも話題は自由で年齢とかどんな仕事をしているヒトなのかとか、そういう社会的な地位とは関係のない部分であっという間につながることができる。
例えば『自分の好きな食べもの』や『今夜食べたいもの』など取り留めもないことから、好きな映画やマンガの話題に移って、そうしたなかで自分の中にある好きなモノやコトを語っているうちに、自分が抱えている哀しみとかつらさをふと吐露したりして……。それに対してコメントするヒトもいれば、コメントしないヒトもいて、でもそれも自由で、強いられることなく、自分のタイミングで自分が話したくなったらコメントする。
解決することが目的ではなく、みんながそこに居ることが大事で、でも近すぎず、離れ過ぎず、変に干渉しすぎず、否定されることもなく、程よい距離感でみんながつながっている。それが居心地の良さにつながっていると思います」とのこと。
みんなと話すことももちろん大事ですが、それ以上に“そこに居ること=みんなとつながっている”と実感できることを「途良や」では大切にしているのでした。
元の自分に帰れる場所。自分は自分でいいと思える場所。
さらに、別の参加者さんにもお話をうかがってみると……。
「私はずっと自分の『居場所』みたいなものを探していて、こうした『居場所づくり』のような場所にもいろいろ参加しましたが、やっぱりその空間に自分が『合う・合わない』ということがどうしても出てきます。
私の経験で言うと、そういう場所では何か障がいを持っていたり病気や悩みを抱えていたりすると、どうしてもそういう部分で見られたり、そこで語られる話題も『障がい』や『病気』のことがメインになります。
でも『途良や』はそういうことがなくて、健常者も障がい者もいろんなヒトがいて、いろんな話題が出てきて、そこで話すとき私は障がいや病気を持つ前の感覚に戻れるというか、そうなる前の元の自分、“素”の自分でいられるんです。
もちろん、何か問題を抱えているヒトたちが集まって悩みや不安を共有したり解決したりすることも大切なことだと思いますが、私は障がいや病気とは関係ない、元の自分で会話できる場所を探していました。
その点で言うと、『途良や』は誰かを基準にするとか、対象者を限定するとか、そういう“偏り”がなくて、その空間に誰でも受け入れてもらえて、『そこに居るだけでいい』『自分は自分でいい』と感じられる空気感が私には合っていると思いました」とのこと。
年齢、性別、職業、社会的な地位、病気になっているヒトとなっていないヒト、健常者と障がい者……。そうした壁をなくして、ヒトとヒトがつながれる場所。『そこに居るだけでいい』『自分は自分でいい』と感じられる場所。「途良や」が生み出すその空気感は、どのように育まれてきたのでしょうか。
その原点を探すと、「途良や」の代表を務める藤村千紗さんと木立千賀さんの出会いにまでさかのぼります。
8年前の約束。二人でもやれるところから……。
お二人が出会ったのは、全国を対象に社会的に孤立してしまいそうな方たちや孤立してしまっている方たちを多角的に支援するための相談対応を行う職場です。今から8年ほど前のこと。そこで意気投合したお二人は……。
藤村千紗さん:私たちの仕事は全国を対象にしていて、それはそれで重要な仕事ですが、一方 でもっと地元に根づいた関わり方、生きづらさを抱えていたり、社会とつながりが持てずに苦しんだりされている方に寄り添う活動を「何かできないか」とずっと二人で話していたんですよ。ただ、私たちも毎日の仕事でいっぱいいっぱいで、日常の仕事とは別に新しい取り組みを個人的にスタートさせるという余裕がなくて……。
そうしたさなか、2018年に北上市で起きた幼児虐待死や高校生が自死するという事件がきっかけで奮起。「だれも孤立しない地域をめざして、多様なカタチの居場所を模索・創出する」というミッションを掲げて同年7月に「途良や」を立ち上げ、活動をスタートしたのでした。
“居場所”という言葉も今ほど一般的ではなかった時代。高齢者の方向けや子ども食堂のような取り組みはあっても、悩みや生きづらさを抱えていながら誰にも相談できずにいるヒトなら誰でも受け入れるという団体は北上市にもほとんどなく、「やれるところからでいいから、まずはやってみよう」と「途良や」をはじめたそう。
そこでめざしたのが、日常の一部になる“居場所”をつくること。そして、そのために大切にしたのが次の3つ。
●福祉色を出さないようにすること。
●プログラムをつくらないこと。
●自分たちも楽しいと思える、ずっと居たいと思える場所をつくること。
藤村千紗さん:福祉色を出さないというのは、例えば「相談支援」というような言い方をすると、どうしても「支援する側・支援される側」という関係になってしまいます。でも、私たちは「途良や」が参加者さんの日常の一部になってくれたらうれしいと思っているので、「支援する側・支援される側」ではなく、お互いが対等で、変に気を遣わないでいられる空間をつくりたかったんです。
木立千賀さん:プログラムについても、「途良やで今日は何をやります」というような決め事は一切しません。「今日何をやるか」、それを決めるのは今日「途良や」に集うヒトたち。本を読んだり、おしゃべりしたり、音楽を楽しんだり、それぞれが好きなことをして過ごしながら、そこで生まれる時間をみんなで共有することが大切だと思うんです。
「『場』は、そこに集まったヒトたちでつくるのが自然だと思うんです」と語る千紗さんの言葉に深くうなずく木立さん。お二人の想いは同じです。
そして、3つめの「自分たちも楽しいと思える、ずっと居たいと思える場所をつくること」とは?
他愛もない会話からポロッとこぼれる悩みに、みんなで寄り添う。
2018年7月から活動をスタートした「途良や」。コロナ以前までは、北上市内を中心にさまざまな場所に月1~2回集まり、みんなで同じ時間を過ごす「途良やものがたり」という取り組みをメインに活動。特別な場所ではなく、いつもの日常のなかにある「居場所」をめざして、あえて決まったプログラムは用意せず、おしゃべりしたり、音楽や読書を楽しんだり、ぼ~っとしたり……。何をするのもしないのも、決めるのは自分自身であり、参加される方が思い思いに過ごしながら、ヒトとのあたたかなつながりを実感できるひとときをみんなで育んできました(現在はコロナのため休止)。他愛もないおしゃべりを楽しみながら思わずポロッとこぼれる悩みに、参加者みんなで寄り添う「途良や」の空気感は「途良やものがたり」から「ネッとらや」へと受け継がれています。
同じ目線で、同じ気持ちで、みんなと。
「途良や」が大切にしている3つめの「自分たちも楽しいと思える、ずっと居たいと思える場所をつくること」とは?
それが最初に触れた、「私たち自身も居場所を求めていて、ヒトとつながっているという感覚を持ちたいからやっている……」という言葉にもつながってきます。
藤村千紗さん:「私たちが居たいと思うような居場所をつくる」というのは、純粋に私たちが楽しいと思えないと続けられないと思うから。
木立千賀さん:無理に笑ったり、変に気を遣ったりして、私たちが疲れるようだったら続けられないもんね。
そう語るお二人は普段は「相談支援」の仕事をしており、さらに千紗さんは「就労継続支援B型」(障がいなどがあって雇用契約を結んで働くことが困難な方の就労をサポートする福祉サービス)と「自立訓練(生活訓練)」(障がいのある方が日常生活で必要となるさまざまな能力を練習するための支援を行う福祉サービス)の事業を年内に立ち上げるために準備中とのこと。
そうしたなかでの「途良や」の取り組みはボランティアであり、お二人にとって利益が生まれるものではありません。
それでも「途良や」を続けるのは?
藤村千紗さん:若い頃は自分探しというか、自由に生きたくて、縛られるのが嫌で、仕事を転々としていました。だから定職にも就けなくて……。でも、その経験が「相談支援」という仕事に生きていて……。こういう言い方をすると勘違いされそうですが、私が思うのは「ヒトの悩みを自分なんかがどうにかできるわけがない」ということ。そもそも私自身にそんなチカラはないし、だから誰かのチカラにはなれない。そんなだから、ヒトもそんなに信用はしていない。でも、そんな私でも、やっぱり人間が希望だということもわかっていて、それはやっぱり人間に支えられた経験があるからだと思うんです。だから、ヒトをあきらめないのだと思う。だからこんな私だけど、やっぱり同じように悩んでいたり不安を抱えていたりするヒトがいたら、「なんにもできないかもしれないけど、話を聞くぐらいはできるかな」というのが私の原点ですね。矛盾だらけですけど(笑)
木立千賀さん:私の場合は、「女性」というジェンダーで生きることをずっと親に押し付けられて生きてきたんですよ。でも、子どもの頃から自分のなかで「違う違う」とずっと思っていたんですけど、当時は相談する場所もなくて、ずっと押し入れにこもっていた時期もありました。そのときは「自分は世の中に必要とされる人間じゃない」「この地球上に自分の居場所がひとつもない」と思いこんじゃって、「孤独ってこういうものなんだな」とそのとき思ったんです。社会に出て、私のように悩んでいるヒトたちのグループがあるとわかって、そこにつながってからですね。私の世界がひろがっていったのは……。私が押し入れにこもって「自分が世の中に必要とされない人間だ」とずっと思いこんで闇の中に居たという経験をもし今もしているヒトがいるなら、私のようにヒトとつながることで少しでも変われるきっかけになればと思ったし、ヒトとのつながりを求めているヒトがいるなら、そういう場所をつくりたいと思ったんです。
私たち自身も居場所を求めていて、ヒトとつながっているという感覚を持ちたいからやっている……。そこには、そんな想いがありました。
参加者さんといっしょに育む、みんなの「居場所」。
「『できることからやってみよう』ということで手探りでスタートした『途良や』ですが、振り返ってみると初回から今まで、嫌な思いをしたことが1回もないんですよ」と語る千紗さん。
その言葉にうなずきながら、「もともと『私たちが居たいと思える場所をつくろう』ということでスタートしたわけですが、『私たち自身も居場所を求めていて、ヒトとつながっているという感覚を持ちたいからやっている』というのが私たちの根っこにもあるんですよね。だからこそ、参加者さんたちの気持ちもわかるというか、居心地のいい距離感でお互いがつながっていられるのかなとも思います」と言葉を添える木立さん。
今年の7月で4年目を迎えた「途良や」。コロナの影響でリアルな集いの場「途良やものがたり」の活動が休止となり、オンラインでの交流「ネッとらや」の活動がメインになるなど大きな変化もありましたが、改めてこれまでの「途良や」の歩みを振り返っていただくと、そんな言葉がお二人から返ってきました。
一方、参加者さんにお話をうかがうと……。
「世の中にはトゲトゲした場所がいっぱいあるじゃないですか。例えば学校や職場で厳しい言葉を投げかけられたり、人間関係がうまくいかなくてつらい状態になったり……。そういう場所って世の中にいっぱいあると思うんですけど、『途良や』ではおしゃべりしていてもみんながやさしくて、むしろ心があったまる感じがします」
「なんというか、『俺でも受け入れてもらえるんだな』『居ていいんだな』と思える場所というか……。世間的な常識にとらわれず、何があってもみんなを受け入れて、きちんと“居場所”を用意して待ってくれている木立さんと千紗さんの二人の懐の深さがすごいと思います。それに『途良や』にやってくるヒトも、みんなやさしいんですよね。また早くみんなと会いたいですね」
と言った声が聞かれました。
ヒトとのつながりが希薄になっていると言われる現代。加えて近年はコロナの影響で、対面でのコミュニケーションも制限されるなど、ヒトとのつながりがより大切なものになってきている今。ずっとヒトとのつながりを育んできた「途良や」は、参加者さんにとって「やさしい」「あったかい」空間となっているよう。
そうした言葉に、お二人は……。
「相乗効果じゃないけど、私たちがつくっている空気というよりは、みなさんがつくってくれている空気だということは絶対間違いがない」と千紗さん。その想いは木立さんも同じです。
コロナの影響でまだまだ先の見えない状況が続いていますが、それでもワクチン接種が進み、新しいライフスタイルのなかで日常の営みが動き出しています。そうしたなかで「途良や」も9月から新たなスタッフが加わり、参加者ひとりひとりのニーズに合わせて行きたい場所に出かける「アウトリーチ」や、今まで休止していたリアルな集いの場「途良やものがたり」などの活動も年内再開に向けて調整中とのこと。
だれも孤立しない地域をめざして、ヒトとのつながりを大切に、いつもの日常のなかにある「居場所づくり」に取り組む「途良や」。参加者さんと一緒に育むその空間は、今後さらにひろがっていくことでしょう。
最後に、当て字が珍しい「途良や」の意味をうかがうと……。 「なんなんですかね。解釈は自由です(笑)」と千紗さん。あなたはどんな意味だと思いますか? 答えはきっと、その空間のなかに……。
◇具体的な取り組みは、途良やホームページをご覧ください。▶▶▶ 居場所と相談 途良や
(了)
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