自家製粉 石臼挽き手打ち蕎麦
神楽屋(かぐらや)
代表 兼 手打ち蕎麦職人 千葉晃史(ちば あきふみ)
手打ち蕎麦職人 髙橋悟子(たかはし さとこ)
定休日のお店を借りて蕎麦を提供。最後に訪れたご夫婦の言葉を胸に。
千葉晃史さんは、その日のことを生涯忘れることはないでしょう。
それは、今から4年ほど前。当時、自分のお店を持っていなかった千葉さんは、北上市内の温泉旅館や飲食店に手打ち蕎麦を卸しながら、とあるお店の定休日に半年間ほどそのお店を借りて蕎麦をお客さまに提供するという機会を得ました。
「いつか自分の蕎麦屋を」という夢を持ちながら、しかしそう簡単に自分のお店を持てるはずもなく、それでも自分が納得できるおいしい蕎麦をつくろうと研究に研究を重ねながら蕎麦づくりに励んでいた千葉さんにとって、半年間とはいえ実際のお店でお客さまに自分の蕎麦を提供できる機会は、貴重です。
「忘れもしません。そのお店で蕎麦を提供できる最後の日の、一番最後にお店にいらしてくださったのが、とあるご夫婦でした。
そのご夫婦が蕎麦を食べ終わって帰るとき、私に声をかけてくださったんです。
私がそのお店で蕎麦を提供しているということはだいぶ前から知っていたようで、でも忙しくてなかなか来られなかったという話をされて、最後に『やっと来られました。すごく幸せな時間でした。本当にありがとう』と言ってくださったんです。
自分がおいしいと思う蕎麦をお客さまに提供させていただいて、それでお客さまが幸せな気分になって、さらに感謝までされて帰っていただけるなんて、すごく有難いことだとそのとき思いました。
自分でも強く覚えているのは、その日が直接お客さまに自分の蕎麦を提供できる最後の日だから、『みなさんにおいしいと思っていただけるように』とそれだけを思って蕎麦を打っていたんです。
それがお客さまに伝わったのかなと思ったら、よく『料理は心』って言いますけど、それって本当のことなんだと、そのとき自分でも実感できたんです」(千葉さん)
千葉さんが「自家製粉」と「石臼挽き」にこだわった手打ち蕎麦の店「 神楽屋」(かぐらや)をオープンしたのは、それからおよそ3年後の2018年11月6日のこと。
お客さまひとりひとりに、おいしいと思っていただけるように心を込めて蕎麦を打ち、幸せな気分になって帰っていただくこと。
「料理は心」だと実感させてくれたご夫婦との出会いが、千葉さんが打つ蕎麦の、千葉さんがのれんを掲げる「神楽屋」の、大切なコンセプトになりました。
全国の蕎麦を食べ歩いたからこそ、その大変さも……。「蕎麦バカ」の第一歩。
千葉さんが蕎麦打ち職人になろうと決意したのは、2012年のこと。
当時、北上市では緊急雇用事業として、夏油温泉や夏油高原スキー場へと続く「 夏油高原いで湯ライン」(県道122号線)を「蕎麦街道」として盛りあげようと、手打ち蕎麦職人を育てる「蕎麦の郷・夏油高原人材育成事業」をスタート。
その際、夏油高原の活性化に取り組むNPO法人の職員として働いていた千葉さんにも「参加しないか」と声がかかりましたが、一度は固辞したそう。
千葉さんは「蕎麦バカ」を自称するほどの蕎麦好きで、日本各地にある、おいしいと知られる蕎麦屋さんを食べ歩くのが趣味でした。食べ歩いた蕎麦屋さんの数は、のべ2000軒を超えるそう。
それほどの蕎麦好きともなれば、蕎麦のおいしさはもちろん、その味わい・風味・食感・のど越しなどを引き出すために、それぞれのお店がどれほど強い想いやこだわりを持って蕎麦づくりに打ち込んでいるかも知っています。
その大変さがわかるからこそ、「蕎麦は食べるもの」だと千葉さんは思っていたのでした。
しかし、手打ち蕎麦職人の人材育成事業の応募締め切りが近づくにつれて、千葉さんの考えが揺らぎだします。
「私はずっと自給自足の生活に憧れていたんですよ。ですから、何か手に職をつけたいと考えているときでもありました。そんなときに手打ち蕎麦職人を育てる事業がはじまり、私にも声をかけていただいた……。
本当にギリギリまで悩んだんですが、大好きな蕎麦ですし、これも縁なのかなと思って参加することに決めました」(千葉さん)
こうして千葉さんを含め、6人の参加者とともに3年間にわたって蕎麦打ちを学ぶ人材育成事業がスタート。しかし、千葉さんはそれだけにとどまらず、独自で蕎麦打ちの研究にも着手します。
「蕎麦打ちの神様と言われるような名人の方の動画がYouTubeにアップされているんですが、もう穴が開くほど見ました(笑)」
当時を振り返ってそう語る千葉さんには、そのとき既に自分が進むべき道が見えていました。「自然農法でつくったおいしい蕎麦をお客さまに提供するお店をつくる」という道です。
千葉さんは蕎麦打ちに励みながら、自宅の畑では無農薬無化学肥料による野菜づくりもスタート。もともと自給自足の生活に憧れていた千葉さんは、昔からこうした自然農法栽培に興味を持っていました。しかも、このチャレンジがやがて千葉さんにある「確信」を与えてくれることになりますが、それはもう少し先のお話。
自宅の「蕎麦部屋」で試行錯誤の日々。歯がゆい想いが、将来の糧に。
手打ち蕎麦職人を育てる人材育成事業の3年間を修了した千葉さん。本来であれば、自分のお店をオープンし、「自然農法でつくったおいしい蕎麦をお客さまに提供」したいところですが、それを実現するためにはお金の面など高いハードルが……。
そこで自宅に「蕎麦部屋」をつくり、北上市内の温泉旅館や飲食店に手打ち蕎麦を卸しながら、蕎麦打ちの研究に没頭。
どうすればおいしい蕎麦を打てるようになるか、試行錯誤の日々を過ごします。が、先の見えない日々のなかで励みとなったのが、自然農法を実践して大きく変化した自宅の畑。
「自然農法を実践して4年目から収穫した野菜の味が格段に良くなった。土が元気になったんですよね。
ソバは痩せた土地でも“育つ”と言われますが、“育つ”のと“育てる”のは違うと思うんです。やっぱり、おいしいソバは“育てる”もの。
蕎麦屋を食べ歩いているとき、畑によって蕎麦の味が変わるのを知りました。おいしい蕎麦は『これがソバの香りなんだ!』とはっきりわかるぐらい強烈な香りを出していました。
そういうおいしいソバを“育てる”ことができると思ったらうれしかったですね」(千葉さん)
おいしいソバを育てられる土壌ができたという「確信」を得て、千葉さんは自然農法による野菜づくりで培ったノウハウをさっそくソバづくりにも実践。
自然農法という納得したカタチで野菜やソバを自ら育てながら、自宅の「蕎麦部屋」で蕎麦打ちに励み、北上市内の温泉旅館や飲食店に手打ち蕎麦を卸す日々を過ごします。
が、そうした日々のなかで募るのが、卸し販売では最適な状態でお客さまにおいしい蕎麦を提供できないということへの歯がゆさ。
おいしい蕎麦の条件として一般的に挙げられるのが、「三たて」(挽きたて・打ちたて・茹でたて)。それを実現するためには、自分でお店を持たなければなりませんが……。
最初にご紹介した、「料理は心」だと実感させてくれたご夫婦と千葉さんが出会ったのは、そんなときでした。
リスクを負っても“地物”にこだわる理由。食べ歩きの経験が原点。
手打ち蕎麦職人を育てる北上市の人材育成事業に参加してから6年後、2018年11月6日にオープンした「神楽屋」には、千葉さんの「おいしい蕎麦づくり」への想いがたっぷり詰まっています。
使用する玄ソバ(殻がついた状態のソバの実)は、千葉さんが育てるソバはもちろん、地元・北上市岩崎産を厳選。
「一般的な蕎麦屋さんでは、産地の違うソバ粉を2~3種類混ぜて使用します。そうすることによって味のばらつきを抑えられますし、また産地が複数あれば、1カ所の産地が天候などで不作になっても、他の仕入れ先でカバーすることができるので、お店としては安心なわけです。
私がお店をやろうとしたときも、『地物は使わない方がいい』とはよくアドバイスされました。
でも、食べ歩きをしているときに思ったんです。確かに蕎麦はおいしいんだけど、そのお店で使っているソバ粉が地物でないとわかるとがっかりする……。せっかく岩手から新幹線を乗り継いで蕎麦を食べに来たんだから、『やっぱり地物を食べたい』となるじゃないですか。
少なくても私はそう思ったので、地元産にこだわっています」(千葉さん)
信頼できる地元の農家さんから玄ソバを仕入れ、「製粉」と「石臼挽き」も自分の店で行うのは、北上市ならではのおいしい蕎麦づくりに妥協したくないから。
「ソバ粉は熱で風味が損なわれます。ですから、摩擦熱の少ない石臼で少量ずつゆっくり挽くことで、品質の良い風味豊かなソバ粉に仕上げています。
ソバ粉を短時間で一気に挽くことも可能ですが、そうすると摩擦熱が出て風味は飛び、打ちにくい粉になるので、神楽屋では絶対にそういうことはしませんし、他に頼むことも怖くてできません。
あとは、自分でソバ粉を挽くことで、“しっとり具合”や“きめの細かさ”などの調整もできるので、蕎麦打ちの作業がやりやすくなるというメリットもあります」(千葉さん)
さらに、玄ソバはもちろんお店で使用するお米や野菜も地元の北上産を使用。
「手打ち蕎麦を通して地元・北上市を盛りあげたい。地産地消にこだわることで、地元の農家さんの収入アップのお手伝いもしたい。北上市外から訪れた方に『これが北上の蕎麦なんだ。野菜なんだ』と知ってもらいたい……。いろんな想いがありますね」(千葉さん)
そして、
お客さまひとりひとりに、おいしいと思っていただけるように心を込めて蕎麦を打ち、幸せな気分になって帰っていただくこと。
その一心で、千葉さんは今日も蕎麦を打っています。
おいしい蕎麦で夏油高原を盛りあげたい。同じ志を持った仲間とともに。
2018年11月6日のオープン当時から、千葉さんと一緒に「神楽屋」を盛り立ててきたのが髙橋悟子さんです。
髙橋さんが千葉さんと出会ったのは2013年のこと。千葉さんが参加していた蕎麦打ち職人の人材育成事業に1年遅れで加わったのが髙橋さんでした。
「“蕎麦”で地元を活性化しようという取り組みに惹かれて参加したんですが、他のみなさんより1年遅れて入ったので、みなさんに追いつこうと必死でした」
そう言って当時を振り返る髙橋さん。蕎麦打ちの経験は千葉さんの方が1年ほど長いですが、年齢は髙橋さんの方が上。というわけで髙橋さんは千葉さんのことを「千葉くん」と呼ぶ間柄。
「千葉くんは当時から蕎麦のことがすごく詳しくて、私自身、誰よりも一番多く千葉くんに蕎麦打ちのことを教えてもらいました。
当時から自分のお店をオープンしたいという話はしていたので、『お店をやるから手伝って』と言われたときは絶対ついていこうと思いました」(髙橋さん)
髙橋さんは他のメンバーと一緒に蕎麦打ち職人の人材育成事業の研修を終えると、地元の温泉旅館で働くことに。
そこで自分が打った蕎麦を提供したりもしていましたが、当初の目的に反して夏油高原を「蕎麦街道」として盛りあげるという活動も徐々に下火になり、蕎麦を打つ機会も……。
そんなときに、かつてのメンバーがついに叶えたお店のオープン。髙橋さんにとってもそれは自分のことのようにうれしい出来事でした。
さらに、髙橋さん自身も今年の1月から蕎麦打ちを再開。千葉さんのアドバイスも受けながら、さらに腕を磨き、8月には女性蕎麦打ち職人としてデビュー。
新聞などのメディアでも取り上げられるなど話題になりますが、しかしそれに浮かれることなく、髙橋さんは身を引き締めます。
「まだまだ修行の身で毎日が勉強です。千葉くんみたいなレベルには遠く及ばないですが、それでもお客さまから『おいしい』と言ってもらえると、やっぱりすごくうれしいので、たくさんのお客さまに『おいしい』と言ってもらえるようにがんばっています」(髙橋さん)
そんな2人が一緒に創りあげる蕎麦が、この秋に誕生しました。それが、「きたかみ蕎麦」です。
ずっと支えてくれた地域のために……。2種の蕎麦に想いをこめて。
「きたかみ蕎麦」とは、「地元・北上市」と「手打ち蕎麦」への愛情がたっぷり詰まった一品。北上市の協力も得て千葉さんが考案し、命名しました。
使用するソバは、地元・北上市の農家さんが育てたもののみ。さらに、北上市に関わりのある蕎麦打ち職人が打った2種類の手打ち蕎麦を1つの器に盛りつけたものを称して「きたかみ蕎麦」と呼びます。
ちなみに「神楽屋」では髙橋さんが打つ白い細挽きの十割蕎麦と、千葉さんが打つ黒い粗挽きの十割蕎麦を北上市の市章のようにレイアウト。
「きたかみ蕎麦」の条件は、いささか縛りが強いような気もしますが、しかし千葉さんや髙橋さんが歩んできたこれまでの道のりを思えば、納得することでしょう。
北上市のソバにこだわるのは、地元の農家さんの収益アップに少しでもつなげたいから。
「北上市に関わりのある蕎麦打ち職人」にこだわるのも、蕎麦打ち職人の人材育成事業を通して蕎麦打ち職人となった千葉さんが、男女ともに蕎麦打ち職人をめざし活躍できる環境をつくり、手打ち蕎麦で北上を盛りあげたいから。
さらには、北上市外から訪れたヒトに、北上市の土壌が育んだ風味豊かな蕎麦を通じて北上市の魅力を満喫してもらい、幸せな気分になって帰っていただきたいから。
そんな想いを込めて今年の9月4日から「神楽屋」で販売がスタートした「きたかみ蕎麦」は、地元産にこだわっている点と2種類の蕎麦の味比べができる点も魅力となって評判も上々とのこと。
「神楽屋」では新たな名物の誕生を追い風に、11月6日にオープンから2年目に突入しました。
自分の大好きな蕎麦で、地元を盛りあげたい……。ひとりの「蕎麦バカ」の、そんな想いが詰まった蕎麦を味わいに、ぜひ北上市にお越しください。
北上ならではの風味豊かな蕎麦が、あなたに口福な時間を運んできてくれることでしょう。
◇「神楽屋」の蕎麦は、「ふるさと納税」の返礼品にも! 興味のある方はこちら!
◇神楽屋の求人
「神楽屋」では、平日に働けるパートさん・アルバイトさんを募集中です。興味のある方は、お電話でお問い合わせを!
Tel/0197-72-8588
(了)
自家製粉 石臼挽き手打ち蕎麦
岩手県北上市和賀町岩崎16-437
Tel/0197-72-8588
営業時間/11:00~15:00(ラストオーダー14:30)
土曜日 18:00~21:00(完全予約制)
定休日/月曜日(祝日を除く。その他は営業カレンダーによる。詳細はFacebook参照)
コメントを残す