グループホーム「おおきな木」 ほいくえん「ちいさな木」
おおきな木 施設長 黒澤 豊(くろさわ ゆたか)
ちいさな木 園長 黒澤 志摩子(くろさわ しまこ)
おおきな木 副施設長 戸川 佳之(とがわ よしゆき)
ちいさな木 保育士 小田嶋 智子(おだしま ともこ)
おおきな木 介護士 菊池 登喜(きくち とき)
多世代が暮らし、ご近所さんも集う昔の家のようなホームを。
その空間に足を踏み入れると、最初に出迎えてくれるのが、昔の家の風景を再現した可愛らしい人形たち。
奥にいるのは、おじいちゃんやおばあちゃんに、お父さんでしょうか。それぞれが好きなお酒を飲みながら、何やら楽しそうに会話の花を咲かせています。
一方、隣の部屋ではご近所さんもやってきて、お母さんやお姉さんたちが、お団子やお饅頭を食べながら女子トークに夢中。さらに子どもたちは、遊びの合間のおやつタイム。みんなに見守られながら、おいしそうにお菓子を頬張っています。
多世代が暮らし、ご近所さんも気軽に訪れる昔の家……。「株式会社connect(コネクト)」の代表を務める黒澤豊さんが思い描く理想のホームが、ここにあります。
豊さんはこの4月、北上市村崎野に認知症対応のグループホーム「おおきな木」と、0~2歳児を受け入れる小規模保育園「ちいさな木」をオープンしました。
両施設は隣り合っており、グループホームからは園庭で遊ぶ子どもたちの姿が眺められます。しかも、両施設はスロープでつながっており、お互いに行き来できるような仕掛けに。
まだオープン間もなく、園児たちも慣らし保育中のため、具体的な交流はまだありません。が、天気が良い日は園庭で遊ぶ子どもたちの様子を楽しそうに眺める入居者さんたちの姿があり、スロープを通って子どもたちと交流が生まれるのも、もうすぐのようです。
その他に施設内には地域の方も気軽に利用できる多目的交流サロンを完備。そこには多世代が暮らし、地域との交流も密だった昔の家のような、老若男女を問わず、さまざまな世代のヒトたちが集える、地域にひらかれた空間にしたいという豊さんの想いが詰まっています。
保育園を併設し、地域とも積極的に交流していこうとするユニークなこの取り組みに、豊さんがチャレンジしようと思った理由……。そのきっかけを探っていくと、20年以上も前の高校時代までさかのぼります。
福祉をもっとメジャーに。福祉で何かを変えられるヒトに。
「うちは兄が脳性麻痺で、叔母は下肢に麻痺があるんですよ。ですから、障がい者の方とかそれに関わる方がふつうに家に出入りしていたし、出掛ける先にもそういう方が多くいて、障がい者の方が身近にいるという暮らしが当たり前だったんです。
ですから、世の中もそうなのかなと思っていたら、そうじゃなかった。福祉に対して興味どころか、そもそも知られてさえいない。そのことに気づいて、高校生のときに『福祉をもっとメジャーにして、もっと身近なものにしよう。福祉で何かを変えられるヒトになろう』と思ったんです」(豊さん)
北上市にある高校を卒業した豊さんは、東京の福祉の専門学校に進学。そこを卒業して岩手に戻ると、医療系の大規模な介護施設で働くことになります。が、やがてマニュアルに基づいた効率的な管理の仕方や、時間に追われ、一人ひとりの入所者さんとじっくり向き合う余裕もない介護の現状に疑問を感じるように。
さらに、「福祉で何かを変える」どころか、忙しい日々に流され、いつしかヒトが亡くなっても何も感じていない自分に気づいて、「このままじゃ、やばい」と起業を決意。
「小さくていいから、自分が理想と思うホームをつくろう」と準備をはじめた豊さんは、仲間を集める過程で改めて福祉の現場の課題に直面します。
「福祉の現場自体、働いている8割が女性なんですよ。ですから、自分が仲間を集めたときも8割が女性だったんですが、福祉の現場で働いている女性が結婚して妊娠・出産して、さらに育児となると仕事を辞めるしかなかった。
しかも、出産とか育児がひと段落してもう一度働こうと思っても、福祉の仕事になかなか戻れないということが多いんです。せっかく福祉の仕事を志して、経験やノウハウもあって、もう一度働きたいという意欲もあるのに働けないのは福祉を志す仲間としても可哀そうだし、もったいない。
『どうしようか』と思ったときに、『だったら保育園もつくろう』と思ったんです」(豊さん)
そうした豊さんのアイディアを、別の視点でも「いいな」と思ったのが、「おおきな木」の副施設長を務める戸川佳之さん。
「お年寄りって、子どもを見ると、それだけで笑顔になるんですよ。だから、その話を聞いたときは、お年寄りにとってもいい空間だなって思いました」(戸川さん)
「管理する」から「寄り添う」へ。“我が家”の延長にあるホームへ。
「ずっと断られていました」
そう言って豊さんは楽しそうに笑います。豊さんが「自分が理想と思うホームをつくろう」と動き出したのは6年ほど前。そのとき「一緒にやろう」と最初に声をかけたのが、戸川さんでした。
ふたりは同い年でもあり、また福祉の専門学校を卒業後、同じ介護施設の立ち上げに参加した仲。それから付き合いは20年を超え、人柄・仕事に対する姿勢ともに豊さんが最も信頼を寄せているのが、戸川さんでした。
だからこそ、いの一番に戸川さんを誘ったのですが……
「専門学校を卒業してから、ずっと働いていた介護施設でしたから、やっぱり愛着がありました。そこを辞めるというのは、最初は考えられなかったですね」(戸川さん)
しかし、それでも諦めず豊さんは戸川さんを口説き続け、2年ほど前に戸川さんもついに陥落。
「以前の施設は、おむつ交換とか入浴のお手伝いとか、いわゆる身体介護が中心でした。入所者さんも60名とか90名もいらっしゃる環境だと、どうしても時間に追われるような部分が多くなってしまって、なかなか一人ひとりのヒトと向き合うことが難しくなってくる。でも、ここでなら一人ひとりのヒトと向き合えるのかなと思って……」(戸川さん)
こうして頼りになる相棒を得て、豊さんの夢が具体的に動き出します。
豊さんが目指す理想のホームとは、効率を優先する「集団ケア」ではなく、“我が家”の延長で行う「個別ケア」。一人ひとりの個性を尊重し、そのヒトの生き方に寄り添って毎日の暮らしをサポートしてあげること。
部屋には自分の好きなものを置き、散歩もしたくなったときに出かけ、料理の献立も栄養士さんが考えるものの家庭の味付けを大切に。病院食のようにカロリー重視ではなく、我が家で食べる家庭料理のおいしさを。アルコールが好きなヒトにはお酒も出して、食事の時間も家族団らんのような楽しいひとときに……。
効率的に「管理する」ことよりも、一人ひとりの個性ややりたいことに「寄り添う」、そんなホームです。
「おおきな木」はオープンしてまだ間もない施設ですが、戸川さんは不思議な感覚にとらわれています。
「仕事しているという感覚があんまりない(笑)
ふつうにご飯の準備をしている目の前で入居者さんたちが世間話をしていたり。遠くから子どもたちの遊び声が聞こえてきて、食事の準備をするいい匂いがしてきたと思ったら、『いい匂いがする』って入居者さんの声が聞こえてきたり(笑)
仕事が生活の一部になっているというか、生活の延長に仕事があるというか……。そういう感覚は、以前は感じたことなかったですね」(戸川さん)
しかし、今でこそ順調に動き出した「おおきな木」ですが、取り組みの最初は……。
地域回りで苦戦。奥様の子育てネットワークがチカラに。
「保育園も併設した地域にひらかれたグループホーム」をつくるために、豊さんがこだわったのが「地域のみなさんに自分たちを知ってもらう」ことでした。
「地域にひらかれたホームをつくるには、地域のヒトにこのホームが『魅力的だ』と思ってもらえないとはじまらない。
ですから自分たちの取り組みの説明も兼ねて、2年ぐらい前から地域の公民館や小学校を回って、介護予防に役立つ体操などを紹介する介護予防教室を開いて活動したんですが、最初は全然ヒトが集まりませんでした。
『社会福祉法人』とかだったら良かったんでしょうが、自分たちが立ち上げた『株式会社connect』で開催していたので、何か買わされるんじゃないかと警戒されたみたいです(笑)」(豊さん)
それでも活動を継続することで少しずつ認知や理解もひろがり、やがて豊さんたちの取り組みを応援するヒトたちも増えていったそうですが、そのきっかけのひとつをつくったのが「ちいさな木」の園長を務める黒澤志摩子さんです。
志摩子さんは豊さんの奥様でもあり、最初はご主人のお手伝いとしてこの取り組みを支え、地域回りも豊さんや戸川さんと一緒に行っていました。
そのとき、チカラを発揮したのが志摩子さんの子育てネットワーク。
「うちには子どもが3人いるんですが、その3人とも地元の『むらさきの幼稚園』にお世話になっていました。そのご縁で、私たちの取り組みにも積極的に協力してくださったり、小児科の嘱託医さんもそういったご縁で快く引き受けてくださったり……。
会社としてはまだまだ実績も認知度もありませんでしたが、そういうところからつながっていくことができて、いろんな方が協力してくださって、本当にみなさんには感謝しかありません」(志摩子さん)
さらに志摩子さんは、これが縁で「むらさきの幼稚園」で子育て支援員として1年間働く機会も得ます。子育ての経験はあるものの、保育の現場のことはまったく知らなかった志摩子さんにとって、この1年は貴重でした。
志摩子さんは、日中は子育て支援員として働きながら、それが終わると地域回りも継続しながら、幼児食やアレルギーの勉強もし、介護ヘルパーの資格も取得。
一方、豊さんも北上市で起業する方を応援する創業支援塾に参加し、経営の勉強もしながら、「おおきな木」「ちいさな木」の開業に向けて着々と準備を進めていきました。
ちなみに、こうした地道な取り組みの成果でしょう。今年、3月25日に行われた開所式には、地域の方を中心に約50名に招待状を出したところ、全員が出席してくれたそう。
保育園も併設した地域にひらかれたグループホーム……。豊さんたちが挑む未来に、多くの方たちが関心と期待を寄せています。
子育てもひと段落。長いブランクを乗り越えて、夢に挑む女性たちも応援。
小田嶋智子さんは、保育士に憧れて保育科のある短大に進学。卒業後は念願叶って4年間保育士として働きましたが、結婚して専業主婦に。
その後、我が子を育てながら、子育て中の親が楽しく子育てできる環境をつくるために活動する「きたかみ子育てネット」や、登園前後などに児童を預かり子育て中の親のお手伝いをする北上市の「ファミリーサポートセンター」会員としても活動してきました。
そんな智子さんは現在「ちいさな木」で保育士として働き、充実した日々を過ごしていますが、最初は不安も……。
「保育士として働いていたのは20年も前のこと。保育士不足と言われているなか、私も保育士の資格を持っているので、ときどき『働かないか』と声をかけていただくこともありました。
でも、10年、15年、20年と現場から離れてしまうと、保育の仕事は好きだからやりたいんだけど、『ブランクの長い私にできるのか』というためらいがあって……。やっぱり大切なお子さんの命を親御さんから預かる責任ある仕事ですから、余計にいろいろ考えちゃって……」(智子さん)
智子さんは、10年以上前から豊さん・志摩子さんご夫婦とは家族ぐるみの付き合い。特に志摩子さんとは前の職場も一緒だったそうで、保育士の資格の話や子育ての支援をする活動のことなども話していました。
ですから当然、智子さんが抱える不安もよく知っていますが、同時に「好きな保育の仕事にもう一度チャレンジしたい」という想いもよくわかっています。そのうえで「ぜひ一緒に」と声をかけられた智子さん。
「おじいちゃんやおばあちゃんと子どもたちの触れ合いがある環境とか、昔の大家族のようなホームをつくりたいという話とか、黒澤さんご夫婦のあたたかい雰囲気とか考え方を聞いているうちに、『私もやってみたい』という想いが強くなりました。
それに、実は息子が今年、高校に入学したんですが、中学のときに不登校になった時期が少しあって……。新しい環境になじむまで心配な面もあるんですが、そういう部分でもいろいろ配慮してくれるのも心強いです」(智子さん)
女性たちが妊娠・出産後も安心して働き続けられる環境をつくること……。それは、豊さんが理想とするホームの重要なテーマのひとつですが、長い子育ての期間を経て、仕事の第一線に復帰する女性たちの不安や悩みにも寄り添う姿が、そこにありました。
現在、智子さんに最初の頃の不安はあるのでしょうか。
「やる前は確かに不安もありましたが、実際働き出すと毎日一生懸命お仕事をしているので、不安を感じる暇もないぐらい充実しています(笑)
それにひとりじゃないというか、みなさんがいてくれるので、わからないことは教えてもらえるし、毎日が勉強と反省の日々ですが、楽しいですよ(笑)」
入居者さんも、一緒に働く仲間も。みんなが大事にされるホームへ。
子育てがひと段落して仕事に復帰した女性が「ちいさな木」で活躍する一方で、「おおきな木」ではこれから出産・子育てを迎える女性がいます。
菊池登喜(とき)さんは介護士になって7年目。子どもの頃、お母さんの実家に遊びに行くたびに、寝たきりだったおばあちゃんのことを介護しているおじいちゃんの姿を見て、この道に。
「おじいちゃんは寡黙なヒトなんですけど、おばあちゃんにはいつも介護しながら話しかけるんですよ。なんの反応もないんですけど、おばあちゃんの体の向きを変えてあげるときも、楽しそうに話しかけながらやっていて。それを見て『なんかいいな』と思って(笑)」
そんな登喜さんが「おおきな木」で働くことになったのは、豊さんとの出会いがきっかけ。 以前勤めていた施設が一緒で、その後に豊さんは「個別ケア」を行っている施設に転職。
おばあちゃんの介護を楽しそうにしていたおじいちゃんに憧れてこの道に入った登喜さんはやがて「個別ケア」に興味を持ち、豊さんが働く施設を見学したいと豊さんにお願いしたことが縁です。
「前の施設でも、例えば『お菓子をつくりたい』という方がいて、みんなでホットケーキをつくったりしたんですけど、そういう自分が好きなことをやるときって、みなさん楽しそうにやるんです。
ふだんは『車イスを押して』とおっしゃる方でも、自分で動いてお菓子をつくろうとする。それが、すごく印象に残っていて……。ここでなら、入居者さん一人ひとりの『やりたいこと』をお手伝いするような介護ができるのかなって思ったんです」
そう語る登喜さんが「おおきな木」で働くことを選んだのは、もうひとつ理由がありました。
「好きな介護の仕事をずっと続けたいし、子育てにもきちんと向き合いたい。その両方ができるのは、ここかなって思いました」
登喜さんは現在妊娠中。出産の予定日は7月末とのこと。「6月末までは働きたい」と言葉を続ける登喜さんですが、職場には隣にある「ちいさな木」に自分の子どもを預けながら働いている先輩ママさんが2人いて、それも心強いといいます。
登喜さんが産休から復帰するのは来年のこと。働く女性が妊娠・出産後も働き続けられる職場へ。豊さんが目指す理想のホームに向けて、その取り組みは一歩一歩確かな足取りで進んでいました。
最後に、豊さんに今後の展望をうかがうと……
「入居者さんはもちろん大事ですが、一緒に働く仲間も大事。みんなが同じように大事にされるホームにしていきたい」と力強く語ります。
多世代が暮らし、ご近所さんも気軽に訪れる昔の家のようなホームへ。働く女性が妊娠・出産後も働き続けられる職場へ。
「福祉をもっとメジャーにして、もっと身近なものにしよう。福祉で何かを変えられるヒトになろう」と高校生のときに誓った豊さんの夢は、今「おおきな木」「ちいさな木」となって大きく枝葉をひろげようとしています。その木陰で、いろんな世代のヒトたちが楽しく過ごせる未来に向かって。
◇黒澤豊さん・志摩子さんご夫婦は、「きたかみ仕事人図鑑」がお届けするラジオ番組「夢を語る大人たち」にも登場。興味のある方はこちら!
◇グループホーム「おおきな木」 ほいくえん「ちいさな木」の求人!
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(了)
グループホーム「おおきな木」 ほいくえん「ちいさな木」
岩手県北上市村崎野20-64-3
Tel/0197-62-3316
◇運営:株式会社connect(代表取締役 黒澤 豊)
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