ジョブカフェさくら
センター長 佐藤良子(さとう りょうこ)
辞めずに働き続けてほしいから、あなたの想いを「ゆっくり聴くよ」
その女性と出会ったのは、2018年の年の瀬も押し詰まった日のこと。とある忘年会の会場に、白いドレスを着て、人気タレントのマスクをかぶり、ひとり端然とたたずむヒトの姿が……。周りからは温かな笑いがこぼれます。誰あろう、そのヒトこそ、「ジョブカフェさくら」のセンター長・佐藤良子さんです。
日本全国にある「ジョブカフェ」は、主に大学生や若者を対象に無料で就職支援を行っています。一方、北上市にある「ジョブカフェさくら」は大学生や若者だけでなく、子育て中のママ、中高年、UIターン希望者、インターンシップ、さらには保護観察中の青少年など、訪れる方はすべて受け入れ、分け隔てなく無料で就職支援を行っている点が異色。
さらに、最近メディアでも多く取り上げられている「ひきこもり」や、心の病を抱える方など、すぐに働くことが困難な方の不安や悩みにもじっくり耳を傾け、少しずつ社会と接点をもたせながら、やがて働けるようにとサポートする地道な活動も精力的に取り組んでいます。
その結果、2018年度の「ジョブカフェさくら」の相談者の年齢層は15歳から76歳までと幅広く、その数は3,900名を突破し、158名におよぶ求職者を企業と結びつけてきました。
しかし、良子さんはその“数”に厳しい目を向けるヒトでもあります。
「例えば、ニートやひきこもりの若者を6カ月以内で●人正社員にしよう! というような取り組みがあるんですが、大事なのは“正社員にする”ことではなくて、辞めずに働き続けられる企業と出会ってもらうこと。
どんなに正社員になった“数”が多くても、辞めるヒトが多ければ、それは成果ではないと思う。せっかく正社員になっても、すぐ辞めてしまうような就職では、そのヒトも企業も不幸です。
私は、ここに来てくれる方には、辞めずに働き続けられる企業と出会ってほしい。だからこそ、いつもみなさんの話をゆっくり“聴く”ことを大事にしています」(良子さん)
なぜ、良子さんが“聴く”ことにこだわるのか……。それは、子どもの頃の自分自身を思い浮かべてのことでした。
しゃべれなかった私、魔法使いのおばあさん、それが「原点」
「小さい頃は本当に大人しくて、しゃべれない子どもだったのよ。今はすごいしゃべるから誰も信用しないけど(笑)
無口なヒトって何も意見がないとか考えがないとか思われるでしょ。でも、そんなことはない。想いは、いっぱいあるんです。
ただ、それを口にして言えないだけ。私が小さい頃、本当にそうだった。だからこそ、ここに来てくれたら、どんなヒトでも受け入れて、その話をまずは『ゆっくり聴くよ』と言っているんです」
と言葉を続ける良子さんは、しゃべれなかった子どもの頃の苦い記憶こそ「今の私の原点」だといいます。
そんな子ども時代の良子さんに転機が訪れたのは、小学6年生のとき。釜石市から北上市にある小学校に転校した際に、自分のキャラクターを変えようと一大決心。
お楽しみ会のクラスの出し物で劇をすることになり、みんながお姫さまを演じたがるなか、誰もやりたがらない魔法使いのおばあさん役に立候補。しかも、その役を見事に演じきり、ご本人曰く「主役を食う」ほどの人気を博します。
「私の道はこっちかな、とそのとき思った(笑)」(良子さん)
ヒトを楽しませることが大好きな魔法使いのおばあさん……(失礼)、良子さんが、ここに誕生しました。こうして自らのチカラで道を切り拓き、一歩踏み出した経験も、良子さんの今を支える貴重な財産になっています。
今でこそ多くのメディアで取り上げられる「ひきこもり」や、大学を卒業しても就職できずに何年も苦しんでいる方の場合、心の病を抱えていることも多く、すぐに就職に結びつけるのは難しいといいます。そんな方でも、話を「ゆっくり聴くよ」という良子さんのスタンスは変わりません。
「私たちは医者ではないから、病気を治すことはできない。もちろん、指導者でも助言者でもないから、命令もしない。ただ、話を“聴く”ことはできる。だから、同じ目線で一緒になってあなたのことを考えましょうっていうスタンスです。
そうやっていろんな話をしているうちに、自分のことが整理できて、自分が何を本当に望んでいるのか、どんなことをやってみたいのか、選ぶ基準を掘り下げて、自分自身で気づいてもらう。“誰か”ではなく、本人の意思で一歩踏み出してもらう。それができたら、結果も違ってくるんじゃないかな。仕事も長く続けられるようになるんじゃないかなって思うんです」(良子さん)
そのヒトを変えられるのは、本当にやりたいことはなんなのかを気づかせてくれるのは、“誰か”ではなく“自分自身”だということを、魔法使いのおばあさんの道を自ら選んだ良子さんは、身をもって知っているのでした。
そんな良子さんをはじめ、「ジョブカフェさくら」のスタッフと出会って、「ひきこもり」から卒業し、自分の道を歩みはじめた方がいると知り、さっそくお会いすることに……。
地域に眠る“ヒト”という財産を掘り起こす仕事。
「ジョブカフェさくら」では昨年から、長年「ひきこもり」でヒトとかかわることが難しい方を中心に「Origin(オリジン)」という会を立ち上げ、月に一度みんなで集まってさまざまな活動を展開。小菅孝さんはその会の立ち上げを提案したヒトであり、活動の中心メンバーでもあります。
「ヒトと話すことにも慣れないといけないので、今は1カ月間の出来事をみんなでスピーチしあったり、今後どういったことをしていきたいかを話し合ったりしています。今、議題にあがっているのが『ボランティア』。今後、どうやってその活動をひろげていくのか、みんなでアイディアを出し合っているところです」(孝さん)
「Origin」のメンバーは現在22歳から39歳までの9人で、男女の割合も半々。みなさん、「Origin」の活動には積極的に参加し、それまでほとんどしゃべらなかったヒトがよく話すようになったり、笑顔も増えるなど少しずつ良い方向に変化していると孝さんは感じています。
「ボクがそうだったからわかるんですけど、今はみんな自分のことで精一杯だと思うんです。ずっとひきこもっていて、どうにかしなきゃと思うんだけど、ヒトとかかわるのが怖くてできない。それで突然『働け』と言われても……。
そんなときに、同じような悩みを抱える仲間と触れ合える場所があって、楽しみながらいろんな経験ができれば、少しずつ視野もひろがっていって、みんなで成長できる。そこでいろんなことに気づいて、それが結果として自分を変えるきっかけになってくれたらボクもうれしいんですよ」(孝さん)
そんな孝さんは今後「ひきこもり」だけにこだわらず、年齢も、働いている・いないにもかかわらず、たくさんのヒトが気軽に参加できる会にしていきたいと夢を語ります。
「ジョブカフェさくら」では、そんな孝さんの想いを尊重し、「Origin」の活動は孝さんを中心としたメンバーに任せ、必要なことはサポートしながらその活動を見守っているといいます。
孝さんとお話していると、こちらの質問にもハキハキと丁寧に答えてくれて、言われなければ長年ひきこもっていた方だとは気づかないかもしれません。しかし、そんな孝さんも生きづらさを抱え、長年ひきこもりながら、でも「変わらなきゃ」ともがき続ける日々がありました。
怖くてバスにも乗れなかった日々。さまざまな経験をバネに社会へ。
孝さんは現在29歳。小学5年生ぐらいからヒトづきあいが辛くなり、だんだんひきこもるように。17歳で糖尿病を患い、治療のためいろんなヒトと出会う過程で「変わらなきゃ」と意識が変化。外に出るように努力はしましたが、それでも他のヒトと一緒に働ける状態までには至りませんでした。
「そもそもヒトと接する以前に、ヒトがいるところに自分がいるということ自体ができなくて、バスにも怖くて乗れなかったんですよ」(孝さん)
それでも何か一歩を踏み出したいと考えていた孝さんは、若者向けの就労支援セミナーに出てみたり、ボランティア活動に参加して草取りや掃除の仕事を手伝ったり、病院のカウンセリングを受けたりしていました。
そんな孝さんが「ジョブカフェさくら」にたどり着いたのは6~7年前のこと。自宅から歩いて通える場所であり、「いつ来てもいいよ」というオープンな雰囲気と、身の上話でも、いいことも悪いことも気軽に話せる環境が、孝さんには居心地がよかったといいます。
孝さんは3年前からスーパーマーケットでのアルバイトをはじめました。最初は週3日、1日3時間からスタート。それから少しずつ時間をのばし、現在は週4~5日、1日5時間の勤務に。次の契約で「パートさんになれるようにがんばりたい」と意欲を持って仕事に取り組むまでに変化しました。
「最初の頃は職場のヒトとまったく話せなかったんですよ。話さないんじゃなくて、話せなかった。それでもがんばれたのは、『ジョブカフェさくら』でいろんなヒトと話す機会をもらったり、セミナーやボランティア活動に参加していろんな経験ができたから。
以前はボクも自分のことで精一杯でした。でも、今は視野がひろがったというか、前だったら自分の仕事で手一杯だったのが、今は周りに気を配れるようになって、忙しいヒトの手伝いもしぜんとできるようになりました。
それはやっぱり『ジョブカフェさくら』でいろんな経験をするなかで、自分自身が成長できたからだと思います」(孝さん)
「だからこそ、 Origin のメンバーを増やしたい。ボクと同じように、ここでみんなで成長しながら、自分が変われるきっかけをつくってくれたらうれしい」のだと、孝さんは言葉を続けます。
自分のことで精一杯でバスにも怖くて乗れなかった孝さんは、今では自分と同じように生きづらさに悩み、それでも「変わらなきゃ」ともがき苦しんでいる仲間を支え、その変化を我が事のように喜べる頼もしい先輩へと成長していました。
“働き方”の新たなスタイルを創造。求職者も企業もwin-winに。
良子さんは、求職者の話をただ聴いているだけではありません。地元の企業を積極的に回り、一般の求職者はもちろん「ひきこもり」や心の病を抱えたヒトでも働けるよう理解を求めるだけでなく、“働き方”の新たなスタイルも生み出し、求職者も企業もwin-winの関係になれるような仕組みづくりにも奔走しています。
「人手不足が問題となっているでしょ。でも、例えば、1日8時間の仕事を1人の人材に頼るのではなく、その仕事を2分割あるいは3分割して、ヒトを2人または3人雇うことはできないか?
この間も『ヘルパーさんが来ない』と悩んでいる企業の担当者さんの相談を受けました。私が提案したのは、その業務のなかで、資格が必要なヘルパーさんしかできない仕事と、資格がなくてもできる仕事に業務をわけてみましょうということ。
今いるヘルパーさんの業務負担を減らして、資格のいらない、例えばシーツ交換や掃除の仕事をしてもらえる方を新たに雇うという方法もある。そうすることで人手不足の問題を解決できるのでは、というお話をさせてもらったんです」(良子さん)
ちなみに、現在その企業では『ジョブカフェさくら』に10年近く通っていた方を1カ月前から雇い、シーツ交換や掃除の仕事を担当してもらっているといいます。もちろん、この仕事も事前に良子さんが働く現場を訪れ、自ら業務内容を確認し、「あの子にピッタリの仕事」だと確信したうえでの判断。
「全然しゃべらないだけで、すごくまじめな子なんです。初日に一緒に行ってシーツ交換したり、掃除したりしたんですが、『明日も来た方がいい?』って聞いたら『大丈夫』って言うので、あとは1人でがんばってもらっています」
そう語る良子さんですが、2日目以降は担当者さんと電話で情報交換をするなど、その後のフォローも万全。この1カ月間はお試し期間でしたが、黙々とまじめに作業する姿が信頼を得て、来月以降も働くことが決まったといいます。
「ジョブカフェがそこまでやる必要があるのかってよく言われます。でも、私は正社員の“数”を増やしたいわけじゃなくて、そのヒトにとって長く働ける仕事と出会ってほしい。ただ、それだけなんです」(良子さん)
人手不足の今だからこそ、地域に眠る“ヒト”が活躍できる街へ。
さらに良子さんは企業の開拓だけでなく、地域に眠る“ヒト”の掘り起こしにも積極的です。それは、「ジョブカフェさくら」が開催するセミナーの多様さを見れば一目瞭然。
良子さんは12年前の立ち上げから参加し、大震災のときに県の要請で1年間被災者支援に取り組むため北上を離れた以外は「ジョブカフェさくら」の仕事にずっと携わってきました。しかし、最初の頃のセミナーは、大学生や若者を対象とした「就活セミナー基本のき」しかなかったといいます。
それが現在では、「ひきこもり」などですぐに働くことが困難な方に向けた「若者セミナーOrigin(オリジン)」、「子育て女性の再就職セミナー」、企業を訪れ企業と求職者をつなぐ「しごと・特・得ツアー」、若手経営者の考え方に触れる「しごと・トークライブ」など8つに拡大。さらに家族相談なども積極的に受け入れ、家族の就職の悩みにも対応。
地域のさまざまな立場にいる求職者を掘り起こし、人材を求めるさまざまな企業と結びつけようとチャレンジを続けています。
「例えば、ひきこもりの方や心に病を抱えている方を受け入れる際も、『うちにそのスキルがありません』と言って断ることもできるんです。
でも、『ジョブカフェさくら』はすべて受け入れます。私たちだってスキルはないけど、話を“聴く”ことならできるから。話を聴いて、みんなで一生懸命勉強すれば、その方の何かの役には立てるかもしれないし、最終的にはその経験が自分自身のスキルアップにもつながると私は思っています」(良子さん)
当然とばかりにそう語る良子さんは近年、地域を飛び出し外部からのインターンシップの受け入れや、UIターン希望者の支援にも積極的です。
UIターンもサポート。北上で新たな夢に挑むヒトたちも応援。
4月1日から「朝日生命 北上営業所」で勤務をスタートした髙橋香朱美(かすみ)さんも、良子さんを通じて北上市にUターンしたひとり。
東京で5年間美容師として忙しい日々を過ごしていた香朱美さんは、プライベートな時間を充実させたいと労働時間が比較的安定した事務の職に。
その後、将来は生まれ育った北上で結婚し、家族と暮らしたいとUターンを決意したのが1カ月前。友人の紹介で知り合った良子さんと、東京で開催されたUIターンフェアで初めて顔を合わせ、話を聴いてもらった後はLineを通じてのやり取りとなりました。
「北上市にUIターンするヒトには補助金が出るということを教えてくれたのも良子さんで、その申請の仕方なども丁寧に教えていただきました。
その後も、私の希望が事務職だったんですが、私に合いそうな求人票が出るとLineでどんどん送っていただきました。ですから、ハローワークに行ったのは最初の申請のときぐらいです(笑)」(香朱美さん)
香朱美さんは良子さんがすすめてくれた求人のなかから、現在の「朝日生命 北上営業所」を志望。北上市での面接や東京からの引越しも、良子さんのアドバイスを受けて北上市の補助金を活用しながら、わずか1カ月で実現しました。
「北上にUターンを決めたときは、私が希望する事務の仕事は見つからないのでは、という不安もあって美容師の仕事も探そうかと最初は思っていました。でも、良子さんが私の希望をしっかり聴いてくれて、私に合いそうな事務の仕事を選んでどんどん送ってくれるので本当に助かりました」(香朱美さん)
そんな香朱美さんは恋人とともに結婚の夢に向かって歩みながら、仕事をがんばっていこうと決意を新たにしていました。
人手不足が叫ばれ、外国人材の活用なども多くのメディアで盛んに叫ばれている昨今。良子さんは、まだまだ地域のなかに多様な人材が、多くの可能性を秘めた“ヒト”が眠っていると語ります。
それは、若者や大学生だけでなく、大学卒業後も就職できずに苦労されている方、子育て中のママさん、中高年の方、「ひきこもり」や心を病んでいる方、UIターンしたくても地方で自分のやりたい仕事ができないのではと不安を抱える方など、多くのヒトの言葉をゆっくり聴いてきた良子さんだからこそ、確信をもって言える言葉なのでしょう。
だからこそ魔法使いのおばあさんは……失礼、良子さんは今日も多くの可能性を秘めた“ヒト”たちの声にゆっくり耳を傾けようと、あなたが訪れるのを待っています。大丈夫。取って食べたりはしません。「ジョブカフェさくら」に、いつでも、どうぞ、お気軽に。
あなたの想いを「ゆっくり聴くよ」
北上市の求人!
北上市でお仕事をお探しの方は「ジョブカフェさくら」へ!
◇北上市では、女性の方・中小企業に就業したい方に対して、採用試験の交通費補助・引越し費用の補助も行っています。詳細はこちら!
(了)
ジョブカフェさくら
岩手県北上市芳町2-8 北上地区合同庁舎1階
Tel/0197-63-3533
営業時間/10:00~17:00
定休日/土・日・祝日・年末年始
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