孤高のグルメ〜きたかみ牛編~【第5話】岩手県北上市川岸「枕流亭」のローストビーフ

 ピンクに染まったアジサイの色鮮やかな美しさを見て、「旨いローストビーフが食べたい!」と思ったのは、俺が花の美しさを知らぬ無粋な輩なのではなく、端にすっかり腹ペコちゃんだったからだ。

 しかも、その日は雨がしとしと降っていて、雨に濡れるピンクの花びらが、艶を帯びて輝く赤身の肉に、より一層見えてくるのだから、俺の空腹にもほどがある。アジサイの花の、なんと罪深いことか。

 すっかり腹を減らしていた俺は、いつもなら人気グルメ漫画『孤独のグルメ』の五郎さんよろしく、「どの店にしようか」とあれこれ歩き回るはずが、しかしこの日は一目散で……。

 その店は北上川のほとりにあった。目の前には大河の流れに沿っておよそ2kmの桜並木が続く展勝地があり、春には「みちのく三大桜名所」にも数えられる美しい桜を楽しむことができるそうな……。

 しかし、季節はすでに梅雨まっただ中。しかも、今の俺は「花より団子」ならぬ、「花よりローストビーフ」の気分。とくれば、桜の話題もそっちのけで店に入るやいなや欲望のおもむくまま「きたかみ牛のローストビーフ」をオーダー。

 4時間低温でじっくりゆっくり調理したという同店自慢のひと皿が出てくるまでは、「展勝地さくらエール」というクラフトビールを飲んで、ひと心地つく俺。ふ~っ。

 展勝地の桜から採取した桜酵母でつくる「展勝地さくらエール」は、華やかな香りと芳醇な味わいのコントラストを楽しめるのが魅力。そんなビールのおいしさをしみじみと味わいながらワクワクして待っていると……。

 やはりあのアジサイはただの美しいアジサイで、「旨いローストビーフなどではなかったのだ」としみじみとよくわかる至福のひと皿が登場!  

 4時間かけてじっくり低温調理された「きたかみ牛のローストビーフ」は艶々に輝き、食べる前から肉のやわらかな歯応えが想像できて、思わずゴクリ。

  

 さっそく口に放り込みたいところだが、そんな自分に「待て!」と俺。なぜなら、敬愛する『孤独のグルメ』の五郎さんも、こんなときは「慌てるな。心と胃袋がつんのめっているぞ」と自分に自制を促すはずだから。もちろん、俺もグッと我慢。

 あの五郎さんもマンガのなかで、「モノを食べるときにはね、誰にも邪魔されず、自由でなんというか救われてなきゃあダメなんだ。独りで静かで豊かで……」と語っていたことを思い出し、至高の、いや“孤高”のひと皿とひとり静かに向き合う俺。

 はやる気持ちをクールな表情の下に押し殺し、箸でつまんだローストビーフをひと切れ、ゆっくりとした動作で口に含めば、噛みしめるたび、やわらかな肉から旨味があふれ出し、上品な辛さのワサビの風味も味のアクセントとなり、文字通り“とろけるようなおいしさ”にしぜんと顔がにやける俺。

 気づけば、クールな表情もどこへやら。すいすいと箸が進み、華やかな味わいの「展勝地さくらエール」とも好相性で、あっという間にひと皿をペロリ! ああ、大満足!

 中国に「枕石漱流」(ちんせきそうりゅう)という故事があるそうな。「石に枕(まくら)し、流れに漱(くちすす)ぐ」と読み、自然の中で自由に生活するという意味だそう。

 しかし、それを言おうとして「石に漱(くちすす)ぎ、流れに枕(まくら)す」と言い間違いをしたにもかかわらず、それを認めずなんだかんだと屁理屈を並べて言い逃れたという故事から、「枕流漱石」(ちんりゅうそうせき)という言葉が生まれ、それが「枕流亭」という店名の由来とのこと。ちなみに、小説家「夏目漱石」の名前もこの故事から。

 それにしても、「石に漱(くちすす)ぐ」は見るからに痛そうだが、「流れに枕(まくら)す」は北上川の流れに身をゆだねてぷかぷか浮いている浮遊感も伝わってきて、なんか気持ちよさそう。

 先日、北上川と和賀川の合流地点でアウトドアサウナを楽しんだ俺としては、川にぷかぷかと浮かぶ気持ちよさも実感しており……。

 つまり、何が言いたいかといえば、おいしいものを食べていい気持ち~。

 お酒も進み、つまみもあれこれ頼んでいるうちに、気づけばコーナーの趣旨は人気グルメ漫画『孤独のグルメ』リスペクトから、酒場という聖地へ酒を求め、肴を求めさまよう人気番組『酒場放浪記』オマージュへ。

▲同店で人気の「サバの味噌煮」がすでに売り切れ。というわけで、こちらをオーダー。脂ののったサバの塩焼きは身もやわらかく、箸を入れるとほろりと身がほどけ、◎のおいしさ!

▲肉厚のイカ焼きにビールが進む。完全に『酒場放浪記』モードになってしまいました<(_ _)>

▲「にしんきりこみ」(にしんの塩辛みたいな……)は、程よい塩辛さの奥に甘味も感じられ、日本酒のあてに最高の一品!

 気づけば、杯を重ね、すっかり酔っぱらっている俺。千鳥足で店を出れば、すでに雨も止んでおり、心地よい風が吹き抜ける川のほとり。クルマのライトに照らされた北上川は幻想的で……、いや俺が酔っているのかな?

「では、もう一軒行ってみますか」

 どこかで聞いたセリフ、あれは『酒場放浪記』……。あれ、『孤独のグルメ』はどこへ。

 まあ、よいではないか。「流れに枕す」るように、流れに身を任せて、ぷかぷかと……。そうして静かに夜が過ぎていく、北上市であった。

★孤高のグルメ~きたかみ牛編~のバックナンバー

【第1話】はこちら! ⇒ 岩手県北上市青柳町のとろとろビーフシチュー

【第2話】はこちら! ⇒ 岩手県北上市北鬼柳の「まるぎゅう」3種カルビ焼肉 

【第3話】はこちら! ⇒ 岩手県北上市大通り「レストランくさの」のハンバーグ

【第4話】はこちら! ⇒ 岩手県北上市村崎野「がんこ亭」の北上コロッケ

(了)

四季乃味  枕流亭

岩手県北上市川岸3-15-20

Tel/0197-63-3033

営業時間/ランチ11:30~14:00 

     ディナー17:00~21:00(ラストオーダー)

定休日/水曜日・第1火曜日

2021-07-05|
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