北上で好きなものづくりを続けたい。 最高級のカシミヤニットを世界へ。 2つの想いがつむぐ未来。

株式会社UTO(ユーティーオー)岩手工場
代表取締役  宇土寿和(うと としかず)
製造主任  舘下愛美(たてした ひでみ)
職人 畠山千晴(はたけやま ちはる)

ニット工場閉鎖。ものづくり女子の夢をつないだ一本の電話。

 ハローワークに通っていた舘下愛美(ひでみ)さんが、好きなリンキングの仕事に戻れたのは一本の電話がきっかけでした。

「高校を卒業してから6年間勤めたニット工場が閉鎖になって、次の仕事を探していたんです。私はその工場でリンキングの仕事をしていたんですが、リンキングの技術を生かせる職場が北上にはありませんでした。

 私は縫製の仕事もできたので、縫製なら北上にはないけど水沢や花巻には工場があるので、そこで次を見つけるしかないかと考えていたとき、閉鎖になったニット工場の社長さんから電話があって……」(舘下さん)

 本来なら、その電話の内容に触れるところですが、もう少し舘下さんのお話を続けましょう。その方が、より深くこの物語がみなさんに伝わると思うからです。

後輩と仕事の打ち合わせをする舘下さん。マスクをしている女性です。

 北上市で生まれ育った舘下さんは、子どもの頃からものづくりが大好きでした。デザイナーに憧れていて、かわいいものが好きで、ビーズで指輪をつくったり、ミシンで小物をつくったりしていました。

「高校を卒業したら好きな縫製の仕事で手に職をつけたいと思っていました。それで高校3年生のときに地元の北上にあるニット工場を見学させてもらったんですけど、その工場は流れ作業ではなくて、編みから縫製まで職人さんが一貫して行う工場だったので入社を決めたんです」(舘下さん)

 しかし、念願叶って地元のニット工場に就職した舘下さんを待っていたのは、“好き”なだけでは勤まらない辛い修業の日々でした。

「最初に配属されたのが企画の部署で、たくさんサンプルをつくっていました。少人数だったので、とにかくなんでもやりました。

 縫製はもちろん縫製で一番難しいとされるテーラードのジャケットやコートの裏地を縫ったり、パターン(型紙)に合わせて生地をカットしたり、リンキングの仕事もそこで覚えたんですが、とにかくやることも覚えることも多くてたいへんでした。

 その仕事を2年ぐらい経験したあとにリンキングの担当になって、それからリンキング一筋です」(舘下さん) 

 リンキングとは、機械で編んだパーツ(前身頃・後身頃・右袖・左袖・衿)を一本の糸で縫い合わせて、一枚のニットに仕立てていく作業です。職人が細やかな編み目を手作業で一目一目拾って、一目の漏れもなくスピーディに針に刺していく作業は、熟練した技が要求されます。

 ものづくりが大好きで、縫製の仕事で手に職をつけたいと思っていた舘下さんにとって、パーツとパーツを縫い合わせて一枚のニットに仕立てあげるリンキングの仕事はまさに天職でした。

 しかし、辛い修行の日々を乗り越え、リンキング職人として充実した日々を送っていた舘下さんに、突然訪れた工場の閉鎖という現実。

 6年にわたってお世話になったニット工場を離れ、ハローワークで仕事を探しながら、リンキングの仕事をあきらめかけた矢先につながった一本の電話……。

「閉鎖になったニット工場の社長さんから電話があって、“宇土社長”と会うことになったんです」(舘下さん)

 それが、2011年の夏のことでした。

着る喜び、装う幸せ。知るほどに深まるカシミヤへの愛。

 “宇土社長”とは、世界最高峰のカシミヤ糸を使用した最高級カシミヤニットの企画・製造・販売を国内で一貫して行うニットメーカー「株式会社UTO(ユーティーオー)」の代表・宇土寿和(うと としかず)さんです。 

 宇土さんが世界最高峰のカシミヤ糸にこだわり、最高級のカシミヤニットをつくり続ける理由……。

 それは、ニットメーカーに勤めているとき、さまざまな素材でできたニットに触れてきた経験から生まれた、ある確信があったから。

 カシミヤ糸の原料はカシミヤゴートと呼ばれるヤギの「うぶ毛」で、冬は-30℃以下、夏は30℃を超える中央アジアの厳しい環境から身を守る役割を果たしてくれます。その「うぶ毛」は、アンデスに生きるラクダ科の動物「ビキューナ」を除くと、ヒトがまとうものとしては地球上で最も細くしなやかな毛だと言われています。

中央アジアに棲むヤギ(カシミヤゴート)の「うぶ毛」がはえかわる時季に梳いて採取した毛がカシミヤ糸。1頭からわずか170g程度しか採れない希少なものです。

 宇土さんは、いろいろなニットの素材と出会うなかで、知れば知るほど「ウールの宝石」とも称されるカシミヤの虜になっていきました。

「カシミヤでつくったニットは保温するためだけの服ではありません。もちろん、保温性や保湿性もすごくあるんですけど(笑)、それだけじゃない。

 あの軽さとやわらかさ、独特の風合い、色の鮮やかさ……。カシミヤには、着る喜び、装う幸せがあるんですよ」(宇土さん)

 UTOは1992年に東京・青山で創業しましたが、2000年までは「bhf(ビー・エッチ・エフ)インターナショナル」という社名でした。その当時はニットメーカーでの経験を生かし、カシミヤだけでなくウール、アンゴラ、モヘア、アルパカ、綿、麻、絹などの素材でできたニットを手広く展開していました。

 しかし、それでは他社との差別化ができず、数あるブランドのなかのひとつに埋もれてしまいます。現に「bhfインターナショナル」も苦戦を強いられ、一時は事務所を畳まざるを得ない事態に。

 そこで、宇土さんは決断します。中小のメーカーが勝ち残るためには、自社の強みを先鋭化し、その一点に徹底的にこだわり抜いたブランドをつくるしかない、と。

 宇土さんにとっての強み……、それが“カシミヤ”への深い愛でした。

 UTOのWebサイトをご覧いただければ、その一旦がわかります。カシミヤの説明のほとんどは、宇土さん自らが書いたもので、その情報の広さと深さに、まず驚かれることでしょう。

 それはさておき、物語は続きます。

山梨工場閉鎖。リンキング職人を気にかけた一本の電話。

 すっかりカシミヤの虜となっていた宇土さんは、カシミヤの魅力をとことん引き出すため、カシミヤ糸は世界最高峰の品質にこだわり、さらに顧客の注文に応じて日本の職人が一枚一枚丁寧に仕立てあげる、それまでのニット製品の常識を覆す「オーダーメイド」に着手します。

 ニットはループ状になった糸の連なりからできていて、一カ所でも糸が切れるとそこからほどけてしまいます。つまり、丈を詰めるなどお直しができません。

 そのため、例えば1シーズンしか着ないリーズナブルなニットなどは多少ならサイズが合わなくても我慢して着ているという方も多いのではないでしょうか。

 リーズナブルなニットならそれでもよいかもしれません。しかし、高価なカシミヤニットとなると話は別です。

 「ウールの宝石」とも称される高価なカシミヤニットだからこそ、お気に入りの色で、自分に合ったサイズで、自分だけの一枚として長く着られることができたら、それが何よりも贅沢な、他とは一線を画すブランド力になると宇土さんは考え抜き、2000年に社名を「UTO」に変更。

 最高級のカシミヤに特化し、オーダーメイドに対応する世界でも稀なメーカーとして、再びニットの世界へ戦いを挑んだのでした。

 「あなたの好きな色、好きなサイズでカシミヤニットをつくりませんか」をキャッチフレーズに、一般ユーザーを迎えて行った初めてのオーダー受注会は、予想を大幅に上回る反響を呼びます。

 「世界最高峰のカシミヤ糸を使ってつくる、世界で一枚だけのあなたのためだけのオーダーニット」は好評を博し、2005年にはついに山梨県に自社工場を設立するまでに。

 しかし、順調に回りはじめた工場の運命の歯車は、やがて大きな壁に阻まれます。それはUTOに限らず、ニット業界全体に通じる課題でもありましたが、職人が高齢化し、次の担い手となる若い人材が不足していたのです。

 加えてUTOでは、世界最高峰のカシミヤ糸を使って最高品質のニットをオーダーメイドでつくるために、より技術力の高い職人さんを求めていました。

 そうなるとその壁はさらに高くなり、求める人材もなかなか見つからず、オーダーメイドのニットに対する需要が確実にあるにもかかわらず、山梨県にある自社工場を閉鎖せざるを得ない事態に。

 そんなとき、宇土さんはたまたま手にした業界新聞で、北上市にあるニット工場が閉鎖になるという記事を目にします。

「その工場の社長さんとは面識があったので、電話してみたんですよ。リンキングの職人さんもいらっしゃったので、そのヒトたちが今後どうなるのかというのも気になって……」(宇土さん)

 こうして舘下さんと宇土さんは、北上で会うことになります。

「最初は『リンキングで困っているので、山梨の工場に来てくれたら』とお願いしたんですが、『北上から離れたくない』と断られました(笑)。

 『山梨工場を閉鎖して規模縮小』か、『北上に工場移転』かで悩みましたが、あれほど探しても見つからなかったリンキングのできる若い職人がいる、機械を置く場所もある、山梨にある機械も持ってこられる……、いろんなことがとんとん拍子でクリアになって、これもご縁かなと(笑)」(宇土さん)

 機械で編んだパーツを一本の糸で縫い合わせて、一枚のニットに仕立てていくのがリンキングの仕事ですが、リンキングの職人を気にかけて宇土さんがかけた一本の電話から、北上のものづくり女子と、カシミヤを愛する宇土さんの想いがひとつになり、新たな夢が立ち上がっていくことに……。これも、リンキングの成せる技でしょうか。

 2011年10月1日、「株式会社UTO岩手工場」が北上でついに産声をあげました。

東京・青山の本社にて。宇土さんはカシミヤへの想いを熱く語ってくれました。
季刊で発行する「UTOニットだより」も宇土さんが執筆。B4サイズの表も裏も活用した誌面には、カシミヤはもちろん北上への愛もたっぷり。2019年新春号で、その数は62号となりました。

わずか3人からのスタート。新たな挑戦のはじまり。

「3人だけで本当にできるのかなっていう不安はありました」

 舘下さんは「株式会社UTO岩手工場」がスタートした当時を振り返って、そう語ります。

 しかし、人数こそ3人と少ないものの、一人ひとりが経験を積んだ職人です。しかも、編立て機を動かすためのデータをつくる「プログラマー」、編立て機を操作してパーツごとに編んでいく「編立て」、さらにパーツとパーツを縫い合わせて一枚のニットに仕立てあげる「リンキング」と、それぞれが担当する分野もニットづくりの要となる仕事で、バランスのとれた組み合わせとなりました。

 また、舘下さんは前のニット工場で企画の部署に配属になった際に、縫製をはじめ、さまざまな仕事を経験したことが、3人だけのこの現場に生かされました。リンキングだけでなく、それ以外の仕事もカバーすることができたからです。

 こうして「株式会社UTO岩手工場」は設立からわずか2日後に、最高級カシミヤニットの製造を開始します。

 一方、宇土さんは新工場の稼働とともにビジネスを軌道にのせるため多忙を極めていましたが、どうしてもやらなければと考えていたことがありました。

 それが、被災者支援であり、今回の縁でつながった北上を応援していくことでした。

 東日本大震災は、「株式会社UTO岩手工場」が設立された年の3月に起りました。大震災以降、宇土さんもなんらかのカタチで被災者支援に取り組みたいと考えていましたが、山梨工場の閉鎖や北上への工場移転なども重なり、想いを果たせないままでいました。

 そんなある日、所用で立ち寄った北上市役所で、北上にも岩手の沿岸部から避難している方が600人近くもいると知り、すぐ動きます。

 カシミヤの手袋やマフラーなど比較的手ごろなアイテムを対象に、1点売れるごとに100円を寄付する取り組みをスタート。

 さらに、あのカシミヤの感触を実際に触って実感してもらおうと考案した「カシミヤ天使の栞」を100円で販売し、その売り上げを全額寄付する取り組みもはじめます。

「カシミヤ天使の栞」は実際のコストが1枚500円ほどかかるため、今後も継続していくことを考え、現在は300円で販売。そのうちの100円を寄付するカタチになっています。

 さらに2013年10月には、より多くの方にUTOのカシミヤニットを知ってもらうためと、北上を盛り上げるためのレディメイド(既製品)ブランド「UTO kitakami」も立ち上げますが、こちらも一枚売れるごとに100円が寄付されるシステムです。

 ちなみに、2012年から継続している被災者支援のための寄付は2018年で160万円を超えたそう。この取り組みは今後も「カシミヤ天使の栞」と「UTO kitakami」の売り上げからの寄付を中心に継続していくといいます。

 また、北上を応援する取り組みとしては、2014年から「ふるさと納税」の返礼品にと声をかけられ、宇土さんは積極的に協力。

「好きな自治体に寄付ができる『ふるさと納税』という制度は、とてもいい仕組みだと思いました。

 しかも、そこで取り上げられることで、それまでUTOのカシミヤニットを知らなかった方にも知ってもらえるのでブランドのPRにもなります。

 何より北上市への寄付のお手伝いができるというのがうれしいこと。『ふるさと納税』に参加する以前から、『UTO kitakami』というブランドも立ち上げていましたが、結果的にはそれが『北上』を日本全国にアピールするお手伝いにもつながってよかったと思っています」(宇土さん)

 ちなみに、UTOのカシミヤニットを返礼品とした「ふるさと納税」は、2016年度から3年連続で2億円を超える寄付をいただいています。

北上市内にある「株式会社UTO岩手工場」。目の前にはのどかな田園風景がひろがっています。

夢は、北上をカシミヤニットの聖地へ。

 「ふるさと納税」の効果もあり、売り上げを大きく伸ばしているUTO。それに合わせて「株式会社UTO岩手工場」も最初の工場が手狭となったため、同じ北上市内に移転。

 現在ではスタッフも3名から11名へと増えました。業界では職人の高齢化が深刻な問題ですが、ここでは世代も地元の30代前半の若手が中心となっています。

 そのなかにあって32歳の若さで10年以上のキャリアを誇る舘下さんは、岩手工場の製造主任としてリンキングの仕事だけでなく製造現場の全体を管理しながら、若い職人の育成にも努めています。

 畠山千晴さんは東京で洋服や靴下の販売の仕事をしていましたが、4年ほど前に北上に帰郷。中学・高校の1年先輩で部活も一緒だった舘下さんとたまたま再会したのがきっかけで、この道に。

「この仕事は未経験だったんですが、舘下さんに『その方が逆に先入観もなくて仕事の吸収も早いと思う』と言われて入社しました。

 もう4年目になりますが、リンキングは終わりがないというか、毎日が修行です。舘下さんみたいに一人前の職人になるにはまだまだ時間がかかると思いますが、子どもを産んでからもずっと続けたい。そう思えるぐらい、今はこの仕事にやりがいを感じています」(畠山さん)

未経験からスタートした畠山さんですが、今ではリンキングの仕事に大きなやりがいを感じています。

 そんな畠山さんにとって舘下さんがリンキングの“師匠”なら、宇土さんはカシミアニットの“見本”だと言います。

「宇土社長は本当にカシミヤニットが大好きで、ふだん着ているニットも同じものを長く愛用されています。ですから、ずっと使っているとああいう質感になるんだなっていうのがわかるんです。それを見るたび、私もああいう風に着てもらえるカシミヤニットをつくりたいと思うんですよね」(畠山さん)

 宇土さんや舘下さんを見て育つ北上の若い職人たち。その姿を見るたび、宇土さんの夢もふくらみます。

「本当にみんながんばってくれています。それに対してボクができることって何だろうと考えたとき、『北上をカシミヤニットの聖地に』することだと思いました。

 イタリアにモデナという小さな街があります。一般のヒトは知らなくても車好きなら『フェラーリの街』だとわかって、ファンなら一度はそこを訪れたいと願う憧れの場所です。北上をそういう街にしたいんですよ。

 広くて緑の美しい芝生のなかに立つ工場はスタッフが働きやすい造りで、働いていて誇りに思えるような、明るく清潔な環境になっている。そのなかでは世界中のどこよりも丁寧なものづくりをする職人たちが、世界最高峰のカシミヤ糸を使って芸術品のような美しいUTOのカシミヤニットを仕立てている。

 しかも、その仕事ぶりを見たり体験したりしたくて、世界中から北上にあるUTOの工場をめざして多くのカシミヤファンがやってくる。そういう工場をつくりたいんですよね」(宇土さん)

 そう言って微笑む宇土さんですが、その夢に向かっての第一歩は、舘下さんと畠山さんにとって働きやすい環境をつくることでしょうか。

 偶然にも舘下さんと畠山さんは妊娠中でもうじき産休に入りますが、2人とも出産して子どもが生まれてもずっとこの岩手工場で職人として働きたいと夢を語ります。

 もちろん、その想いは宇土さんも同じ。

「3人からはじまった工場ですが、今は11人まで増えて、若いヒトが多い。ですから、子育てしながらずっと働いてもらえる環境づくりは当然のこと。

 とにかくみんなには、ずっとここで働いてもらいたいし、いい生活をしてもらいたい。そのためにも、やっぱり北上をカシミヤニットの聖地にしたいんですよ」

 そう力強く語る宇土さん。山梨工場の時代にはリンキング職人が見つからず独り苦労しましたが、今は舘下さんをはじめ若い職人たちという仲間が増えています。

 パーツとパーツをつなぎあわせて、あなたのためだけの一枚のカシミヤニットをつくり、世界を魅了してきた宇土さんは、頼もしい“職人たち”というパーツをつなぎあわせて、これからどのように夢をカタチにしていくのでしょうか。今後がますます楽しみになりました。

宇土さんが思い描く理想の工場は、日本一職人さんにやさしい、光と緑があふれるアトリエ。イタリアを代表するラグジュアリーブランド「ボッテガヴェネタ」の工場が目標です。
こちらは、一般社団法人 企業価値協会が「お客さまや社会から強く必要とされる特徴的な価値を有する」と認めた企業に対して贈る認定証。1年に2度認定式が行われますが、UTOは2018年2月5日に400万社以上もある日本の中小企業のなかから選ばれました。受賞理由は、「日本国内で企画・製造・販売を一貫して行うアパレル」「国内初となるニットのカスタムオーダーでの販売」「世界トップクラスの原料を使用」などと併せて、カシミヤニットを通して「岩手県北上を世界に誇る丁寧ですぐれたものづくりへ」と挑み続けている点や、「岩手県北上を通しての社会貢献活動」が認められての受賞です。
 

◇UTOの「ふるさと納税」への取り組みはこちら!

(了)

株式会社UTO(ユーティーオー)岩手工場
岩手県北上市下江釣子12-164-3
Tel/0197-72-7602

本社 
東京都港区南青山5-4-35 たつむら青山ビル607 
Tel/03-3498-2230

                      

2019-01-24|
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