生きていて良かった。 この地域で暮らして良かった。 そう思える街へ。笑顔でつながる在宅医療へ。

ホームケアクリニック えん

院長        千葉恭一

看護師       小向泰樹

ソーシャルワーカー 櫻井  茂 

作業療法士     杉田賢二

事務員       菊地和恵

ばあちゃんの言葉を道標に、在宅医療の道へ。

「そうか、お前は“岩手”のお医者さんになるのか」

 2013(平成25)年4月に、岩手県で唯一の「訪問診療専門」のクリニックとして北上市に誕生した「ホームケアクリニック えん」。

 その院長を務める千葉恭一さんは、ばあちゃんが言ったその言葉が今でも忘れられません。

「私は宮城県出身なんですが、家が貧乏で生まれてすぐ母の実家(現在の岩手県奥州市)に預けられて、そこで小学校に入学するまで、ばあちゃんに育てられた“ばあちゃんっこ”です(笑)

 そんな私が医学部を卒業して地元の宮城ではなく岩手の病院で働くと決めたとき、ばあちゃんが私に言ったのがその言葉でした。

 ふつう、医者になると言われたら『何科の医者になるんだ?』と聞くと思うんですけど、ばあちゃんは私に『“岩手”のお医者さんになるのか』と言ったんです。

 その言葉がずっと頭を離れなくて……」(千葉院長)

 「“岩手”のお医者さん」ってどういうことだろう?  それは、病気を治すということだけではないんじゃないか……。以来、千葉院長はその言葉の意味をずっと自問自答し続けることに。

 と同時に医師としての人生もスタートします。医学部を卒業した千葉院長は、地域医療・僻地医療にたずさわりたいと、患者さんを総合的に診るプライマリーケアの道へ。

 医師の使命は「病気を治すこと、救命に全力を注ぐこと」だと信じて疑わなかった研修医時代。「専門分野を追究し研鑽を積みたい」と毎日がむしゃらに働き、数をこなす医療に突き進んだ大病院時代。さらに在宅医療を志し、北上市で訪問診療を手掛ける病院で働いた経験と、そのときに体験した東日本大震災……。

 さまざまな患者さんやヒトとの出会いを通して、人生について、人間について、深く考えるとき。

 医師として、患者さんやそのご家族との向き合い方に悩んだとき。

 医師としての自分の在り方に迷ったとき。

 いつもよみがえってくるのが、ばあちゃんが言ってくれた言葉。

「そうか、お前は“岩手”のお医者さんになるのか」

 その言葉と向き合い、ときに見守られ、ときに背中を押してもらいながら、2013(平成25)年4月に千葉院長は「ホームケアクリニック えん」を立ち上げます。

 千葉院長と、看護師と、そのすぐあとに参加した事務員の3人で動き出した小さなクリニック「えん」とは、どんなクリニックなのでしょうか。

患者さんのために。ご家族のために。その笑顔のために、まっすぐに。

 看護師の小向泰樹さんが「在宅医療」と出会ったのは、以前勤めていた病院で「訪問診療」を手伝ったとき。ずっと病院の中で仕事をしていた小向さんは、患者さんたちが自宅で過ごしながら訪問診療を受ける様子を初めて目の当たりにして、その表情や雰囲気が病院とは全然違うことに驚いたそう。

「訪問診療でお伺いした患者さんとは、点滴のために来院されたり、入院されたりした際に私も看護師として病院でお会いしていました。

 そんな患者さんたちと実際にご自宅でお会いすると、表情がとても明るかったり、雰囲気がとても穏やかだったりして、『こういう仕事っていいな』とそのとき思ったんです」(小向さん)

 それがきっかけで「訪問診療」に興味を持った小向さんは、「えん」が開催する「ケアカフェきたかみ」(医療・介護・福祉分野の仕事にかかわるヒトたちが集う場)に参加。そこで「えん」の看護師長を務める髙橋美保さんと出会い、会話を重ねるうちに「在宅医療」の仕事に魅かれ、2015(平成27)年から仲間に。

 しかし、そんな小向さんも最初は「病院」と「在宅」の医療の違いにとまどうことが多かったそう。

「病院は患者さんが病気やケガを治してもらうために自分から訪れる場所なので、『医療』が中心。病気やケガを治すことが主体となります。

 でも在宅の場合、主体は『患者さん』とその『ご家族』です。医療でどんなにがんばっても治せないとわかった患者さんを最期まで、日々の生活をどう支えるか……。

 『その人らしさと笑顔のある在宅生活を支える』という私たちのクリニックの理念にもある通り、ご自宅で患者さんに笑顔で過ごしていただくためには、どうしたらいいんだろう? 

 そのことを常に考えて、最善を模索して実践するという仕事は、医師や看護師の視点だけでなく、ソーシャルワーカーさん、作業療法士さん、ケアマネージャーさん、ヘルパーさん、薬剤師さんなど多職種の方との連携がすごく大事になってきます。

 その違いに慣れるまでが大変でしたが、ひとりの患者さんに対して職種の垣根を超えて、それぞれの視点で意見を出し合いながら、みんなで患者さんにとって最善な方法を考えて実践できるということが、すごくやりがいにもなっています」

 そう語ってくれた小向さんは、さらに言葉を続けます。

「そもそも私が『えん』を好きな理由も、『患者さんのために』『ご家族のために』ということに対して、すごくまっとうにというか、まっすぐに取り組めるところなんです。

 そのヒトが笑顔で過ごすために何をしたらいいんだろう? 自分に何ができるだろう?  常にそのことを最優先に考えて仕事ができる……。それは責任も重大で、緊張感を持って日々患者さんと接していますが、患者さんに対してまっすぐ仕事できるということがすごく楽しいんですよね」

 小向さんは、そう言って朗らかに笑います。

“ひとり”から “みんな”へ。多職種の視点が自身の成長に。患者さんの笑顔に。

 「訪問リハビリの仕事はないよ」と千葉院長に言われたにもかかわらず、杉田賢二さんが「えん」に入社したのは2015(平成27)年のこと。

 杉田さんは当時、経験16年(うち訪問リハビリを13年担当)のベテラン作業療法士でしたが、そのキャリアを捨ててでも「ここで働きたい」と“押し掛け”入社を果たしたのでした。

「専門学校や大学で作業療法士の勉強をしていたときから、患者さんのご自宅をめぐってリハビリをする実習が好きでした。

 作業療法という仕事は、体だけでなく患者さんの心をケアする精神科の領域のリハビリも重要です。

 例えば、患者さんが病院や施設でリハビリをして動けるようになったからといって、実際にそれが日常の生活で活かせるか、趣味や仕事でも自分をスムースに表現できるかといったら、なかなか難しい。

 そうした方に『さらにどういうリハビリが必要か』となったとき、現在の体の状態だけでなく、その方が綴ってきた自分史というか、今まで生活してきた時間のなかに心も回復させるようなヒントが隠されていることが多いんです。

 それを住み慣れたご自宅で、リハビリを通して患者さんやご家族の方と会話しながら時間をかけて一緒に探っていくことが大事になってくるんですよ」(杉田さん)

 そうした地道な取り組みによって心が回復してくれば表情も明るくなり、リハビリにも前向きに取り組め、運動のパフォーマンスもあがり、日々の生活や趣味、仕事などへと患者さんの活動範囲もひろがっていくのだと杉田さんは語ります。

 そんな「訪問リハビリ」の仕事に大きなやりがいを感じていた杉田さんが、そのキャリアを捨ててでも「えん」を選んだ理由。それは……。

「訪問リハビリをずっと続けていくなかで、時間に追われながら1対1で患者さんやご家族と接していると、なかなか自分のチカラだけではどうにもならないケースも多くて……。

 在宅医療ではひとりの患者さんに対して医療や介護、福祉分野を中心に多職種の方がかかわっているんですが、自分のチカラだけではどうにもならないときに、他の職種の方たちはその患者さんをどのような視点で見ているのか。今後のことをどう考えているのか。自分の職種とは違う見方・考え方をもっとよく知りたいという想いが強くなったんです。

 所属や職種にこだわらずに、そういう横のつながりを大切にした職場で働きたいと思ったときに『えん』と出会いました」(杉田さん)

 千葉院長が杉田さんに宣告した通り、当初は「訪問リハビリ」の仕事はなかったそう。しかし、杉田さんは千葉院長から「訪問リハビリの仕事はないかもしれないけど、同じ方向を向いてクリニックの仕事を一緒にやってくれるなら」という言葉をもらって入社を決めていました。

 だからこそ杉田さんは「訪問リハビリ」の仕事がないとはいえ、「ここで自分ができる仕事を探そう」と訪問診療にも積極的に同行。そこで出会うさまざまな職種の方とのつながりも深め、“できること”をコツコツこなしながら、当初は「えん」になかった「訪問リハビリ」のサービスを立ち上げ、少しずつ利用者さんをひろげていったそう。

 ちなみに、現在では「杉田さんは体だけでなく、心までリハビリしてくれる」と患者さんに信頼されるまでに。

 そんな杉田さんに「訪問リハビリ」で大切にしていることを伺うと、患者さんと接する際に「一見、リハビリとは脱線したように見える会話や行動のなかにヒントが隠されていることが多く、そういう部分を大切にしている」とのこと。

 「訪問リハビリ」の仕事ができなくても……。心のリハビリと同じように、一見、脱線したかに見えた杉田さんの歩みは、さまざまな職種の方とのつながりを通して、自分が理想とする「訪問リハビリ」へと着実に近づいていました。

「えん」のオフィスの2階にある会議スペース。2013(平成25)年4月に「えん」が開業してから2カ月後には「ケアカフェきたかみ」の会場として活用。
当時、同じガン患者さんを担当していた千葉院長と看護師さん、ソーシャルワーカーさん、ケアマネージャーさんなど5名が職種の垣根を超えて集まり、
それぞれが抱える悩みや不安をざっくばらんに語り合おうと、ゴザを敷いてお茶を飲みながらスタートしたのが始まりだそう。
現在、「ケアカフェきたかみ」の運営にたずさわっている杉田さん。当初は医療・介護・福祉分野の関係者が主流でしたが、
現在はさらに地域とのつながりをひろげるため、「いろんな方が参加できる場にしたい」と取り組んでいるとのこと。
ちなみに、コロナの影響で現在その活動は休止となっていますが、通常であればさまざまな地域に会場を移して隔月開催しているそう。

街をフィールドに。MSWが地域とつながることでひろがる在宅医療の未来。

 杉田さん同様、「えん」に“押し掛け”入社したのがMSW(医療ソーシャルワーカー)の櫻井 茂さんです。

 櫻井さんが福祉の分野に興味を持ったのは、子どものときに病気になって入院したのがきっかけ。さらに大学で、患者さんやそのご家族が安心して治療できるように相談にのりながら、関係機関との連絡や調整を行う現在のMSWの仕事と出会い、その道へ。

 しかし、実際に仕事をしてみると……。

「最初は病院の中で患者さんの話を聞いていたんですが、実際に患者さんのご自宅を訪問してみたら全然違ったんですよ。わかったつもりでいたご本人の生活やご家族の様子は、自分の想像でしかなかった……。

 これからもMSWを続けるのなら、患者さんたちが実際にどういう暮らしをしているのか。それを実際に見て、きちんと理解したうえで仕事をしたいという想いが強くなったんです」(櫻井さん)

 そこで東京の病院に勤めていた櫻井さんは、新潟県で地域医療をがんばっている診療所に転職し、新たにスタートした在宅医療にMSWとしてたずさわり、多くの経験を積むことに。

 その後、岩手に帰郷し13年間ケアマネージャー(介護保険制度に基づき、患者さんに最適なケアプランを考え、介護サービスとつなげる役割)として在宅医療にたずさわった櫻井さんが “押し掛け”入社したのが5年前。

 「えん」が開業してから2年後のことですが、櫻井さんは「えん」の開業当時から市内のケアマネージャーとして「えん」との仕事にはずっとかかわっていたそう。

 そんな櫻井さんが、「えん」に転職したいと思った理由は……。

「ケアマネージャーの仕事は介護保険制度のなかでやらなければならないことがいっぱいあって大変な仕事ではあるんですが、10年以上もやっているとその枠に縛られてしまう感じがありました。

 その枠を超えてもっと『患者さんのために』という視点で『自分ができること』を突き詰めて仕事をしたいという想いと、もともと新潟の診療所でMSWとして在宅医療にかかわっていましたから、そういう仕事をまたしたいという想いがあって……」(櫻井さん)

 そんなときに「えん」とかかわるようになって、「ここでなら」という想いを強くした櫻井さんは、自分がMSWとして「えん」に加わることで、どんなことができるか。

 さらに、どんなことをやっていきたいのかを千葉院長に直談判。見事“押し掛け”入社に成功し、岩手でもほぼないというMSWのいるクリニック「えん」が誕生しました。

さて、櫻井さんの「えん」での役割とは……。

「私の仕事(MSW)は、クリニックの窓口ですね。

 まずは患者さんのご家族、病院、ケアマネージャーさんなどから相談を受けて打ち合わせをして、患者さんが今どういう状況か、在宅医療を始めるためには家庭状況のなかでどんなことが問題か、どんなことが必要か……。

 そういうことを事前に把握して、患者さんやご家族にとってより良い在宅医療につなげていくのが私の仕事です。

 病院に勤めるMSWは病院の中に相談室があって、そこで仕事をするのが一般的ですが、『えん』にはその相談室もありません。でも、それがいい。私のフィールドは街の中だと思っていますから(笑) 

 患者さんのご自宅はもちろん、病院、介護施設、訪問診療ステーション……、相手のいるところへはどこへでも出かけて仕事しますし、そうした方たちとのつながりを大切にすることが、患者さんやご家族にとってより良い在宅医療につながると信じています」

 そう言って笑みを浮かべる櫻井さんは、「そのつながりを医療・介護・福祉分野だけでなく多業種にもひろげて、もっともっと地域とつながっていきたい」と夢を語ります。

 そんな櫻井さんは、この日も取材を終えるとすぐ街へ……。

「えん」では、医療・介護・福祉分野を中心に多職種の方が参加できる研修やイベントなども開催。
写真の研修では、櫻井さんが登壇。櫻井さんはこうした職種を超えた集まりはもちろん、
患者さんやご家族の方の集まりの場などにも積極的に顔を出し、地域とのつながりをひろげていこうと活動しています。
「えん」の取り組み。さまざまな活動のなかで出会ったつながりを大切にしながら、関係者の集まりだけでなく、
音楽ライブや映画上映など、多業種や地域の方も参加できる活動も積極的に行っています。

“つながり”が育んだもの。「えん」から生まれた「注文のやんべな料理店」。

 多職種・多業種、さらには地域とのつながり……。その言葉は今回の記事でたびたび登場してきました。「えん」はスタッフ11名の小さなクリニックですが、その人数で質の高い在宅医療を提供できるのも、多職種や多業種、さらには地域との「つながり」を大切にすればこそ。

 その可能性をひろげているのが、「えん」が開業して2カ月後にオフィスの2階にオープンし、現在も主体的に取り組んでいる「ケアカフェきたかみ」の活動です。

 医療事務員として20年のキャリアを持つ菊地和恵さんは、2016(平成28)年に「えん」に入社。以来、カルテの準備・レセプトの請求・会計業務などさまざまな事務作業をしながら、在宅医療の最前線に立つスタッフたちの裏方として働きやすい環境づくりに励んでいます。

 そんな菊地さんが企画し、2019(令和元)年10月に開催した「注文のやんべな料理店」も「えん」から生まれ、「ケアカフェきたかみ」のネットワークを通してさまざまな職種・業種の方とつながり、実現したもの。

 認知症の方が接客や配膳の仕事を担当し、一般の方をもてなすこのイベントは、認知症への理解をひろげるとともに、注文を間違えても受け入れる寛容さと誰もが住みやすい社会をめざし、2017(平成29)年に東京で開催された「注文をまちがえる料理店」がモデルです。

 菊地さんがこのイベントを北上でもやりたいと思ったのは、認知症となったお母さんとの会話がきっかけでした。

「私が『えん』に勤める少し前に母が認知症になって通院するようになったんですが、最初の頃は『仕事をしたい』と言っていて、そんな母に私は『無理じゃないか』と答えながらも、『どうやれば働けるか』をずっと考えていました。

 そんなとき、『注文をまちがえる料理店』という取り組みを知って、『これなら』と思って企画を出したら、みなさんも『面白そう』と言ってくれて……」(菊地さん)

多職種・多業種の方たちが集まって行われた「注文のやんべな料理店」のミーティング風景。
その取り組みを伝える新聞記事と、当日会場に掲示されたポスター。

 菊地さんが提案した企画は「えん」の仲間たちの後押しを受け、「ケアカフェきたかみ」で医療・介護・福祉分野を中心に多職種の方とつながり、さらに……。

「私は『えん』が事務局を務める『RFL(リレー・フォー・ライフ・ジャパン)きたかみ』(がん撲滅とがん患者さんとそのご家族を支援するチャリティ活動)の実行委員でもあるんですが、そのつながりから多業種の方にもひろがっていって、『注文のやんべな料理店』を実現させることができました」(菊地さん)

 ちなみに、北上市内のレストランを借り切って1日限定で開催した同イベントは定員48名でしたが、満員御礼の大盛況。当日は75~90歳の男女8名の認知症の方がスタッフとして一般客をもてなしました。

「医療・介護・福祉分野以外の方にも来ていただいて、『認知症のヒトが働けるとは思わなかった』といった感想もいただきました。みなさんの認知症に対する印象がすごく変わったようで、うれしかったです」(菊地さん)

 当日のイベントにはもちろん、認知症になっても「働きたい」と言っていた菊地さんのお母さんもスタッフとして参加されたそうですが……。

「あまりちゃんと働けなかったみたいです(笑) もう85歳ですし、認知症も進んで感想も言えない感じなんですが、それでもお仕事しているときはずっと笑顔で、楽しかったみたいですね」(菊地さん)

 そう言って笑顔を浮かべる菊地さんですが、今年も開催予定だった「注文のやんべな料理店」はコロナの影響で……。さらに、自身が実行委員を務める「RFLきたかみ」も今年は……。

「『注文のやんべな料理店』は今年もぜひ開催したいという想いはありますが、参加される方がどうしても高齢者の方が多いですし、食べ物も扱うということで、どうするか慎重に検討しているところです。

 『RFLきたかみ』のイベントもいつもは6月に開催していて、今年はコロナの影響で一度は9月に延期と決めたんですが、結局それも難しいということで、とても残念ですけど中止になりました。

 ただ中止にはなりましたけど、パネル展示など少しでも今やれることをやっていこうとみなさんと話を進めているところです」(菊地さん)

 たくさんのヒトとつながることでひろがる可能性の大きさを今改めて実感している菊地さんは、「これからも『みんなで一緒にやれる』という喜びを大切にしていきたい」と言って前を向きます。

菊地さんも実行委員を務める「RFLきたかみ」のミーティング風景。実行委員には、お坊さんや牧師さんなども名を連ね、
医療・介護・福祉分野以外の方とのつながりもひろがっています。
昨年、北上市内にある「みちのく民俗村」で開催された「RFLきたかみ」には、およそ500名が参加。その取り組みも少しずつひろがっています。

「生きていて良かった」「この地域に住んでいて良かった」そう思える街へ。

 「えん」の活動エリアはオフィスがある北上市の中心地からおよそ半径16㎞圏内(訪問リハビリは北上市全域)をカバー。11人のスタッフで常時130~140名の患者さんを診ているそうですが、そこに白衣を着たヒトはいません。

「開業したときから白衣は着ないと決めていました。私は職業としては医師ですが、多職種との連携が大事な在宅医療の中では患者さんやそのご家族が主体であり、医師はそれを支えるチームの中のひとりだと思っているからです。

 病気やケガを治すことだけが目的なら医師がトップでその下に看護師さんがいてとなるんでしょうが、在宅医療では医療がどんなにがんばっても治せない病気を抱えた方や、ご高齢で寿命を迎える方が患者さんとなります。

 そういう患者さんを、ご家族の方を、最期の看取りのところまで、命がなくなるときまで、どう支えるか……。ご本人がなるべく辛くなく、苦しくなく、笑顔で最期まで過ごしていただくためには、どうすればいいか……。

 それをみんなで一緒に考えて、みんなで支えるのが在宅医療であり、医師も他の職種の方と同じように患者さんとそのご家族を最期まで支えるチームのひとりにしか過ぎません。ですから、白衣はいらないんです。

 それよりも、みんなで患者さんやそのご家族を支えていくときに“何”を一番大切にしなければならないかというと、私は患者さんご本人が大事にしている “想い”だと思っています。

 患者さんは、自分の体がどんどん動かなくなって、歩けなくなって、食べられなくなって、トイレにも行けないで、やがてずっと寝たきりになる……。それは本当に孤独だし、辛いと思うんです。

 だけども、そのときご本人が大事にしている“想い”をみんながわかっていて、それを大事にして支えていくことができたら……。

 例え体が動かなくたって、しゃべれなくたって、自分が大事にしている“想い”を周りも大事にしてくれて一生懸命支えてくれているとご本人に感じてもらえることができたら……。

 本当に命が終わるとしても、最期は『ああ、生きていて良かった』と思ってもらえるんじゃないか。自分の“想い”を大事にしてくれるヒトたちが周りにいて支えてくれていると思えたら、人生の終わりのときでも、幸せになれるんじゃないかって思うんですよ。

 でも、それは医師だけではできないこと。やっぱり医師もチームのひとりとして、みんなと連携して、みんなが同じ方向を向いて支えていかないと、できないことだと思うんです。

 そのつながりが医療・介護・福祉の分野にとどまらず、地域全体にひろがっていって、在宅医療なんて言葉もなくなって、当たり前のように地域で支え合える社会になっていったらいいなって思うんですよ」(千葉院長)

 千葉院長は毎年70~80人の方をご自宅で看取らせていただいているとのこと。そのなかには、100歳の大往生ならまだしも、まだ10代の若者や小さなお子さんを抱えたまま亡くなる方も……。

「本当に辛いですよ。でも、ご本人やご家族の方がもっと辛い。それを支えるのが私たちの役割で、少しでも『生きていて良かった』と思ってもらえるように、少しでも笑顔でいられるように、常に最良を尽くすのが私たちの仕事です」(千葉院長)

 そう力強く語る千葉院長に、最後に「ご自身が辛さに耐えられなくなったときはどうするんですか?」と尋ねると……。

「思いっきり泣いて、ばあちゃんに問いかけます。『ボクは“岩手”の医者になってるか? ばあちゃんの思っている医者になっているか?』って。もちろん答えは返ってきません(笑) 

 それで、また考える。『ばあちゃんが言っていた“岩手”の医者になるためには、どうすればいいんだろう?』って。でも、わからない。『しょうがねえなあ、もう一回がんばるか』って。その繰り返しです(笑)」(千葉院長)

 “岩手”のお医者さんへ……。ばあちゃんからもらった宿題の答えを探す千葉院長の日々は、多職種や多業種のヒトとつながり、支えられ、同じ方向を向いて歩む仲間とともにこれからも続きます。

(了)

ホームケアクリニック  えん         

岩手県北上市青柳町2-5-15

Tel/0197-61-5160

診療時間/月~金曜日  9:00~18:00

定休日/土曜日、日曜日、祝祭日、お盆・年末年始

2020-06-13|
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