「頂点に立った者にしか見えない景色がある」
これは、世界のトップアスリートがよく口にする言葉です。最近、話題を集めた邦画でも使われていましたから、競技者の気持ちを奮い立たせる効果はあるようです。
かくいう私も、なんの競技者でもないにもかかわらず、この言葉と出会って頂点に立ってみたくなりました!
向かった先は、北上駅から車で北上川を渡って東へ15分ほど走ったところにそびえ立つ標高259.5mの珊瑚岳。自然散策を楽しめる歩道が整備されていると知り、公園をぶらぶらする気分で出かけてみました。
本格的な装備をした山男に遭遇! 弱気の虫がうずく。
いざ、頂点を目指して歩き出すと、さっそく山から降りてくる男性に気づきました。しかし、その姿は……。右手にストックを持ち、登山用のシューズを履き、ぜい肉などない引き締まったボディを山登りの装いで隙なく覆い、大きなリュックまで背負っていて、どこから見ても山男です。
片や私が履いているのはスニーカー。服装もショートパンツにTシャツ姿……。徐々に近づいてくる山男さんは60代半ばぐらいのように見えますが、その顔つきは精悍で眼光は鋭く、目が合ったら私の姿に憤慨して「山をなめんな!」と怒られるんじゃないかとヒヤヒヤしました。
しかし、昔なら逃げ出していた私の背中を押してくれたのは、新たな生活をスタートしたという高揚感です。
(私も変わらなきゃ! ٩( ‘ω’ )و ガンバルぞい)
勇気を出して私が挨拶すると、山男さんは精悍な顔をほころばせ、「こんちには」と返してきました。
(この人は、やさしい! (o^^o)ふふっ )
そう確信した私は迷わず距離を詰め、尋ねました。
「すごい本格的な山登りスタイルですね。私はこんな服装なんですが大丈夫ですかね」
と言って自分が履いているスニーカーやショートパンツを指さしてみせました。
「どこ行くの?」
その声はとても穏やかで、答える私の声も弾みます。
「珊瑚岳です!」
「全然、大丈夫だよ。俺は荷物を運んでいるから、こんな格好してるけど。がんばってね」
山男さんは爽やかな笑顔を残してのっしのっしと歩道を降りていきました。その笑顔に勇気づけられて、
o(・`д・´。)よーし!やるぞー! と気合いを入れて、私は再び歩きはじめました。が!
標高259.5mとはいえ、山を侮ってはいけません……。
確かに歩道は整備されていましたが、そこは山道です。場所によっては獣道のような細く険しい道もあり、伸びた草や木の枝を払いのけ、行く手をふさぐ蜘蛛の巣の下をくぐり、備え付けのロープで岩肌をよじ登るなど、思った以上に過酷( ノД`)シクシク…。気がつけば息はあがり、汗が頬を伝い、Tシャツは汗まみれ。登り口で出会った爽やかに見えた山男さんの笑顔は、憎き般若の顔にも思えてきます。
ときにはロープを使って岩肌をよじ登ることも……。
「全然、大丈夫……じゃ、ねえじゃんかよ」
気がつけば山道を歩く苦しさをすべて登り口で出会った山男さんのせいにして、山男さんの言葉を思い出しては悪態をつき、ときに「もう帰ろう」と弱気になる自分を励まし、憎しみを糧に一歩一歩足を進めていくと、見えて来たのが「珊瑚岳」の頂点を示す矢印! 山の頂に立てば、さぞや美しい風景が眼下に広がっているはず!
「頂点に立った者にしか見えない景色がある」
その言葉を胸に、「全然、大丈夫」と私をだました山男さんへの憎しみも忘れ、私は期待に胸を膨らませて行く手をふさぐ木の枝を払って遂に頂点に!
\(^o^)/
しかし、目の前に現れたのは、頂点を示す三角点の杭と鬱蒼と生い茂る樹木たち。ぐるりと一周回っても見えるのは樹木、樹木、樹木、樹木……。
「珊瑚岳」の頂点を示す「三角点」。確かにここが頂点ですが、なぜかピンときませんでした……。
ぐるりと回って見ても、樹木しか見えません。トホホ。
(こんなに頑張ったのに、私の努力は報われないのか)
_| ̄|○
(しょせん、人生なんてそんなもんさ)
世の中を憂い、膝をついてうなだれる私の背中を、ジリジリとした8月の太陽が照りつけます。今年はニュースでも命が「危険な暑さ」と形容されるほどの猛暑。東京ほどではないですが、北上も暑い日が続いており、しかも私は山の頂に立っているのですから、背中は焼石を乗せているようです。
頂点の、その先にあるもの。
私は熱い日射しに耐えきれず、すごすごと「珊瑚岳」の頂を去り、再び山道をトボトボと歩き出しました。すると間もなく見えて来たのが「平和大観音像」と「平和の鐘」。鐘を鳴らし、手を合わせると、なぜか少しいいことをしたような気分……。黒々とした心の闇が澄んでいくようにも感じました。
山の上には遮るものもなく、鐘の音も伸びやかに響きます。
さらに振り返れば、なんとそこには四方を見渡せる展望台が。
(なんだ、頂点でなくてもいい景色が見られそうじゃん!)
喜び勇んで展望台に登ってみれば、北上市の農村の風景や市街地越しに望む山並みの美しさに心がすっきり洗われたよう!
ひざまずいて世の中を憂いていたことも忘れ、私はすっかり満足して帰ることにしました。汗だくになって登ってきた道を、今度はゆっくりと足元を見て降りていきます。すると……、
あっちにも、
こっちにも!
かわいいキノコが顔をのぞかせていることに気づきます。
(毒キノコだったりして (o^^o)ふふっ)
ふと周りを見渡せば、あっちにも、
こっちにも!
可憐な花たちが風に揺れながら佇んでいます。
気がつけば私は心洗われる気分で、周りの景色を見ながら歩く余裕も生まれていました。一心不乱に山道を登ったときが嘘のようで、吹き抜ける風の心地よさに感謝する気持ちもしぜんと芽生えてきました。
すると、今度は登るときにはみかけなかった「亀の子岩」という看板を発見! 心に余裕の生まれた私は好奇心にかられ、行ってみることにしました。近づくと、何やら見晴らしが良さそう。もしや?
逸る気持ちを抑えて、高台に立ってみると、そこには!
北上市内を見下ろすご褒美の眺めと出会うことができました!
(あざーす!)
登山口で出会った、あの山男さんにm(_ _ )m
「亀の子岩」をあとにし、もうすぐ車のある駐車場だ!とひと息つきながら来た道を振り返れば、険しい山道のそばに、登山者を見守るようにして立つ石仏の姿がありました。しぜんと石仏に手を合わせる私。ふと見上げると、石仏の顔は、登り口で出会った精悍な顔をした山男さんのようにも見えて、慌てて頭を下げたのは言うまでもありません。
(悪態をついてすいませんでした!m(_ _ )m)
すっかり「珊瑚岳」を堪能した私が、帰り道に立ち寄ったのが「サトウハチロー記念館」です。
サトウハチローといえば「ちいさい秋みつけた」「うれしいひなまつり」などの作詞者として有名ですが、他にも歌謡曲の作詞、詩や小説なども数多く発表されていて、この記念館では同氏が残した貴重な資料や作品などを見ることができます。心に沁みる詩や、心をふんわりと温めてくれる童話などを読んでいると、ちょっといい人になれたような気がして、得した気分に。
なかでも、私が一番印象的だったのが、同氏が残した言葉です。
「二人で歩む 遠い道も くたびれない」
「ふたりでみると ものはすべて 美しくみえる」
40代でいまだ独身の私は、サトウハチローの言葉に、珊瑚岳で出会った風景を思い浮かべながら「いやいや、ひとりでも十分美しかったですよ」と少し自棄気味にツッコミを入れながら、館内に流れる「ちいさい秋みつけた」のBGMを背に家路を急いだのでした。
(了)
岩手県北上市立花13-67-3
TEL/0197-65-5401
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