ミッシェルで朝食を

いつの間に!?  教習所の指導官がやさしくて感激!

 私が車の免許を取得したのは20年以上も前ですが、東京で生活していて車の必要性を感じたことはほとんどありませんでした。もちろん、仕事でどうしても使う必要がある場合は別でしょうが、私の場合はパソコンの前でする仕事。通勤や打ち合わせなどの移動はもちろん、遊びに出かけるときも東京は電車網が発達しているので、渋滞もなく時間通りに動いてくれる電車がいちばん便利でした。ですから、自分から進んで車に乗りたいと思ったこともありませんでした。

 しかし、北上市で暮らすようになったら、そんなことは言っていられません。電車網が充実していないので、通勤はもちろん、買い物、銀行、病院、市役所、図書館、遊び……どこに出かけるのにも車がないと身動きできません。

 というわけで、私が北上市に来てさっそく通ったのが、「北上自動車学校」のペーパードライバー教室です。私を担当してくれた指導員は、60代半ばぐらいの男性。話し方も穏やかで、指導の際にも私が緊張しないようにと気を遣ってくれるやさしい紳士でした(ここではあえてこの方を「ロマンスグレーさん」とお呼びしましょう!) 私が免許を取得した20年以上も前の教習所の指導員といえば“怖い”というイメージしかなかったのですが、指導員がこんやにやさしいなんて……、時代は変わるものですね。あるいは、このロマンスグレーさんが特別なのか?

 

ロマンスグレーさんはロマンチスト!?

 結局、ペーパードライバー教室は、校内のコースをめぐる技能教習1時間、路上教習4時間で終了しましたが、運転の練習もさることながら、路上教習で北上市内のさまざまな道を走るなかで、ロマンスグレーさんから北上市にまつわるいろいろな話やおすすめスポットなどを聞けたことが、とても勉強になりました。

 なかでも、いちばん印象に残っているのが、車の運転を練習する場所について尋ねたときのアドバイス。

「明後日、車が納車されるんですけど、ヒトに迷惑をかけず運転の練習ができる場所って、どこですかね?」

 北上市に引っ越してきて1週間ほどしか経っていない私は土地勘もないため、北上生まれ・北上育ちのロマンスグレーさんのアドバイスは貴重です。そう思って尋ねると、

「どこというよりも、朝早くがいいと思いますよ。5時ぐらいなら、車もほとんど走ってないから。自分の車でいろいろなところを走れば、自分の車にも慣れるし、それがいちばんの練習になるんじゃないかな。

 そういえば、この間、『ミッシェル』ってパン屋さんの隣にある公園の駐車場で駐車の練習をしたでしょ。石組みの煙突のある、山小屋風の建物があったところ。あそこのパン屋さんは朝7時にオープンするから、練習したあとはそこで焼き立てのパンを食べればいいんじゃないかな。おいしいですよ」 

「ミッシェル」の隣にある「えづりこ古墳公園」は、国指定史跡・江釣子古墳群の玄関口にあります。北上市にゆかりの深い遺跡群を紹介するモニュメントなどに加え、遊具や木立ちの中を歩く古墳散策コースなどもあり家族で楽しめます。春から秋は、緑の芝生が鮮やか。

 

「朝、オープンしたてのパン屋さんに出かけて、焼き立てのパンを食べる」というロマンスグレーさんのアドバイスを聞きながら、そんな発想のない私は「このヒトはシャレてるな~」と尊敬すると同時に、大好きな「恋愛小説家」という映画のワンシーンを思い出していました。

 どんなシーンかといえば、ジャック・ニコルソン演じる主人公の恋愛小説家・メルビンが、ヘレン・ハント演じるシングルマザーのキャロルに愛の告白をしようと彼女の家を訪ねます。しかし、キャロルの家にはお母さんと子どもがいて、話し声は筒抜け状態。そのうえ、どうやら子どもは寝ているようですが、お母さんの方は聞き耳を立てている様子……。

 そこでメルビンはキャロルを外に連れ出そうとするのですが、そこでのやりとりが私にはとても印象的でした。それは、こんな感じです。

「ここは息苦しいな。散歩に出ないか?」

「朝の4時よ。こんな時間に散歩だなんてフツーじゃないわ」

「口実が必要なら……、角のパン屋がじきに開く。理由になるだろ?  焼き立てのパンを2人で買いに行こう!」

 午前4時に自宅に押し掛ける? しかも、そんな時間に散歩に誘う? ありえないと思うかもしれません。しかし、ジャック・ニコルソン演じるメルビンは、そういう男なのです。極めて自己中心的で、口を開けば暴言ばかりの毒舌家であり、異常なまでの潔癖症の偏屈な男。そういうヒトですから、ランチに通うカフェでも店員どころか周りの客にまで毒舌を吐き、みんなに嫌われている最低な男です。

 一方、ヘレン・ハント演じるキャロルは、メルビンが通うカフェの店員であり、お店やお客との間に立ってそんな彼をひとりの客として受け入れようと努力してくれる明朗快活でやさしい女性。しかも、喘息に苦しむ息子の面倒を見ながらカフェで働くシングルマザーでもあり、みんなから頼りにされる姉御肌な女性でもあります。

 そんな包容力のあるキャロルでさえ、メルビンのあまりの毒舌ぶりや偏屈な行動に愛想が尽きそうになります。が、そうなるたびにときより見せるメルビンのやさしさに、いつしかキャロルは心惹かれていくように。しかも、それはメルビンも同じで、キャロルのやさしさや自由闊達な人柄に惹かれていきます。

 なんだかんだはありますが、2人の関係はゆっくりと良い方向に向かっていきます。しかし、あともうひと押しという大事なときに思わず飛び出してしまうメルビンの毒舌や偏屈な行動がキャロルを深く傷つけ、ついにはキャロルの心もメルビンから離れそうになります。

 

このまま終わってしまっていいのか?  

 自分が望んでいないのにキャロルとの関係が悪化してしまったことで初めて自分の行いを深く反省するメルビンは思い悩んだ末、いたたまれなくなって午前4時という極めて非常識な時間にもかかわらず、キャロルの家を訪ね、自分の気持ちを伝えるため、散歩に連れ出そうとします。そして、先ほどのセリフにつながるわけです。

「朝の4時よ。こんな時間に散歩だなんてフツーじゃないわ」

「口実が必要なら……、角のパン屋がじきに開く。理由になるだろ?  焼き立てのパンを2人で買いに行こう!」

 「午前4時」という非常識な時間に突然プライベートな家という空間に押し掛けてくるメルビンにうんざりしていたキャロルですが、「角のパン屋がじきに開く。焼き立てのパンを2人で買いに行こう」という以外な展開には、もともとメルビンに心惹かれていた経緯もあり、頑なだったキャロルの心を解きほぐすチカラがありました。

 結局、2人は焼き立てのパンを買いに出かけることになり、その途中でメルビンは熱烈な告白をし、オープンしたばかりのパン屋で2人が楽しそうにパンを選ぶシーンでハッピーエンドを迎えます。

 1997年、この映画でジャック・ニコルソンはアカデミー賞主演男優賞、ヘレン・ハントも同じく主演女優賞を受賞するなど高い評価を得た作品ですが、ロマンスグレーさんのアドバイスを聞いてその映画を思い出し、ひとりで勝手にワクワクしていました。

(よし、車が納車されたら、「ミッシェルで朝食を」だな(*´m`)ムフフ)

 映画つながりで「ティファニーで朝食を」の題名をパクり、車の運転のあとは「ミッシェルで朝食を」だとウキウキしながら心に誓った私は、納車された次の日、さっそく実行に移しました(/*´∀`)o レッツゴー♪

 

いざ、朝5時からの練習へ。焼き立てのパンを食べに!

朝5時に起きるのも苦ではありませんでした。

(年のせいかな? ٩( ‘ω’ )و ガンバルぞい)

車の運転の練習も順調でした。

(だって、本当に車走ってなかったし (o^^o)ふふふっ)

予定より、30分ほど遅れて「ミッシェル」に到着! 

(いよいよ、焼き立てパンで朝食だ! \(^o^)/ )

「えづりこ古墳公園」の隣にある「ミッシェル」は、石組みの存在感のある煙突が目印。

 

店内に入ると、焼き立てパンのいい香り!  こちらのお店は天然酵母を使用し、丁寧に焼き上げる手づくりパンが評判で、カレーやカスタード、粒あんなども自家製にこだわり、じっくりと仕上げているそうです。

(なるほど!(*´m`)ムフフ)

 いい香りだと思ってふと店内を見回すと、そこには背の高い外国人のご夫婦の姿がありました。彫りの深い顔立ちをした奥様は赤ちゃんを抱いており、ハンサムな旦那さんと、どれにしようかとテーブルに並んだパンを眺める目は楽しそうにキラキラと輝いています。が、

そこで私は、ハタと気づきました。

(俺、ひとりじゃん! ぼっちじゃん! 何ウキウキしてんだよ_| ̄|○)

 大好きな映画「恋愛小説家」では、ジャック・ニコルソン演じるメルビンとヘレン・ハント演じるキャロルのカップルがオープンしたばかりのパン屋さんの店内で2人並んで楽しそうにパンを選んでいました。

 目の前のご夫婦は赤ちゃんを抱きながら、たくさんの種類が並んだパンのなかから「どれにしようか」と目をキラキラさせながら、やはり楽しそうにパンを選んでいます。その姿の、なんと幸せそうなことか……。

 その様子を目の当たりにしたアラフォーで未だ独身のぼっちの私は、いたたまれなくなって店員さんが「焼き立てですよ」といって厨房から運んできた「もちもちボール」と、トロッとした卵とカリカリのベーコンが食欲をそそる「とろっとたまご」というパンをプレートにのせると、こそこそとお会計を済ませ、ウッドデッキのある外のテラス席へ逃げるように向かおうとした、そのときです。

 店内にあるイートインスペースの入り口のところに、ホットなコーヒーやレモンウォーターなどの飲み物が置かれたスペースを発見。よく見れば、焼き立てのパンをおいしく食べてもらうために、コーヒーやレモンウォーター、カルピスなどの飲み物を無料(しかも、お替わり自由!(*´m`)ムフフ)で提供しているとのこと。そのやさしい心配りに感激した私は、紙コップに入れたコーヒーのぬくもりに慰められながら、お店を出るとウッドデッキのあるテラス席に腰をおろしました。

ふと見上げれば抜けるような青空。隣の公園の緑の芝生も鮮やかで、心地よい風が運んでくるコーヒーのふくよかな香りとともに焼き立てパンのモチモチした触感を味わっていると、40代独身男の悲哀もどこへやら。もっとも5時から起きていたので、空腹が満たされた満足感もあったのかもしれませんが、最後に飲んだ牛乳の冷たさに気分もシャキッとして、私は家路についたのでした。

ロマンスグレーさん、焼き立てパン、おいしかったっす!

貴重なアドバイス、ありがとうございました! m(_ _ )m

あなたのお陰で、私は今のところ、無事故・無違反です!

 

(了)

 

天然酵母のこだわりのパン専門店 Michel(ミッシェル)

北上市北鬼柳24-21-1

Tel/0197-77-4130

営業時間/7:00~18:30

定休日/月曜日(祝日の場合は営業)

駐車場/約65台

 

2018-10-07|
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