地域の課題解決に向けて、「現場」の最前線へ。
北上市内から北東へ10分ほどクルマを走らせると、そこにのどかな田園風景がひろがる「更木地区」があります。
北上川と猿ヶ石川に挟まれた肥沃な土地に恵まれた平地では稲作が盛んで、豊かな大自然に包まれた山間地域では小麦やソバ、さらに同地区の特産・桑茶の原料となる桑の葉も栽培。また、近年では全国的にも衰退の一途をたどる養蚕の技術と文化の継承にもチカラを入れています。
東北新幹線も停車する北上駅までもクルマで15分ほど。自然豊かでアクセスも良好で、一見住みやすい場所にも思えますが、しかし他の地域同様、人口は過去9年間で20%も減少。現在の人口は1,046人(2021年10月時点)に。
さらに高齢化率が高く、耕作放棄地や空き家も増加。地域産業としてチカラを入れる養蚕業についても人手不足や後継者不足で技術や文化の継承が難しい状態に。
しかし一方で更木地区は、2020年に内閣官房より養蚕業を活用した取り組みが地方創生の特徴的な事例として表彰。さらに2021年には岩手大学発のベンチャー企業が発見した新物質「ナトリード」(養蚕技術を活用して得られた「カイコ冬虫夏草(とうちゅうかそう)」から発見)が認知症への新たなアプローチになると判明。その成分の原料となる蚕蛹を全量買い取りする民間業者も現れるなど、改めて更木地区の養蚕業に注目が集まっています。
古来より伝わる養蚕業の技術と文化を継承し、未来につないでいくために取り組んできた更木地区では、この追い風に乗ってさまざまな地域課題を解決し、持続可能な地域に発展させていこうと「更木活性化協議会」を立ち上げ、新たなプロジェクトをスタートさせました。
地域の“今”を学ぶ養蚕体験ツアーがスタート!
そのキックオフとなる養蚕体験ツアーが、10月30日(土)と31日(日)の2日間にわたって開催されました。今回参加したのは、同協議会の想いに共感し、その取り組みを応援していこうと、金融庁の有志でつくる地域課題解決支援チームを筆頭に、県内外の大学・金融機関・一般企業、北上市など、さまざまな分野のスペシャリストたち。更木地区の取り組みとその現状を知ろうと、職種や肩書、年齢の垣根を越えて、県内外からおよそ20名が集いました。
ツアーの最初は、更木地区の活性化において重要な役割を担う「養蚕」についての学びの時間。更木地区で養蚕を行っている「更木ふるさと興社」のビニールハウスが会場です。
ツアーが行われた10月末の時季は本来であれば養蚕のオフシーズンですが、今回は特別に飼育されていた蚕の様子を間近で見ることができました。耳を傾けると蚕たちが桑の葉を食べる音が……。
この日見学したのは5~6000頭の蚕たちでしたが、同ハウスではオンシーズンに4万頭ほどが飼育されるそう。4万頭の蚕たちが食べる桑の葉の音は……。来シーズンが楽しみになりました。
養蚕についてレクチャーしてくれたのは、北上市地域おこし協力隊として更木地区で養蚕に取り組む髙橋愛衣さん。
髙橋さんは養蚕や伝統工芸の世界に魅了され、埼玉県職員を退職して北上市に移住。2020年4月より「更木ふるさと興社」で養蚕の仕事をしながら、繭を使った商品開発にも取り組んでいる方です。それだけに養蚕に対する愛情が深く知識も豊富で、蚕の生態や養蚕の歴史なども含めて初心者にもわかりやすく養蚕について教えていただきました。
蚕の繭から絹糸をつくるため、人類が5000年以上前から蚕を育ててきた歴史と、そのためだけに進化してきた蚕は養蚕がなくなり、蚕を育てるヒトがいなくなると絶滅してしまう生き物だと知って改めてびっくり。海外からの安価な生糸や絹製品の輸入により、国内の養蚕業は厳しい状況が続いていますが、その実態を自身の体験も交えて髙橋さんが語ってくれたことで、今回の取り組みの重要性を改めて認識する貴重な機会ともなりました。
だからこそ養蚕技術を活用して得られ、認知症への新たなアプローチになると注目を集める新物質「ナトリード」への展開をはじめ、更木地区で進める養蚕技術をベースとして新たな特産品の開発にも期待が……。
地元の方の思い出に耳を傾けながら、繭細工にチャレンジ。
養蚕体験の後半は、蚕の餌となる「桑の葉」の収穫と「繭細工」の2チームに分かれて実施。
繭細工体験では、子どもの頃に蚕を飼っていたという地元の方とともに、蛹から羽化した“モスラ”も参加。
蚕と暮らした子ども時代の思い出話などにも耳を傾けながら、モスラといっしょに繭細工にチャレンジしました。
この日つくったのは「桜」の繭細工。しかし、5枚のはずの花びらが4枚や6枚の “新商品”が生まれたり、さらに繭でつくった「マユゴン」なる新キャラも誕生するなど、真剣な中にも笑いがあふれる楽しい時間となりました。繭を使った特産品のアイデアもきっとここから……。
地元の方を交え、職種や肩書などの垣根を越えて課題と向き合う。
養蚕体験の後は、ご近所にある「空き家」で対話の時間。今回は以下をテーマに、4つのグループに分かれてディスカッションを行いました。
ディスカッションテーマ
①娯楽……地域外からヒトを呼び込むには?
②定住……空き家を活用して定住してもらうには?
③産業……新たな産業を生み出すには?
④食と特産品……新たな特産品は?
地元の方を交えて、職種や肩書、年齢などの垣根を超えてのディスカッションは、限られた時間のなかでも白熱。
まだ今回のプロジェクトは動き出したばかりですが、それでも最後の発表会では「現状と課題」を踏まえて導き出した「解決策」のなかに、すぐに実行に移せそうなアイデアも飛び出し、とても有意義な時間となりました。
さらに、養蚕業の今後の発展に向けて期待が集まる新物質「ナトリード」の現状と将来性について、同物質を活用した商品を手掛ける第一工業製薬さんからうかがうお話も貴重でした。
充実した対話の時間を終えて、「更木活性化協議会」のリーダーのみなさんも笑顔に。大きな手応えが……。
とはいえ、まだプロジェクトはスタートしたばかり。何よりの財産は、職業や肩書の壁を超えて集まり、地域課題と向き合おうとするヒトたちとのつながりを改めて深められたことかも……。
そう感じたツアー1日目は、最後に参加されたみなさんに繭細工の花をプレゼントしてお開きとなりました。
ツアー2日目は隣町の西和賀町で、地域活性化のヒントを学ぶ。
美しい紅葉に包まれた西和賀町で、最初に向かったのが空き家となっていたガレージを改装して昨年7月にオープンした人気の「ネビラキカフェ」。
建物の横を通ってテラス席に出れば、錦秋湖の美しい眺めがそこに……。
今回はおいしいコーヒーをいただきながら、同カフェのオーナー・瀬川 然(しかり)さんにお話をうかがいました。
店名の「ネビラキ」とは、春の暖かい日射しを浴びた樹の幹が熱を持ち、その根本の周りの雪が融けて土が見えてくる現象のことだそう。厳しい冬を乗り越えて「もうすぐ春」を感じる素敵な言葉です。
人口およそ5,200人の西和賀町も人口減少などの課題を抱えていますが、「そこにある豊かな自然と文化と食と歴史を新しい視点で面白がり、ここに生きることの豊かさを考え、外に向かってゆるやかに開かれたふるさとづくりをめざす」という瀬川さんのビジョンは、更木の今回のプロジェクトとも共通する部分が多く、とても刺激を受ける有意義な学びの時間となりました。
西和賀町では瀬川さんが生まれる以前に喫茶店が1軒あったそうですが、それもなくなるとずっとカフェがなかったそう。しかし、昨年「ネビラキカフェ」がオープンし町外からヒトを呼び込むなど人気を集めると、やがて複数軒のカフェがオープンするまでに。地域への“想い”を持った瀬川さんのチャレンジが少しずつ地域にひろがり、外に向かってゆるやかに開かれていく……。まさに「ネビラキ」のような取り組みであり、“想い”を貫く大切さを改めて感じました。
さらに、西和賀町長の細井 洋行氏もサプライズ登場! お忙しいなか、お話をうかがう機会をいただき、ありがとうございました。
「ネビラキカフェ」の次に訪れたのは、豪雪地帯として知られる西和賀町が、それまで処理に苦労していた“雪”を活用してつくった天然の冷蔵庫「雪室」。雪を使って貯蔵する先人の知恵は電気を使わないため環境にやさしく、さらに真夏でも5~7℃と年間を通して安定的に低温保存できるため農産物の鮮度も保たれ、旨みが増す効果も。
厄介者だった雪を味方にし、それを活用するだけでなく新たな魅力に変える逆転の発想……。地域の可能性はいろいろなところに眠っており、その魅力をどう引き出すかが大事だと感じるひとときでした。
2日間のツアーの最後は高さ約5m、1989年に“日本一”のわら人形と銘打って誕生した巨大わら人形を見物に。
下の写真をご覧いただければわかる通り、腰に2本の刀を差し、突き出た男性の象徴がひと際目を引きますが、こちらは同町白木野地区に古くから伝わる厄払い行事「白木野人形送り」の武者人形がモデルだそう。毎年、年度の変わり目には新しいわらの衣装に衣替えされるそうで、それも季節の風物詩に。今回のプロジェクトにも、インパクトのある新キャラが……。
というわけで、2日間にわたって北上市更木地区と西和賀町をめぐる「更木活性化協議会」の養蚕体験ツアーも無事終了となりました。が、しかしプロジェクトはスタートしたばかり。金融庁の有志のみなさんをはじめ、県内外の大学・企業・金融機関などがつながり、更木地区の地域課題に挑むプロジェクト。「更木活性化協議会」の今後の展開に注目です。
◇「更木活性化協議会」の最新情報はこちら! ▶▶▶ 更木活性化協議会facebook「更木イノベーション」
(了)
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