“地産地消”から“地産来消”へ。農家とシェフが一緒につくる、北上の未来を夢見て。

うるおい春夏秋冬(ひととせ)

野菜農家

高橋 賢(たかはし けん)

北上市を、日本のサン・セバスチャンへ!

 スペイン北部にある地方都市「サン・セバスチャン」をご存じですか。

 この街は人口18万人の小都市にもかかわらず、「世界一の美食の街」として知られ、世界中から多くの観光客が押し寄せています。

 彼ら彼女らのお目当ては、もちろん“この街でしか味わえない美食”の数々。サン・セバスチャンには2017年現在、スペインにあるミシュランの三ツ星レストラン7店のうち3店が店を構え、二ツ星が1店、一ツ星も5店が揃い、世界最高峰のひと皿を提供。人口あたりのミシュランの星の数が最も多い街のひとつとも言われています。

 一方、街を歩けば、ふらりと立ち寄れるバルが軒を連ね、おいしいワインとともにお店自慢のピンチョス(バケットに具材を載せた手軽なおつまみ)に舌鼓を打ちながら、のんびり食べ歩きが楽しめます。

 さらに、料理分野のハイレベルな知識と技術を学び、学位まで取れる大学があり、庶民が集まって料理を楽しむ「美食倶楽部」という伝統も継承されているなど、“美食を楽しむ”という文化が街にしっかりと根づき、「世界一の美食の街」を支えています。

 しかし、そんなサン・セバスチャンも、昔から多くの観光客が集まっていたわけではありません。19世紀末には王家の避暑地として栄えた時代もありましたが、1970年代頃には世界遺産など世界にアピールできる目立った観光資源もなかったため、多くの地方都市と同じように、どうすれば観光客が足を運んでくれるのかと頭を悩ませていました。

 そこで立ち上がったのが、地元のシェフたち。お店の枠を飛び越えて門外不出のレシピやノウハウを共有し、みんなで研究を重ね新しい技法も次々に創出。街のレストランが一体となってレベルアップを図り、若いシェフなど新しい才能も活躍できる環境をつくり、多様性を受け入れながら「美食の街」をめざしました。

 しかも、酪農・漁業など第一次産業が盛んな地の利を活かし、使用する食材も地元産を活用。星つきレストランの極上のひと皿から庶民に愛されるバルのピンチョスまで、地元産で彩る“この街でしか味わえない美食”の数々が少しずつ世界に浸透。いつしか「世界一の美食の街」と称され、美食目当てに多くの観光客が訪れる現在の街になりました。

 ここに、「北上市をサン・セバスチャンのような街にしたい!」と夢を語るひとりの農家がいます。北上市相去(あいさり)で旬と品種と鮮度と土づくりにこだわり、一年を通じて少量多品種の野菜をつくり、地元のレストランや販売店に卸す「うるおい春夏秋冬(ひととせ)」のオーナー・高橋賢さんです。そこには、どんな想いがあるのでしょうか。まずは、その人となりから探っていきましょう。

笑顔がトレードマークの賢さん。

めぐりめぐりって、小学校の頃の夢にたどりつく。

 賢さんといえば、「七色人参」「七色パプリカ」「七色大根」など、彩り鮮やかな七色シリーズの野菜が人気です。

「冬場は白い大根とか、緑色の白菜とか、土色のごぼうとか、彩りがどうしても少なくなるんですよ。『どうにかならない?』というシェフのひと言で『根菜ならカラフルなものがありますよ。やってみますか!』とはじめたのがきっかけです。最初は2~3色だけでしたが、『どうせなら7色にしちゃおう!』と思ってやったら出来ちゃった」(賢さん)

 「まあ、半分遊びですけどね」と語る賢さんは、目を細めてアハハと本当に楽しそうに笑います。そんな賢さんの経歴をうかがうと、かなりユニーク。

 賢さんは北上市で生まれ育ち、好きな歴史を学ぶため東京の大学に進学。ひとり暮らしには賄い付きのバイトが便利とさまざまな飲食店でバイトをし、大学卒業後にはバイト先のお寿司屋さんにそのまま就職。

 築地に食材を買い付けにいく寿司職人として、そこで10年働いたと思ったら、大好きな中国の老荘思想の勉強がしたくて今度は中国の西安の大学に1年遊学。中国語で書かれた老荘思想の本も理解でき、日常会話なら問題ないレベルまで中国語も堪能になりながら、遊学期間も終わり、秋に日本に帰国。

 そして、翌年の3月に起きた震災を機に北上に戻り、兼業農家だった実家を継いで就農し、現在に至ります。

「農業がやりたくて帰ってきたわけでもないんですよ。北上に帰ってきたはいいけど何もやりたいことがなくて、じゃあ農業でもしようかなって感じではじめました。まあ、子どもの頃から手伝っていたので、農業をやることに抵抗はなかったですね」(賢さん)

 「でも、改めて小学校の卒業文集を見ると、将来の夢は『農家』って書いてあるんですよね」と最後に付け加える賢さんは、少し照れ臭いのか、またアハハと笑います。

「自分は後発組」という危機感。“その差”を埋めるために。

 笑顔がとても印象的な賢さんですが、農家としての実績はまだ7年目とあって、自分の経験値がまだまだ少ないことをよく自覚しています。だからこそ、日頃から“学ぶ”ことに貪欲です。

「自分は後発組ですから。30代半ばから農業をはじめたので、10代とか20代からやっているヒトには“知識”も“経験”も到底及ばない。

 じゃあ、どうやって“その差”を埋めるかっていったら、ネットや本、研修会などにも積極的に参加して“情報”と“知識”を貪欲に集めて、それを今までの人生経験とか、自分がトライ&エラーを繰り返すなかで得た経験とかを組み合わせて、こねくりまわして“知恵”に昇華して農業に活かすことで初めてその差を埋めていけるんだろうなって思うんです。

 他の農家さんのFacebookの畑の写真を1枚見るだけでも、株間や列の距離とか、誘因の仕方(紐で枝を伸ばす手法)とか、マルチシート(畑のうねにかぶせる農業資材)を敷いているかとか、いろんな情報がわかるんですよ。自分にとって、畑の写真は工場のラインを見せてもらっているようなものですから。

 そうやって、いろんなところから“情報”や“知識”を集めて、“知恵”に昇華して野菜づくりに活かしています」(賢さん)

 その華やかさ、彩りの豊かさだけに注目が集まる七色シリーズですが、それは賢さんが“その差”を埋めるために“情報”と“知識”を貪欲に集め、試行錯誤を繰り返して生まれた“知恵”の結晶なのかもしれません。そう考えると、七色の色彩が余計に際立って鮮やかに見えてきます。

 もっとも、そう言っても賢さんは「いやあ、単なる遊びですよ」と笑い飛ばすかもしれませんが。

賢さんが手塩にかけて育てた彩り鮮やかな野菜たち。

大根おろしも鮮やかに。

フィレンツェの貴婦人に恋をして。

 一年を通じて少量多品種の野菜を地元のレストランや販売店に卸す賢さんが、近年チカラを入れているのがイタリアから種を取り寄せて育てたナス「ヴィオレッタ・ディ・フィレンツェ」。

 世界一ともいわれるそのおいしさに惹かれ、2年前からは種取りまでして北上の気候に順化できるようにと試行錯誤を続けています。しかも、好きが高じて「フィレンツェの貴婦人」という名前までつけてしまうほど、この野菜に恋しています。

「抜群においしくて、レストランでも使ってもらえるいいナスだなと思ったんです。でも、例えばレストランのメニューに『ヴィオレッタ・ディ・フィレンツェ』と書かれていても何だかわかんないじゃないですか。もうちょっと馴染みのある日本語を入れたいと思って名づけました。

 このナスはトスカーナ地方のフィレンツェが原産なんですが、フィレンツェといえばレオナルド・ダ・ヴィンチが描いた『モナ・リザ』です。あの絵のタイトルは『フィレンツェの貴婦人』だとダ・ヴィンチがメモに記しているんですが、それにあやかって勝手に命名させていただきました」(賢さん)

賢さんが命名した「フィレンツェの貴婦人」は、「抜群においしい」と賢さんも太鼓判!

 そう言ってアハハと豪快に笑う賢さんですが、「フィレンツェの貴婦人」をはじめ少量多品種の野菜づくりは失敗の連続だといいます。それでもつくり続ける理由はどこにあるのでしょうか。

「『こんな野菜がほしい』と言われて、それをつくったら『おいしい』と言われて、いろんなお店でも使われるようになって、その野菜がどんどん世の中に広がっていくのが、すごくうれしいんですよ。だから、種を撒く時期になると種苗メーカーのカタログをかたっぱしから取り寄せて、ネット情報や仲間から聞いた話、研究データ、普及センターの話などいろんな情報を集めて種を選びに選んでいます。

 西洋から取り寄せた種だと、植えたはいいけど育たないなんてことはよくあること。だから、初めは遊びみたいなものですが、これがつくりたい、面白いと思ったら、失敗してもつくり続ける。いつ種を撒いたら、いつ頃収穫できるのか。どうすれば、おいしく育つか。1年に1回だけしか試せませんが、そのノウハウを蓄積しながら、ずっとつくり続けるんです。

 だって、その野菜がいつか『おいしい』と言われて広まっていったとき、他のレストランから『うちもほしい』と言われて、『もう終わりました』とは言いたくない。少量多品種と言っても安定供給は重要です。一定の期間に、一定の量を、一定の品質、一定の価格で提供できること。そうした野菜を季節ごとにつくって、一年を通じておいしい野菜を届けることに対しては絶対手を抜きません」(賢さん)

 そこには、少量多品種にこだわり野菜をつくり続ける農家の矜持がありました。

「フィレンツェの貴婦人」の種。賢さんは2年前から種取りをし、その種を植えて育てることで、このナスを北上に固定種として定着させようと取り組んでいます。

高齢化社会、人口減少……、未来のためにできること。

 そんな賢さんが「北上市をサン・セバスチャンのような街にしたい!」と思いはじめたのは、今から3年前のこと。

「ある研修を受けたときに、講師の先生がサン・セバスチャンのことを教えてくれたんです。そこで、これからは『地産地消』ではなく、『地産来消』なんだと思った。

 農家も飲食店も同じで、胃袋の数でマーケットの大きさが決まってしまう。どんなに食べてもらいたいと思っても、ヒトが増えないとマーケットは広がらない。高齢化社会を迎えて、さらに人口減少も進んでいくと、どんどんマーケットが小さくなっていくのは目に見えてる。

 そんなとき、地域のヒトたちで限られたパイを奪い合ってもしょうがない。そうじゃなくて、サン・セバスチャンのように農家も飲食店もみんなで協力して、外から北上に食べに来てもらうようにすることでパイを大きくして、みんなで利益を分かち合っていけたらいいなって思ったんです」(賢さん)

 地域の若手農家が集う「4Hクラブ」という団体が全国各地にありますが、北上市では賢さんが入った7年前、若手農家といえば10人前後でした。しかし、現在は意欲を持った若手農家が30人近くにまで増え、その数は岩手県内でも一番多いといいます。

 さらに、

「最近、いろんなところで『北上って、おいしいお店が増えたよね』って言われます。それは、若手のシェフが増えて、和洋を問わず地元にお店を開いたりしてがんばっているから。

 北上市って実は何十年か前は人口あたりの飲み屋の数が日本一多い街だったんですよ。その風景を、今度は“美食の街”として取り戻したい。

 意欲的な若手農家がいる。やる気のある若手シェフがいる。そうしたヒトたちが20年先、30年先も北上で一緒にやっていくんですから、小さなパイを奪い合うのではなく、お互いが協力しあって北上を盛り上げていけたらいいなって思うんですよ」(賢さん)

 農家とシェフが一緒につくる未来に、賢さんは大きな希望を見出していました。

 

「うるおい春夏秋冬」で働くパートさんは7~8人で地元の女性が中心。カレンダーの働ける日に時間と名前を記入する仕組み。子どもが病気のとき、急な用事があるときなど、いつでも休んでOK。人手不足も働きやすい環境をつくることで解消しています。

すでにはじまっていた夢の種蒔き。

 「うるおい春夏秋冬」では、レストランに野菜を届ける仕事は、すべて賢さんが行っています。それは、日頃からシェフとコミュニケーションを深め、信頼関係を築くためですが、「北上市をサン・セバスチャンのような街にしたい!」と思うようになって、賢さんはシェフとのコミュニケーションに一層チカラを入れるようになります。それは、農家とシェフが一緒につくる未来へ向かっての夢の種蒔きでした。

 その取り組みが功を奏したのか、近年はシェフと賢さんがコラボするイベントも増えてきました。9月2日(日)には賢さんの畑にテントを張り、大空の下で収穫体験を楽しみながら、北上市内の4人のシェフとともに北上産の旬の食材を使った料理で50人の参加者をおもてなしするイベント「畑の春夏秋冬(ひととせ)×タヴェルナ収穫祭」を開催し、大盛況でした。

 さらに、賢さんは北上市の産地直売所「あぜみち」で市内の人気シェフや料理研究家を招いて、旬の食材を使った料理教室を発案。今年度は5月と7月に開催し、こちらも大盛況で9月20日、11月14日も開催する予定です。

「『あぜみち』は隣の花巻市や、飲食店のプロも買い物にくるぐらい、いい食材がいっぱい揃うところなんです。そこで料理教室をやって、シェフにレシピも提供してもらって、変わった野菜や珍しい西洋野菜も気軽に手に取りやすいように並べて、レシピを見ながら買い物ができたら、レストランの宣伝にもなるし、北上の食材のアピールにもなると思って発案したんです。 自分としては、そこにシェフのポスターもずらりと並べたい! “生産者の顔が見える”産直っていっぱいありますけど、“シェフの顔まで見える”産直ってないじゃないですか。これやったら面白いと思うんだけどなあ」(賢さん)

 そういってアハハと笑う賢さんのアイディアは尽きません。

 「北上市をサン・セバスチャンのような街にしたい!」 それは突拍子もない夢にも思えますが、アハハとおおらかに笑いながらアイディアを次々に口にする賢さんを見ていると、そんなに不可能なことでもないような気がしてくるから不思議です。

 その取り組みを「いやあ、半分遊びみたいなもんですよ」と賢さんはまた笑い飛ばすかもしれません。しかし、そう言いながらも彩り鮮やかな七色の野菜を私たちに届けてくれたヒトです。この夢も、いつかきっと……。

  

「うるおい春夏秋冬」の野菜は、賢さんの好きな老荘思想の太極図をモチーフにした緑のロゴが目印です。

◇9月2日(日)に開催されたイベント「畑の春夏秋冬(ひととせ)×タヴェルナ収穫祭」の詳細はこちら

◇賢さんは「シェフの顔まで見える産直」をめざして、産直「あぜみち」にてシェフと農家さんのコラボによる料理教室を開催! 興味のある方はこちら!

(了)

うるおい春夏秋冬(ひととせ)  

岩手県北上市相去町相去64

TEL/080-4004-8829

北上産地直売所「あぜみち 

岩手県北上市流通センター601-8

TEL/0197-71-1338

2018-09-14|
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