音楽や芸術をもっと身近に。 コロナ禍でも止まらない 「さくらホール」の挑戦。

北上市文化交流センター  さくらホール

【一般財団法人 北上市文化創造】

企画事業課    千葉真弓

         高橋裕亮(ゆうすけ)

舞台技術(照明)   佐藤 忍

舞台技術(音響) 佐藤辰也

利用サービス課  及川りえ子

コロナ禍で、公共ホールにできることとは?

 地元のアーティストが出演し、プロの歌声で楽しい手洗い動画を手づくりした「てあらい、うがいできるかな?」。

 舞台照明色の「アンバー」(#31)と呼ばれる夕焼けのような色でガラス張りの建物を彩り、コロナ禍でストレスの多い日々の暮らしに穏やかな時間を届けるライトアップ。

 「右隣は、思いやりの指定席」を合言葉に、ホール内で1つ席を空けての着席を呼びかけ、右隣にぬいぐるみを置いたイメージ写真も話題となったコロナの感染防止の取り組み……。

 コロナの影響によりエンターテインメント業界ではイベントの休止や縮小が相次ぎ、まだまだ先の見通せない日々が続いています。

 そのなかにあっても地域に根ざした公共ホールとして、先に挙げた3つの取り組みのように独自の視点で地域に潤いを届けようと奮闘しているのが、北上市文化交流センター「さくらホール」です。

 一般的に公共ホールは自治体が直接運営する場合と、自治体から指定管理を受けた「団体」もしくは「財団」などが運営する場合がありますが、「さくらホール」は後者。

 同ホールは「イベントのときだけヒトが集まる場ではなく、いつでもヒトでにぎわう“まちの文化広場”」をコンセプトとしているため、「民間の発想で自由に運用できるようにしよう」と2003(平成15)年のオープン以来、管理運営を「一般財団法人 北上市文化創造」が担当しています。

 そのビジョン通り、同財団では公共ホールでは珍しい休館日のない365日オープンに加え、大晦日も深夜までライブを行う企画も成功させるなど、公共ホールの常識にとらわれない自由な発想で、さまざまなイベントを企画・実施。

 さらに1503人を収容する大ホールを筆頭に中・小のホールや、さまざまな文化芸術活動に利用できる多目的ルーム・和室など24ある施設の年間稼働率も9割を超えるなど、多くのヒトに愛される公共ホールとなっています。

 しかし……。

 コロナの影響でさまざまなイベントが休止となり、感染拡大に伴う緊急事態宣言により、年中無休だった「さくらホール」も4月22日(水)から臨時休館に。

 その後は北上市の方針に則り、さまざまなコロナ対策を施しながら5月8日(金)より営業再開となりましたが、24の施設はもちろんのこと、中高校生や一般の方が勉強したり読書したりする姿が多く見られた共有ゾーンにもかつての風景はありません。

 しかし、それでも「今できること」にチャレンジし、withコロナ時代の公共ホールの在り方を模索する「さくらホール」。そこには……。

▲ガラス張りのスタイリッシュな外観が特徴の「さくらホール」。

▲外観はもちろん、21ある多目的ルーム・和室などの施設もガラス張りとなっており、ヒトを空間で“隔てる”のではなく“見える化”することで、
文化芸術活動が身近に感じられる仕掛けに。そのコンセプトが評価され、2004年度グッドデザイン賞(建築・環境デザイン部門)を受賞するなど、
さまざまな建築賞を受賞しています。

▲以前は施設の年間稼働率が9割を超え、誰でも利用できる共有ゾーンも中高校生や一般の方の姿が多く見られましたが、コロナの影響で現在は……。

東京から北上市へ。地域にひらかれた公共ホールの可能性を信じて。

 東京都八王子市出身の千葉真弓さんが「さくらホール」のことを知ったのは、およそ18年前。東京にある音楽大学でアートマネジメント(文化芸術の運営)について学んでいるときのことでした。

「私がお世話になったゼミの先生が『さくらホール』の建設にかかわった方で、『面白いホールができるよ』という話をされたのがきっかけです。

 公共ホールは全国にありますが、当時はハコモノ行政の最たるもので、『立派な建物をつくって終わり』という感じで批判されることが多かったんです。

 でも、『さくらホール』は大・中・小のホール以外に、多目的ルームなどガラス張りの施設が21もあって、そこで市民の方が日常的にいろんな文化芸術活動をするというコンセプトが本当に珍しくて、私のなかに強く印象に残ったんです。

 一般的に東京をはじめ大都市の公共ホールはどれくらい先進的な取り組みを行うかというのがステイタスになってきます。

 その一方で地方の公共ホールは、子どもからお年寄りまで、その街で普通に暮らしている方がどれだけ日常生活のなかで楽しいことを見出していけるか、それに公共ホールがどのようにかかわっていけるかというのが大切になってきます。

 子どもからお年寄りまで、いろんな世代のヒトたちが日常的に文化芸術に触れられて、自分の生活を豊かにしていける街をつくっていくこと……。

 文化芸術の運営について学んだ大学の4年間を通して、そういう取り組みに携わりたいという想いが強くなったときに『さくらホール』のことを知って、『ここでなら』と思ったんです」(真弓さん)

 イベントのときだけヒトが集まる場ではなく、いつでもヒトでにぎわう“まちの文化広場”をめざして……。2003(平成15)年に誕生した「さくらホール」のオープニングスタッフのなかには、同年春に東京の音楽大学を卒業し、北上市に移住してきた真弓さんの姿がありました。

▲歌舞伎、演劇、コンテンポラリーダンス、クラシック、オーケストラなど、初心者にはちょっと敷居が高くて解説がないとわかりづらいような分野の魅力を、
さまざまな企画を通して地域の方にひろく知ってもらうことが真弓さんたち企画事業課の仕事です。

ホールを飛び出して地域の中へ。改めて実感した音楽のチカラ。

 公共ホールは自治体が直接運営する場合と、自治体から指定管理を受けた「団体」や「財団」などが運営する場合があるという話は最初に触れましたが、文化芸術に精通する民間の財団などに運営を任せることは、自由な発想で文化芸術を地域にひろめる、より専門的な取り組みが行えるというメリットもあります。

 「さくらホール」での日々を「あっという間の17年間だった」と語る真弓さんは、同ホールを運営する「一般財団法人 北上市文化創造」の企画事業課の一員として長く「創造支援」という取り組みに携わってきました。

 そのなかでも真弓さんが長くかかわっているのが、2006(平成18)年からスタートした「アウトリーチ」(訪問コンサート)。

 公共ホールといえば施設の貸出が事業のメインとなりがちですが、「さくらホール」ではそれにとどまらず、さまざまなアーティストさんと一緒に施設を飛び出し、地域の拠点や学校などで4回にわたって一流の演奏を披露。

 そして最後に「さくらホール」でコンサートを開き、最高の音楽空間のなかでの演奏をご家族で楽しんでもらうというのが「アウトリーチ」です。

 この取り組みのなかでも忘れられないのが第1回目の光景……。

「全4回の訪問コンサートを終えて、最後のコンサートをさくらホールで開いたとき、子どもたちがご家族の方をたくさん連れて来てくれて、450席の中ホールが満席になるぐらいでした。

 『面白かったから行こうよ』と子どもたちがご家族の方をたくさん誘ってくれたんだなって思ったら……。あの光景は忘れられないですし、改めて音楽のチカラを実感しました。

 アウトリーチは100回以上行っていますが、これを続けることで子どもたちが今まで嫌いだった音楽を好きになったり、演奏家に憧れたりすることはもちろん、本気で仕事をする大人の姿を知ってもらうきっかけにもなります。

 それは、子どもにとっても大人にとっても良い出会いになると思って続けています」(真弓さん)

 この取り組みは2014(平成26)年よりさらに発展。それまで演奏家さんを東京から呼んでいたそうですが、地元の演奏家さんも参加するように。

「当初は地元の演奏家さんを育成することが目的でしたが、最近では小さな子ども連れのご家族や障がいがあって大ホールで2時間じっと座ってコンサートを聴くことが難しいという方にも音楽を楽しんでもらいたいと、小さなコンサートを一緒に企画して開催したりもしています。

 『てあらい、うがいできるかな?』という動画も、地元の演奏家さんたちとつながりがあったからこそ、すぐにカタチにして発信することができました。コロナの影響で、残念ながら東京からアーティストさんを呼ぶことは難しくなっています。

 でも、私たちには地元の演奏家さんとのネットワークがあるので、コロナ禍でもアウトリーチをはじめいろいろな活動ができるのは、本当にありがたいことだと思っています」

 そう言って笑顔を浮かべる真弓さん。コロナの影響で東京とのヒトの行き来にも配慮が求められる昨今ですが、「さくらホール」がこれまでコツコツ積み上げてきた取り組みが今、大きな財産となって、コロナ禍での活動を支えています。

▲真弓さんが地元のアーティストさんと手づくりした「てあらい、うがいできるかな?」の動画は「さくらホール」でご覧いただけます。もちろん、YouTubeでも。動画は、こちら!

▲真弓さんが企画した歌舞伎のイベントは、今年は残念ながら休止となりましたが、毎年公演が開かれるようになるなど、定番のコンテンツに。

▲誰でも弾ける「ストリートピアノ」を「さくらホール」の入り口に置いたのは今年の6月。小中学生が弾いたり、演奏会で訪れたピアニストが弾いたりするなど、
来館者が少なくなってしまったホールに微笑ましい彩りを添えているそう。この取り組みは9月末まで。 

東京に行かなくても、最高の音楽と出会い、学べる北上市へ。

 真弓さんと一緒に企画事業課でさまざまな自主事業を手掛けているのが、北上市出身の高橋裕亮(ゆうすけ)さんです。

 中学・高校時代は吹奏楽に夢中だった裕亮さんは、高校を卒業するとプロのトランぺッターをめざして東京の音楽大学へ。そこで才能豊かな演奏家たちと出会い、一流の音楽に触れるうちに……。

「ボクが中学とか高校の頃は、一流の演奏家の方の音楽を身近で聴いたり、ましてや直接演奏のやり方を教えてもらったりする機会なんてほとんどなかったってことに改めて気づかされたんです。

 東京に行かなくても北上で一流の演奏家の方の音楽が聴けたり、学べたりする機会があればいいのに、と思うようになって……。それからですね。そういう機会をつくるヒトになりたいと思うようになったのは」(裕亮さん)

 東京の音楽大学で大好きなトランペットを学ぶ充実した日々のなかで、少しずつ「自分が本当にやりたいこと」が見えてきた裕亮さん。そんなとき、よみがえってくるのが地元で吹奏楽に夢中だった頃の記憶。

「当時は『北上市民会館』(さくらホールの前身)だったんですが、ボクたちがそこで定期演奏会などの練習をやっていると、いつも隣に来てニコニコ見ているヒトがいたんですよ(笑) 

 知らないヒトなんですけど、『きっと市民会館のスタッフの方なんだろうな』とか思いながら、ボクたちもふつうに演奏していたんですけど、そのヒトは本当にいつも楽しそうでした。

 それを見ていて子ども心に思ったんですよ。『市民会館のスタッフになれば、ずっとタダで定期演奏会を見られるんじゃないか』って(笑)※」(裕亮さん)

※裕亮さん追記コメント:実際に入ってみたら、もちろんそんなことはなくて(笑) 仕事中はお客さまの対応で忙しいので、休みにチケットを買って鑑賞しています。

 そんなとき「さくらホール」のオープニングスタッフの募集があり、裕亮さんはスタッフのひとりに。遂に北上市でも一流の音楽が聴ける・学べる機会をつくるヒトと、地元の学生たちの演奏会をそばで聴けるヒトになりました。そして、裕亮さんの夢が動き出します。

▲「さくらホール」にはエフエム岩手(76.1MHz)のサテライトスタジオも完備。毎週金曜(19:30~19:55)には
「さくらホール」のスタッフや関係者が登場し、同ホールの最新情報をお届けする番組「スタジオさくらーと」を生放送!
FM番組の運営は全国公立文化施設では「さくらホール」が初だそう!

▲ちなみに、企画事業課の同僚である真弓さんと裕亮さんは、年齢も一緒で同じ音楽大学に通っていたそうですが、それを知ったのが
「さくらホール」のオープニングスタッフとして顔を合わせたとき。「彼女は地域の劇場を活性化させるアートマネジメント科にいて、
ボクは演奏家(トランペット)のコースにいたということもあって、会ったことがなかったのかなとは思うんですが……。なぜか彼女は
ボクの隣にいたイケメンのトランぺッターのことは知っているらしいんですよ(笑)」と裕亮さん。

▲「さくらホール」独自の創造支援事業を支えるお2人は、「さくらホール」という不思議な縁でつながった盟友でした。

お客さまもスタッフも一緒に、これからもみんなでつくるホールへ。

 これまでの17年間を振り返って、裕亮さんは「さくらホール」のことを「お客さまもスタッフも一緒に、みんなでつくってきたホール」という言葉で表現します。

「“劇場”って敷居が高いイメージがあると思うんですよ。でも、『さくらホール』はそういうことはなくて、『施設を貸してやる』というような上目線でも決してありません。

 『禁止』という言葉も極力使わないようにして、お客さまと一緒にルールをつくってきたし、施設の貸し方についてもお客さまの意見を取り入れながら、みんなでつくってきて、今があります。

 例えば、7月からスタートした『右隣は、思いやりの指定席』という取り組みは、1つ席を空けてソーシャルディスタンスをとって座りましょう、ということなんですが、ふつうに考えればホール内の席に紙を貼りつけておくと思うんです。

 でも、あえて席に用紙を置いて自由に動かせるようにしたのは、なかには赤ちゃんや小さなお子さんを連れたお母さんやお父さんがいて離れて座るのは現実的に難しいというときに、用紙を自由に移動してもらえばいいと考えての取り組みです」(裕亮さん)

▲裕亮さんが企画した「右隣は、思いやりの指定席」のイメージ写真。

 右隣にぬいぐるみを置いたイメージ写真も話題となりましたが、「さくらホール」が行う自主事業では、ぬいぐるみを持参し、右隣に置いてもらうこともOKとのこと。

 2020年8月現在「さくらホール」では、3密回避・マスク着用・検温・手指消毒などさまざまな対策を施しながら、政府の方針に基づき収容人数も50%に制限してイベントを開催しています。

 しかし、そうした取り組みだけでなく、気持ちの部分でもお客さまに寄り添いながら、withコロナの時代も楽しく過ごせる劇場空間をお客さまと一緒につくっていこうと挑戦し続ける「さくらホール」。

 お客さまもスタッフも一緒に、みんなでつくるというスタイルは、コロナ禍でも変わりません。

▲今年は中止となりましたが、「さくらホール」の夏休みのビッグイベントといえば、例年1000人以上が集まる大盆踊り「さくら盆ジュール」。
裕亮さんが担当するようになってからは、地元でブラスバンドをやっているヒトはもちろん、昔やっていたヒトや初心者でも楽器を持ってくれば
気軽に参加できるように。昨年は地元の盆踊り「北上おでんせ」をブラスバンドバージョンに編曲。それに合わせてみんなで踊り大盛況に。

公共ホールの“あかり屋”として、地域に寄り添う灯りに想いを込めて……。

「観に来てくださったお客さまの拍手があって、その拍手をもらって喜ぶアーティストがいて、その姿を見てさらに会場が盛り上がって……。私が照らした灯(あか)りの下で、そういう連鎖がひろがっていくのを見ていると、本当にうれしくなるんですよ」

 照明という仕事(“あかり屋”と呼ぶそう)の魅力を尋ねられ、少し照れながらそう答えるのは、この道30年のあかり屋・佐藤 忍さんです。

▲ライトアップの準備をする忍さん。

 忍さんは2011(平成23)年4月から「さくらホール」の舞台照明を担当しており、現在、同ホールの技術スタッフは照明・音響を合わせて8名。

「私も他の公共ホールで働いたりもしてきましたが、技術スタッフがこれほどいるホールは東北でも少ないと思います。

 もちろん予算の問題もあってのことだとは思いますが、ホールを運営するうえで技術スタッフがいかに大切かという理解と信頼があってのこと。そういうところで仕事ができるのはすごくやりがいがあります」(忍さん)

 しかし、技術スタッフが8名もいるということはそれだけ仕事量も多く、コロナ以前の「さくらホール」では大きなイベントが開催される週末の金・土・日曜日にそれぞれ別のイベントが入ることも。

「本来であれば、例えば明日の10時の本番のために夜に舞台の準備をしてリハーサルをして明日に臨むんですが、別のイベントが立て続けに入ると、『どこで準備するんだよ』と(笑) 

 『イベントが明日、明後日入りますけど、いいですか?』と“前日”に聞かれることもよくありますし(笑)

 でも、準備やリハーサルのことを考えると現場は確かに大変ですが、『ホールを使いたい』と言ってくださるお客さまがいらっしゃるということは、それだけですごく幸せなこと。

 ですから前日に言われても『できません』と言ったこともありませんし(笑)、むしろお客さまのリクエストにもできるだけ応えるようにしようと思って取り組んでいます」

 そう言って笑顔を浮かべる忍さんですが、現在は照明の仕事よりも全体の管理が仕事の中心だそう。施設の稼働率が高い「さくらホール」の現状を考えると、技術スタッフを適切に配置し、現場をスムースに回すという管理の仕事は重要であり、忍さんはそこに大きなやりがいを感じています。

 しかし、コロナの影響でイベントが次々に休止に……。

「コロナの影響が出る前は本当ににぎやかでした。毎日毎日、大ホール、中ホール、小ホールのみならず、ホワイエ(誰でも利用できる共有ゾーン)でもライブをやったりしていましたから……」(忍さん)

 コロナ以前の日々をしみじみと語る忍さんが、にぎやかだったかつての風景が失われた「さくらホール」にあたたかな灯りをともしたのは7月の毎週月曜日の夜のこと。ガラス張りの白い建物がやわらかなオレンジ色で彩られる様は、夕陽に染まるパルテノン神殿のようでした。

 この取り組みは、音楽や舞台芸術などを裏方として支えるスタッフやイベント従事者が、全国各地で同時刻に舞台照明色の「アンバー」(#31)と呼ばれるオレンジ色の灯りをともすライトアップイベント「ジャパン#31プロジェクト」の一環。(詳細は、こちら!

 忍さんはそのライトアップを、「ろうそく」の灯りをイメージしてつくったそう。そこには、コロナ禍により多くのストレスや不安を抱えている地域のみなさんへ、「ろうそく」の灯りのように眺めているだけで穏やかな気持ちになれるひとときを届けたいという想いが込められていました。

 少しずつイベントが増えてきているとはいえ、ホールの収容人数は50%に制限されるなど、まだまだ先の見えない現在ですが、忍さんは公共ホールの“あかり屋”として、地域の方たちがまたたくさん訪れ、満席となったホールを照らす日を楽しみに、今日も“あかり屋”の仕事に想いを込めます。

▲若手スタッフを育てることも忍さんの大切な仕事。「彼女は外部スタッフで、私の後継者になるわけでもないんですが、同じ業界の先輩として
若いヒトたちが岩手でもやりがいを持ってこの仕事を続けていけるように私が知っていることは教えてあげたいと思っています」と忍さん。

▲「さくらホール」では24ある施設だけでなく、誰でも利用できる共有ゾーンでもイベントを開催。この春には、
共有ゾーンのにぎわいを創出するアイデアを市民のみなさんと一緒に考え、カタチにしていく「さくらホールミーティング(SHM)」も始動。
コロナの影響で延期となっていたミーティングも8月に3回開催され、そのアイデアは11月に「さくらフェス」(仮)として
カタチにしていくとのこと。お楽しみに!

いつでも最高の音を。いつでも帰ってこられる場所を。

 この道35年を超えるベテラン音響マンの佐藤辰也さんは、およそ1億7000万円の予算を投じ2カ月かけて行われた大ホールのスピーカーリニューアルの工事がこの7月に無事終わり、ホッとひと息。

「2年前にミキサーなどの入力系のリニューアルを行ったばかりなんですが、時を同じくしてアンプやスピーカーなどの出力系の故障が多くなってきて、市の理解もあって今回のリニューアルになりました。

 私は『さくらホール』がオープンする際には、ホールで使用する楽器や機器の選定にも携わりましたが、大ホールのスピーカーはオープン当時からずっと利用してきたもの。そのリニューアルに携われるのは本当にうれしいことですね」(辰也さん)

 オープン以来、「さくらホール」の“音”を任せられてきた辰也さんは、このリニューアルを見越して10年以上前からさまざまな劇場用スピーカー視聴会に出向き、今後の運用に最適な製品を検討してきたそう。

 それだけチカラのこもった今回のリニューアルですが、そのコンセプトは「1階の最前列から3階の最後列まで、ひとりひとりにクリアで美しい音が立体的に届くように」すること。

 最高の音をホールの隅々まで。ホールを訪れたすべてのヒトへ……。公共ホールの音響マンとしての強い想いがそこにあります。

 そんな辰也さんの毎日の日課が、ホールで管理する楽器などを見回り、音をチェックし調整すること。

「一般的なものから、プロが使う1セット100万もするようなドラムなどマニアックなものまで、いろいろ揃っています。ギターアンプやベースアンプも有名なフェスで使うような大型のものも結構あって面白いですよ。

 『さくらホール』にはこうした楽器や機材はもちろん、バンド練習ができる部屋や録音スタジオもあって、ライブまでできる。こんな公共ホールは他にはあまりないでしょう

 私も学生のときにバンドをやっていましたが、『自分たちが学生の頃にこういうところがあったら、すごく幸せだったろうな』って思うんですよ。

 ですから、いつ来てもいい音が出るように調整だけはきちんとしておきたいんです」(辰也さん)

 そう語る辰也さんに、オープンから17年間のなかで印象的だったことを尋ねると……。

「私も学生の頃にバンドをやっていたせいか、バンドをやっている高校生たちは特に印象に残っています。

 そういう子たちとはバンド練習のときから知り合いになって、録音スタジオで一緒に相談しながらCDをつくって、ここでライブも開いてくれて、それを手伝って……。

 プロになる子もいれば、進学や就職でバンドから離れる子もいて、でもそういう子が大人になって『子どもができました』って遊びに来てくれて、また音楽をはじめて、それをお手伝いする……。

 私も他の公共ホールで働いたりもしましたが、地域の方に寄り添って、そういう深いところまでお付き合いできる場所って、そうそうない。ここで働けてすごく良かったなと思います」(辰也さん)

 いつでも最高の音を。いつでも帰ってこられる場所を。その日のために、辰也さんは今日も楽器や機器の音に耳を傾けます。

▲大ホールのスピーカーリニューアルに合わせて「さくらホール」では8月7日(金)8日(土)の2日間、新スピーカーのお披露目会を兼ねた
3つのイベントを開催。写真は音の伝わり方を実験を通して学びながら、大ホールの新スピーカーの魅力を体感するバックステージツアーの様子。
舞台上で説明しているのが辰也さん。ツアーの詳細は、こちら!

▲大ホールの音響ルームにて。

▲辰也さんが音響マンになろうと思ったきっかけは学生時代のこと。知り合いの楽器屋さんが開くライブに参加するため会場に行くと、
そこでひとり偉そうに座っているヒトがいて興味を持ったのが最初だそう。

臨時休館の辛い体験を乗り越えて。少しずつでも前へ。

 北上市出身の及川りえ子さんは「さくらホール」のオープン以来、施設の貸出や公演チケットの予約・販売などの窓口業務を担当しながら、ホールを利用するさまざまなお客さまと出会ってきました。

▲りえ子さんが働くサービスセンター。一般的な劇場や公共ホールの敷居の高いイメージとは違い、誰でも気軽に利用してもらえるようにと、
明るく開放感のある雰囲気を大切にしている点が「さくらホール」の考え方を象徴しています。

 そんなりえ子さんに印象的な出会いを尋ねると……。

「いろんなお客さまが訪れるにぎやかな場所なので、面白い出会いがいっぱいあります。

 毎週のように顔を合わせているうちにお客さま同士が親しくなって、気がついたら新しいバンドができていたり。子どもの頃によく来ていた子が最近見かけないと思っていたら、成人式の日に大人になって帰ってきたり。いつの間にか自分の子どもを連れてキッズルームで遊んでいたり(笑) 

 お客さま同士の交流から新しいことが生まれて、子どもから大人へと成長する姿が見られて、そういうことが日常的に見られるのが『さくらホール』の魅力です」

 楽しそうにそう語るりえ子さんですが、コロナ禍で辛い経験も……。

「緊急事態宣言を受けて4月22日(水)から5月7日(木)まで臨時休館になったときのことです。

 お客さまが誰もいない静まり返った館内で、中止になったイベントや貸出施設の払い戻し作業を黙々とこなす仕事は辛かったですね。

 お客さまとの会話もお電話で返金額のお知らせや振り込みのご案内をすることと、お客さまからのイベント開催の問い合わせに『中止になりました』とお答えするだけで、イベント中止と知って残念がるお客さまの声を聞くのも……。

 『さくらホール』は東日本大震災のときなど特別な場合を除けば基本的に年中無休でやっていて、そういうことは今までほとんどなかったので……」(りえ子さん)

 その後、緊急事態宣言の解除により5月8日(金)から営業を再開した「さくらホール」。現在はホールの収容人数を50%に制限してですが、それでも少しずつイベントも開催されるように。

 そこで、施設の利用状況をうかがうべく、「24ある施設の稼働率は9割を超えていたそうですが現在は」と尋ねると……。

 「7月の小ホールは100%だったんですよ!」と即答するりえ子さんの声にもチカラがこもります。

 今でこそコロナの影響でホール内の人影もまばらですが、多くの方に利用されていた「さくらホール」に少しずつですが、かつてのにぎわいが戻りつつあることが、臨時休館を経験したりえ子さんには特別にうれしい様子。

 と言っても、まだまだ先の見えないwithコロナの時代。イベントのときだけヒトが集まる場ではなく、いつでもヒトでにぎわう“まちの文化広場”をめざして突き進んできた「さくらホール」が、かつてのにぎわいを取り戻せるようになるのは……。

 それでも前を向いて、地域に寄り添いながら奮闘する「さくらホール」。withコロナの時代も、地域に文化芸術の魅力をひろめる、その歩みは止まりません。

▲館内には、スタッフが描いた疫病退散の妖怪「アマビエ」のかわいいイラストがあちこちに。

▲昼間のホール内の様子。誰でも利用できる共有ゾーンでは、複数あったテーブル席の椅子も1つに。

▲夜の様子。オープンは22:00まで。ちなみに多目的ルームや和室などの利用料は1時間250円~とリーズナブル。

▲イベントなども開催される共有ゾーン「ホワイエ」。

(了)

北上市文化交流センター  さくらホール

岩手県北上市さくら通り2-1-1

Tel/0197-61-3300

開館時間/9:00~22:00(12/31~1/3は9:00~17:00)

 ※保守点検のため、利用時間を制限する日が月に1・2回あります。

休館日/なし(年中無休)

(指定管理者:一般財団法人  北上市文化創造)

2020-08-31|
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