武藤工業株式会社 東北事業所
所長 千葉繁樹
製造 平 和朋(かずとも)
製造 本舘拓也
製造 岩間 龍
高信頼のものづくりを内側から支える「熱処理」という仕事。
日本刀をつくる「刀鍛冶」の工程のなかに、真っ赤に熱した鉄をハンマーで叩いたあと、冷水につけ込む作業があります。
「焼き入れ」と言われるこの作業は、熱した鉄を急激に冷却すると「組織が硬くなる」という性質を利用したもの。その作業を行うことで日本刀の強度を高める狙いがあり、そこから派生して「ゆるんだ気持ちを引き締める」というような意味で「焼きを入れる」という言葉も……。
少し話がそれましたが、こうした伝統的な技術は品質と性能において高い信頼性が求められる現代のものづくりの世界でも重要な役割を担っています。
それが「熱処理」という仕事で、さまざまな製品に使用される部品のなかでも特に重要な金属部品に対して、刀鍛冶の「焼き入れ」のように加熱と冷却の作業を実施。
そうすることで金属部品のカタチはそのままに、金属材料の「硬さ」はもちろん「強さ」「粘り」「耐衝撃性」「耐摩耗性」「耐腐食性」「切削性向上」など、部品の利用目的に合わせてその性質を最大限に伸ばすことが可能になります。
例えばクルマの場合。使用されている部品はおよそ3万点とも言われますが、金属材料でつくられた部品はそのうちのおよそ25%。
さらにその中でもクルマの性能や安全を確保するうえで重要な「エンジン」や、エンジンからの駆動力をタイヤに伝える「ドライブシャフト」などの部品に「熱処理」が施されています。(「日本金属熱処理工業会」のパンフレットより)
こうした部品は、過酷な運動を長時間継続したり、高熱に長時間耐えたり、繰り返しかかる荷重を支え続けたりするなど、通常の部品よりも求められる品質と性能はよりハイレベル。
その部品一つひとつに「熱処理」を施し、用途に応じて必要とされる性質を伸ばすことで製品自体の品質と性能をさらに高め、より快適で安全にクルマを利用できるように……。
部品のカタチは変えずにその性質(組織)を変えるため、見た目に変化はありません。
しかし、高い品質と性能が求められる現代のものづくりを内側から支える「熱処理」という仕事は、クルマ・航空機・船舶などの輸送機械から、建設・産業機械、家電製品や工具、さらには精密機械などまで、幅広い分野の金属部品に活用されており、私たちの快適な日々の暮らしを見えないところで支えている仕事とも言えます。
「武藤工業株式会社 東北事業所」は、そんな金属の「熱処理」を専門に行う会社として北上市に2011(平成23)年10月に誕生。まだ操業から10年に満たない若い会社ですが、すぐれた技術力と「熱処理」に込める熱い想いにより、現在では「困ったら武藤さんだよね」と高い信頼を集めるまでに。
その成長を支えるものづくりへのこだわりと熱い想いの原点とは?
工場もないままスタート。10年以上の営業で培った“出会い”に感謝。
神奈川県に本社があり、金属熱処理専門の技術者集団として40年以上の歴史を誇る「武藤工業株式会社」。その東北エリアの事業拠点として誕生した東北事業所ですが、スタート当初は工場もありませんでした。そうしたなかで同事業所のかじ取りを任されたのが、所長を務める千葉繁樹さん。
千葉さんは北上市のお隣りにある花巻市の高校を卒業後、企業に金属材料を販売する会社に就職。そこで10年以上にわたって営業の仕事に従事していました。その経験を武器に、まずは営業活動に注力。
「最初は『5年以内に工場をつくること!』を目標に、まずは営業所としてスタートしました。前職で培った知識を生かしながら営業活動をしていると、熱処理に対する反響も徐々に 高まってきて、『半年後には工場をやろう!』と社長から声があがりました」(千葉さん)
そうした地道な活動が功を奏し、2012(平成24)年10月に工場が立ち上がるまでに東北各県に50社ほどお客さまを持つまでに。
しかも、工場の本格稼働に際しては本社から熟練した熱処理技能士が派遣され、仕事の受注も少しずつ増え、当時は無我夢中だったそうですが、それでも振り返ってみれば順調なスタートに。
しかし、「短納期」への要望が高まっていたという時代のニーズもあったとはいえ、順調なスタートが切れたのも、「それまで培った営業の経験があったから」だと語る千葉さんは、さらに言葉を続けます。
「当初は工場がないにもかかわらず、それでも武藤工業に仕事をお願いしてくださる会社さんがあって……。
そういうところはやっぱり前職でお世話になっていた会社さんだったりして、営業の仕事でいろいろなヒトと出会えた経験やネットワークが今につながっている……。それは、私の大切な財産になっています」(千葉さん)
千葉さんは営業活動しながら改めて「金属熱処理」の勉強にも励み、2013(平成25)年に「金属熱処理」の一級技能士の資格を取得。さらに厚生労働省が優れた技能と経験を持った技能士に与える「ものづくりマイスター(金属熱処理)」にも認定され、大学や専門学校などで講義を任せられるまでに。
そんな千葉さんですが、金属材料の販売の仕事から金属の「熱処理」の世界に飛び込んで9年。今、その仕事は……。
武藤工業株式会社 東北事業所の仕事
「焼き入れ・焼き戻し」の作業を中心に、「固溶化処理」「焼鈍(しょうどん)」「ベーキング」などさまざまな処理に対応。お客さまのニーズに合わせ、多品種少量にも柔軟に対応しています。写真は真空熱処理炉。
■月間1万アクセスを超える人気を誇る「熱処理Q&A」
「熱処理」で40年以上の実績と経験を礎に、お客さまの「困った!」を解決。
「金属熱処理の仕事は、面白い世界ですよ」と語る千葉さんは、さらに言葉を続けます。
「熱処理って、部品のカタチを変えずに中身の組織(性質)を変えることなんですけど、より効果をあげるためには、前後の工程もきちんと理解していないとできないんですよ。
もちろん、言われたことをやるだけなら熱処理の仕事だけをしていればいいんですが、それだけでは根本的なお客さまの課題解決にならないことも多いんです。
例えば、うちは自動車部品や半導体部品、それから金型を扱うことも多いんですが、部品も金型もモノである以上はやっぱり使っていると壊れます。
そんなとき、部品や金型はもうカタチが決まっていて変えられない。でも、次につくるときに同じようにやってしまっては、また壊れてしまう。
それを『もっと壊れにくくするためにはどうすればいいんだろう』というような相談をよく受けるんです。
そこで、前後の工程もわかっていれば、『この材料に変えて、こういう熱処理をすればもっとよくなりますよ』というような、より踏み込んだ提案もできます。
そういう風に職人さん(お客さま)たちと相談したり、アイデアを出し合ったりしながら、ものづくりに関われるというのは楽しいですし、自分が提案した方法が採用されてものづくりが進んで、『あれは良かった。困ったらやっぱり武藤さんだよね』とお客さまに言っていただけると、すごくうれしいです」(千葉さん)
「熱処理」の分野で40年以上の歴史を刻む「武藤工業株式会社」の強みは、長年の経験と知識に基づいた「仮説力」と「提案力」と「対応力」にあるとのこと。
「短納期」と「多品種少量」というニーズに応えるだけでなく、幅広い知識と経験をバッグボーンに事前打ち合わせの段階から予想される結果やリスクを提示できる「仮説力」。さらにそれを踏まえて、より良い手法を提示する「提案力」と、それを実現する「対応力」。
そして何よりも、お客さまの「課題」に一緒になって取り組み、より良い製品に仕上げようとする情熱が、「困ったら武藤工業」という確かな信頼に。
それが北上市、ひいては岩手県という枠を超え、東北6県をフィールドに年間200社を超える企業と取り引きするまでに成長した「武藤工業株式会社 東北事業所」の大きな強みとなっています。
そして、そこに大きなやりがいを感じているのが、千葉さんとともに働く若き熱処理技能士たちです。
20代の若手技能士たちに受け継がれる「武藤工業」のスピリッツ。
28歳の平 和朋(かずとも)さんは花巻市にある職業訓練施設で機械加工と溶接を学んでいました。しかし、就職する際に「熱処理」という言葉を初めて目にして興味を持ち、入社を決めたそうですが……。
「本当に何もわからないまま入社して、何もわからないまま時が経ったという感じです(笑)
でも、わからないからこそ一つひとつの作業が新鮮で、面白くて、仕事がわかってくるとさらに楽しくなってくるんですよね」
そう言って笑顔を浮かべる平さんですが、この仕事に携わって6年目を迎えた現在、新たな目標が出てきました。
「例えば表面処理のこととか、熱処理以外の行程の知識が自分にはまだまだ足りない。そこをこれから学んで知識をひろげていくことで、もっともっとお客さまのご要望に応えられるようになりたいと思っています」(平さん)
また、本舘拓也さんは今年4年目。平さんとは同じ年齢で以前同じ職場で働いていたこともある友人同士。「新しいことにチャレンジしたい」と考えていたとき、平さんにこの仕事を紹介されたそう。
「私も熱処理のことはまったく知りませんでした。実際、熱処理しても見た目は変わっていないですし、『何が違うんだろう?』というところからのスタートでした(笑)
でも、仕事はイチから丁寧に教えていただけますし、本社(神奈川県)での研修ではここでは経験できないことや新しい技術やノウハウなども学べるので、それもいい刺激になっています」
そう語る本舘さん。これまでを振り返って「一生懸命やっていたら、あっという間に……」という感じだそうですが、現在は新たな仕事を任せられ、それが次の目標に。
「現場の仕事と併せて生産管理の仕事も少しずつですが、やらせてもらえるようになりました。
納期の調整や製品の品質管理などからはじめていますが、いろいろな仕事に携われるので、これを機会に現場もデスクワークもオールマイティにこなせるようになれたらと思っています」(本舘さん)
岩間 龍さんは今年3年目。本舘さんとは以前働いていた職場が一緒で、転職を考えていたとき本舘さんから紹介され、入社を決めたそう。
ちなみに、この春に入社した男性は岩間さんの同級生。というわけで、「武藤工業株式会社 東北事業所」は友達にも紹介したくなる職場、となるようです。が、さて実際は?
「同世代が多いので、現場は和気あいあいとして雰囲気もいいと思います。
熱処理する際に部品をセットして熱処理炉に入れるんですが、その並べ方も大事で、そういうこともみんなで意見交換しながらできるので、3年目の私にはとても勉強になります。
それにミスをしても『やったことはしょうがない。その代わり、同じ失敗をしないために次はどうするべきかを考える』ことを大切にする社風なので、そこも働きやすい雰囲気をつくっていると思います」
そう語る岩間さんに、仕事のやりがいをうかがうと……。
「3年目の自分も含めて、製造の現場で働いているヒトたちは現場で働くだけでなく、お客さまのところに実際に行って打ち合わせなどをすることも多いんですよ。
そうすると、実際にその仕事をするときはお客さまの顔が思い浮かびますし、『依頼された内容はこうだけど、ここまでやってあげた方がお客さまもラクだよな』と考えて仕事をするようになります。
そうやって自分たちが仕上げた製品に対して『こんなにやってくれてありがとう』と喜んでもらえると、すごくうれしいですし、それがやりがいになっています」(岩間さん)
この春入社した社員も含め全員が20代の若手ですが、千葉さんが体現する「武藤工業」のスピリッツは確実に若い世代にも受け継がれているようでした。
産学連携。3D技術とのコラボ……。「熱処理」の可能性を未来へ。もっと多くのヒトへ。
さて、「武藤工業株式会社 東北事業所」は今後、どのような未来を描いているのでしょうか。
千葉さんは厚生労働省が認定する「ものづくりマイスター(金属熱処理)」として、大学や専門学校などで講義も行っているという話は最初に触れました。そうした取り組みが、未来への種まきにもなっている様子……。
「私というか、武藤工業自体がそうなんですが、新しいことにはどんどんチャレンジしていこうというスタンスで、そういう意味では今後、産学連携などにもチカラを入れていきたいんですよ。
まだ具体的にカタチになったものはないですが、以前は医療品関連の新素材の開発で熱処理の評価が必要だということで、東北大学さんから声をかけていただいて、何度かお手伝いさせていただきました。
ただ、その際は『この条件に対してやってほしい 』 ということでしたが、もっと踏み込んでいろいろな可能性に対しての提案もできるので、そういったことも含めて新しいことにチャレンジしていきたいと思っています。
幸い、工場がある『オフィスアルカディア北上(北上産業業務団地)』には、岩手大学さんの金型技術の開発拠点となる施設や、最先端の3D技術の普及を進める『いわてデジタルエンジニア育成センター』などもあって、そうしたつながりもできているので新しいことにチャレンジできる土壌は他よりもあると思っています。
新しいことにもどんどんチャレンジして、若手たちも仕事の悩みなどを一人で抱え込まず、ちょっと不思議なモノが出てきたら、そういうときもみんなで相談し合って、それぞれが持っている発想とか知識・経験を組み合わせて解決していければ、それがそれぞれの成長にもつながっていくと思うんです。
そうして、一人ひとりの成長が会社の成長につながっていければいいなと思っています」(千葉さん)
2011(平成23)年10月に誕生した「武藤工業株式会社 東北事業所」はまだ9年目の若い会社です。しかし、20代の若手たち一人ひとりの成長が、見えないところでものづくりの“質”を高める「熱処理」の可能性をひろげ、その未来を切り拓いていってくれることでしょう。
「困ったら武藤さんだよね」という言葉を誇りに、北東北に2社しかない「熱処理」専門の会社として北上市で奮闘する若き「熱処理」の仕事人たちの今後を、どうぞ、お楽しみに。
(了)
岩手県北上市相去町西裏63-16 オフィスアルカディア北上(北上産業業務団地) 内
Tel/0197-72-6216
Mail/tohoku@mt-k.com
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