夏油の“雪”を誇りに。 その価値に、さらに磨きをかけて……。 海外も注目するスキー場の挑戦。

夏油高原スキー場(株式会社 北日本リゾート)

代表取締役 菅原三多英(さだひで)

マウンテンインフォメーション 兼 インバウンド担当 佐々木翔平

宿泊担当 ココ(トーマス・ココンタン)、千葉魅月           

インターンシップ ジン(陳 怡均)、タコ(張 芳瑜)

「雪があるってすごいこと」 “暖冬”が気づかせてくれた夏油の財産。

 長野冬季オリンピックが開催されたのは、今から20年以上も前の1998(平成10)年2月のこと。

 その競技会場となり、フリースタイルスキー・女子モーグルで里谷多英選手が金メダルを獲得するなど日本中を熱狂の渦に巻き込んだスキー場が、この2月に雪不足による経営難で営業終了。50年余の歴史に幕をおろしました。

 “雪”は降って当たり前だった、かつての日本……。

 しかし、暖冬が珍しくなくなった昨今、特に今シーズンは日本全国のスキー場が雪不足に悩まされ、スキー大会の中止や延期が相次ぎ、まだシーズン途中の2月に営業を終えるスキー場も出てくるなど深刻な事態となっています。

 北上市の西部に位置する「夏油高原スキー場」の代表・菅原三多英(さだひで)さんも、かつては「スキー場に雪が降るのは当たり前」だと思っていました。しかし、その考えが180度変わったのが、今から4年ほど前。

「その年は暖冬になると前から言われていたんですが、私は暖冬の心配以前に資金繰りに追われてまして(笑)

 本当に首の皮一枚でつながって、なんとか今シーズンもスキー場がオープンできると思ったら、案の定12月になっても雪が降らない。 

 スキー場に雪が降らないとお客さまは来ませんから、稼ぎたくても稼げない。なんとか資金を集めて、ようやくオープンしたにもかかわらず稼げないとなると……。『ああ、これで俺は終わった』と思いました(笑)」(菅原さん)

 しかし、その後に待望の雪が降り、ようやく「夏油高原スキー場」をオープンさせることに。すると……。

「とんでもない数のお客さまがスキー場に来てくださったんですよ。

 他のスキー場が暖冬のせいで雪が降らずにオープンできないということで、お客さまは雪のあるスキー場を自分で探して、わざわざ夏油まで来てくださったんです。

 そのとき、ようやく『雪があるってすごいことなんだ』と気づけました。

 それまではお客さまに来ていただくために、『食べ物をおいしくしなきゃいけない』とか『家族で楽しめるアクティビティもほしい』とか、“滑る”以外のことをアレコレ工夫しようと悪戦苦闘していました。もちろん、それも大事なことではあるんですが、一番じゃない。

 ここはスキー場で、そこにわざわざ来てくださるお客さまにとっての一番の目的は、やっぱり雪の上で楽しく“滑る“”ことなんですよ。

 そのことにようやく気づくことができた……。『雪があるって本当にすごいことなんだ。この雪こそ私たちの財産なんだ。そこを磨いていこう』とシンプルに思えるようになったんです」(菅原さん)

 現在の「夏油高原スキー場」の魅力を体現し、誇りともなっている「豪雪」というキャッチフレーズは、こうして誕生。

 以降、圧倒的な量と質の高い“雪”を全面に打ち出し、その“雪”を求めて多くの外国人スキーヤーもやってくる現在の「夏油高原スキー場」へとつながっていきます。

取材に訪れたのは2月。午前9時のJR北上駅は晴天。
同日の「夏油高原スキー場」。JR北上駅からクルマで30分ほどの近さですが、すっかり吹雪の中に。
暖冬と言われる今シーズン。例年に比べると積雪量は1mほど少ないそうですが、平均積雪量5m20cmを考えると……。
海外からもスキー客が押し寄せる「夏油高原スキー場」は、「豪雪」をキャッチフレーズにPRを展開。
パンフレットには「豪雪」となる理由もわかりやすく紹介されています。その理由は、夏油高原が位置する奥羽山脈と関係が……。

自分の“好き”を求めて。ニュージーランド、秋田を経て、夏油へ。

 菅原さんが代表を務める「夏油高原スキー場」の原点は、1990(平成2)年に第三セクター(地方公共団体と民間企業が共同出資)で誕生したスキー場です。

 北上市にある「夏油高原スキー場」は日本屈指の積雪量を誇る恵まれた環境にあり、一時は入場者数が年間26万人もあったそう。

 しかし、その後は入場者数が激減。経営難から運営会社も1度変わり、菅原さんがそこからさらに事業を引き継いだのが2013(平成25)年6月のこと。

 そもそも、なぜ菅原さんが「夏油高原スキー場」を引き継いだのか……。

 その経緯を簡単にご紹介しておきましょう。その方が、菅原さんがこのスキー場に寄せる想いを深く知ることができると思うからです。

 秋田県出身の菅原さんは、地元の高校を卒業すると関東にある大学に進学。卒業後は自分のやりたいことをとことんやってから一生の仕事を探そうとニュージーランドへ渡り、現地でクルマを購入。旅をしながら、大好きなスキーと釣り三昧の日々を過ごします。そして、運命の出会いが……。

 菅原さんはそこで出会った日本人の方に誘われ、スキースクールのインストラクターに。

 しかも、自分の経験に基づいた独自のレッスンがわかりやすいと評判になり、スキースクールの経営を任せられるほどの信頼を得ます(この出会いが、やがて菅原さんをスキー場経営の世界へと導くことになりますが、それはもう少し先の話)。

 その後、菅原さんは秋田に戻りますが、大きなスキー場となった当時の「夏油高原スキー場」のスキースクールでモーグルを教え、やがてカフェを開くことに。

「実は秋田に戻って最初に始めたのが “釣り屋”でした。実家で父がやっていた釣り船を引き継ぎ、自分の仕事にしようと始めたまでは良かったんですが、船酔いが全然克服できずに、周りからは『船酔い船長』と呼ばれ……。最初の挫折です(笑)

 夏油のスキースクールのインストラクターは冬の出稼ぎ仕事として始めたんですが、夏油は当時から雪の量も雪質も最高でした。

 ただ、これは夏油に限らず、当時のスキー場はだいたいそうだったんですが、そこで出される料理は“ゲレンデ飯”と一般的に言われるようなもので、カレーもレトルトだったりして……。

 『もっと料理にもこだわって、おいしいものを提供すれば、お客さまにも喜ばれるのに』とずっと思っていたんですよ」(菅原さん)  

 そこで菅原さんはカフェをオープンしようと決意しますが……。

菅原さんは“滑り手目線”のスキー場づくりにこだわっており、現在もほぼ毎日ゲレンデに出てスキーをしているそう。
スキー場の安全を守るため、パトロールも菅原さん自ら。

夏油のスキー場でカフェが大繁盛。ブログも大反響を呼ぶも……。

 コーヒーはエスプレッソマシーンを導入し、可愛いラテアートを施して提供。ピザは生地から発酵させ、夏に収穫したイワシでつくる自家製アンチョビも具材に活用。パスタはイカ墨、カレーはジャスミンライスを使った本格タイカレー……と、今でこそ当たり前に見えるメニューですが、10数年前の当時で、しかもレトルトが当たり前だったスキー場で出すメニューとしては画期的。カフェも大繁盛となります。

 さらに菅原さんはブログも活用。積極的な情報発信を毎日行い、お客さまにファンになってもらう取り組みも展開。

「カフェの仕込みのために、いつも朝7時前にスキー場に行くんですが、そのとき最初にやるのがゲレンデの写真を撮ってブログにアップすることでした。そうすると、今日のゲレンデの状態がお客さまにもわかるんですよ。それが、すごく喜ばれました。

 当時、スキー場の情報更新が朝8時ぐらいで、その時間帯はお客さまにしてみれば家を出なければならない慌しいとき。そういう時間帯に情報を発信しても、お客さまには必要な情報が届いていないことになる……。

 今みたいにSNSが盛んな時代でもなかったですから、当時のお客さまにしてみれば朝イチでゲレンデの状態がわかる写真が見られるのはうれしいこと。実際、私が毎日アップする一枚の写真にものすごい数の方が反応してくださったんですよ」(菅原さん)

 しかし、この成功は意外な結末に。

 菅原さんのカフェの売り上げがスキー場直営店を上回り、さらにはそれが直営店の売り上げを下げることにつながると判断され、契約解除に……。

 そんな菅原さんに「長野県でスキー場をやるので、スキー場運営の勉強をしないか」と声を掛けてくれたのが、ニュージーランドで出会った方。

「そちらでは2カ所のスキー場で勉強させていただきました。

 1カ所目はファミリーの方が多く訪れるスキー場で、副支配人として3年。次は支配人として、学生がバスツアーで多く訪れるスキー場を任せてもらいました。本当に自由にやらせてもらえたので、感謝しかありません」

 当時を振り返ってそう語る菅原さんは、長野県でスキー場運営の勉強を深めていくなかで新しい夢を育むことに……。

「いつかは独立して、自分の責任のもとでスキー場経営をやってみたいと思うようになったんです」(菅原さん)

 そんなとき、菅原さんがカフェをやっていた夏油高原のスキー場の運営会社が撤退し、新しい運営会社を探しているというニュースが。

「もちろん、速攻で『チャレンジしよう』と決めました(笑)」(菅原さん)

 釣り船の失敗、カフェの悔しさ……。それらを乗り越えて、菅原さんの新しい夢が動き出します。

ゲレンデと直結した「夏油高原スキー場」のスーパードーム。
その一角に……。かつて菅原さんは、この場所でカフェを営業し、大繁盛していたそう。
スキー場には天然温泉も。スキーやスノボで心地よい汗を流したあとに、ごゆっくりどうぞ。

「日本一滑るスキー場の社長」がめざすのは、“滑り手目線”のスキー場。

「実はカフェをやっている頃から、『俺ならこうやる』という目線でスキー場のことを見ていたんですよ。

 やっぱり当時から運営面でもお客さま目線ではない部分がありましたし、『こんなに雪が豊富でいいコース があるのに、そこが活かされていない』と思っていて、そこにもどかしさを感じていました」(菅原さん)

 2013(平成25)年6月、そうした菅原さんの熱い想いが伝わり、「夏油高原スキー場」の運営を任せられることに。

 しかし、当初は長野県での成功体験を夏油にも持ち込み、同じようなことをしてお客さまを呼ぼうと悪戦苦闘。暖冬を経験して、改めて夏油の“雪”こそ他にはない財産だと気づいた話は、最初に触れました。

 菅原さんはその後、平均520cmという日本屈指の積雪量を誇る夏油の財産=「豊富で良質な雪」を全面に打ち出し、PRを展開。

 他に先駆けて生み出した「豪雪」というキャッチフレーズとともに、SNSや動画を積極的に活用(ちなみに、この動画やSNSの活用もカフェで実践していたブログの経験が活きたそう)。

 また、他のスキー場に先駆けてドローンを駆使した撮影にもいち早く挑み、話題を集めるなど成果をあげていきます。

 さらに、菅原さん自身はそれまでは経営はもちろん営業やスキー場運営など現場の仕事も自分でなんでも率先してこなしていました。しかし、改めてもう一度「滑る楽しさ」を見つめなおそうとゲレンデに出てどんどんスキーをするように。すると……。

「夏油高原はパウダースノーがたくさん降るんですよ。もちろん私もパウダーのゲレンデで滑るのは好きなんですが、そのうちパウダーに飽きるという贅沢病が出てきまして、もっと刺激がほしくなる(笑) 

 通常コースのパウダーではなく、『林の中でパウダーを滑ったら絶対面白いだろう』と思ったんです」

 菅原さんは海外で人気だったバックカントリー (スキー場のエリアを出て自然の山を滑走するスキースタイル) をヒントに、林の中を滑る「ツリーラン」のエリア開拓に乗り出し、自ら率先して活動。現在では「豪雪」「パウダースノー」とともに「夏油高原スキー場」の魅力となっている「ツリーランエリア」 を次々に開拓していきます。

 そして、気づけば「日本一滑るスキー場の社長」と言われるまでに。

 現在では“経営者”である前に、自分自身もひとりの“滑り手”として “滑る”楽しさを満喫し、“滑り手目線”で日本人はもちろん海外から訪れるヒトもワクワクするスキー場に育てていこうと奮闘する日々。

「夏油高原スキー場はもっともっと面白くなる」と確信している菅原さんは、誰よりも夏油の未来にワクワクしているヒトでした。

 そして、そんな菅原さんを支えているのは、30歳の支配人を筆頭に20代の若いスタッフたち。

「仕事はもちろん、方針、人事、給料……。すべて支配人以下、若いスタッフたちに任せています。そうすることで若手が育ちますし、何より私自身がいっぱい滑れますから」

 そう言って微笑む菅原さんの下には、どんなスタッフたちがいるのでしょうか……。

林の中を滑る大好評の「ツリーランエリア」は、自ら先頭に立ち積極的に開拓していった菅原さんのこだわりの結晶。
「日本一滑るスキー場の社長」は、今後は裏山にも「ツリーランエリア」をひろげていきたいと意欲的です。

夏油のポテンシャルに魅せられて。社長に直談判して入社へ。

 佐々木翔平さんは、青森県出身。高校時代に友人の家族に連れられていったスキー場でスノーボードと出会い、トリコに。

 その後、福島県にあるリゾート施設でインストラクターチームのマネージメントの仕事に従事。そこで働きながらお金を貯めて、仲間と一緒に日本全国はもちろん海外にも足を伸ばし、スキー場をめぐるのが大好きだったそう。

 「そのなかで最も魅力的だったのが夏油」だったと語る佐々木さんは、さらに言葉を続けます。

「夏油は雪の量はもちろん雪質もパウダーで最高ですが、まだまだ世の中に知られていないスキー場です。

 でもその分、開拓の余地もいっぱい残っていて、もっともっとカッコいいスキー場に仕上げていくことができる……。そこにすごいポテンシャルを感じました」(佐々木さん)

左が佐々木翔平さん。右はアメリカからやってきた外国人スタッフ。

「スキー場運営のプロフェッショナルになる」ことが夢だと語る佐々木さんは、夏油が持つその可能性に強く惹かれ、ツテを頼って菅原さんの友人とつながり、そこから文字通り直接会社を訪れ、社長室のドアを叩き、菅原さんに直談判して入社したという熱い方。

 夏油で2シーズン目を迎えた佐々木さんは現在スノーモービルツアーやツリーランエリアのガイドに加え、スノーシュートレッキングなど各種アクティビティを運営。

 さらに「夏油高原スキー場」の名物となっている動画の撮影・編集なども担当しています。が、菅原さんはそれ以外にも佐々木さんに大きな期待を寄せています。

「彼にはゲレンデを自由に回って夏油の魅力を掘り起こしてもらって、『こういう企画をしたら面白い』という新しいアイデアとか、『もっとこうしたらスキー場が良くなる』という問題提起とか、そういうことをどんどんやってもらっています。

 やっぱり私ももう年ですし、若い頃のトンガリがだんだんなくなってきているという自覚がある(笑) 

 彼はそこを、私が言わなくてもやってくれていて、思ったことをなんでも率直に発言してくれるんです。

 私は、それがすごくいいことだと思っていて……。やっぱり日本人は思っていても胸にしまっちゃうところがありますよね。

 でも、彼は 『 こうした方がいいんじゃないですか 』 というアイデアや問題提起を毎日のようにあげてくれるので、それに対してすぐ対応できるものは、すぐ実践するようにしています」(菅原さん)

 そんな佐々木さんのアイデアをさっそくカタチにしたのが、今シーズンからスタートした「ファーストトラック」というサービスです。

お2人は顔を合わせると、「今日はもう滑ったんですか?」「もちろん」とさっそくゲレンデの話に……。
しかも、その場でさっそく情報交換。「夏油高原スキー場」が大好きなお2人です。

同じサービスでも雪質が違う! パウダースノーの夏油だからこその価値を。

 さて、気になる「ファーストトラック」とは、どんなサービスでしょう?

 通常、スキーヤーやボーダーを頂上へ運ぶゴンドラの運行は午前 9 時からですが、「ファーストトラック」はその10 分前にゴンドラに乗り頂上へ。30 名限定で誰よりも早くゲレンデに飛び出し、誰にもターンを刻まれていないパウダーバーンやキレイに圧雪のかかったバーンで贅沢にターンを刻めるというもの。

「他のスキー場でも何カ所かやっているサービスではあるんですが、パウダースノーとフレッシュスノーが強みの夏油だからこそ、誰よりも早くその雪を楽しめる『ファーストトラック』の価値はどこよりも高いと思ったんです」(佐々木さん)

 ちなみに、こちらのチケットの販売は午前7時から。利用料金は1人1,000円ですが、混んでいる日は販売開始10分で売り切れるほどの人気。

 そんな佐々木さんに、今後の目標を尋ねると……。

「もっともっと“滑り手目線”の山にすることですね。やっぱり、結局みなさんはスキーやスノーボードをやりたくてスキー場にいらっしゃるわけですから、そこが一番ワクワクしないと……。

 例えば、ちょっとだけ邪魔な枝を切ってあげたり、圧雪のやり方もどうすればもっと滑るヒトが面白いと感じられるかにこだわったり……。夏油はハイシーズンになると豪雪と毎日変わる強風で毎日斜面の状態も変わるので、その日の状態を見極めて理想のラインを常におすすめできるようにしたり……。

 やっぱりお客さまには“滑る”楽しさをもっともっと感じてもらいたいですし、夏油ならそれがもっともっとできる……。

 そういう意味でも“滑る”ヒトがワクワクするようなかっこいい山にしていきたいですし、そうすることで『また夏油に来たい』と思ってもらえたら、すごくうれしいです」(佐々木さん)

「そのためにも自分で滑って体感して、“滑り手目線”で細部にもこだわって変えていくことが大事」だと語る佐々木さんの言葉は、菅原さんの想いともリンクするものでした。

 菅原さん同様に、この方も夏油の未来にワクワクしているひとりです。

アイデアを実現できる楽しさ。外国人だからわかる夏油の魅力を多くのヒトに。

「『これをやったら面白いんじゃない?』とアイデアを言うと、みんなが乗ってくれて実現できる……。それが、すごく楽しい」

 そう語るのは、“ココ”の愛称で親しまれているトーマス・ココンタンさん。フランス出身のココさんは、9年ほど前から季節労働しながら世界各地を旅しており、北上市出身の千葉魅月さんとは3年前にオーストラリアで出会い、それからは一緒に各地をまわる日々。

 今まで世界各地で働いてきたココさんと魅月さんが「夏油高原スキー場」にやってきたのは昨年の12月で、主にフロント業務や清掃の仕事に携わっているとのこと。

 そんなお2人が、「夏油高原スキー場」で実現させたのが「雪乞いの儀式」。

「『そろそろ雪が降ってほしいなあ』というときに、仕事終わりにみんなで集まって山にきちんとお供えもして、それから焚火を囲んで『雪!』『雪!』って言いながらひたすら走り回るだけの儀式です(笑)」(魅月さん)

「今まで2回やりましたが、最初は5人だったのが2回目は30人ぐらいに増えて、『楽しかった。またやろう』とみんなが言ってくれたのは、うれしかったですね」(ココさん)

 たどたどしいながらも、ときより日本語を交えて語ってくれたココさん。夏油に来るまで日本語はできなかったそうですが、仕事柄お客さまと接する際は、外国人の方はもちろん日本人のお客さまにも積極的に対応しているそう。

この日お2人はフロントの業務を担当。写真は上司の久家さんと。

「日本語ができなくても、久家さん(ココさんの上司)がなんでもチャレンジさせてくれるので、少しずつですが日本語が話せるようになっています」(ココさん)

 そう言って笑顔を浮かべるココさんに、今後チャレンジしてみたいことを尋ねると……。

「夏油は街から近いにもかかわらず、手つかずの自然が残っていて、山がイキイキとしているし、いい温泉もある。それに、鬼剣舞など昔からの文化を大切にしている点も素晴らしいと思います。

 こういうローカルな地域に来たら、自分も含めて外国人のヒトはそこでの暮らしとか歴史を知りたいと思うんですよ。時間は限られていますが、そういう部分をボクもできるだけ勉強して、海外から来たヒトたちにも伝えて、シェアしていけたらいいなと思っています」

 そう語ってくれたココさんですが、シーズンが終わると次は魅月さんと一緒に和歌山県の梅農家さん、さらには沖縄県をめざして気の向くまま旅を続ける予定とのこと。

 インタビュー中もニコニコ笑いながら楽しそうに質問に答えてくれたココさんと魅月さん。これから訪れる旅の先々でも、みんなと「雪乞い儀式」をした夏油の思い出を楽しそうに語るお2人の笑顔が目に浮かぶようです。

「雪乞い儀式」の様子。この日はスタッフおよそ30名が参加。山の神に祈りを捧げるシャーマン役は、もちろんココさんです。

いつか日本で……。「夏油高原スキー場」でそれぞれの夢を育む学生たち。

 ジンさん(陳 怡均)とタコさん(張 芳瑜)は、台湾からインターンシップでやってきた大学4年生。「夏油高原スキー場」にやってきたのは、昨年に続いて2度目だそう。

「夏油高原スキー場」では台湾の大学と連携。毎年、インターンシップを受け入れていますが、通常は1人1回。しかし、昨年ジンさんとタコさんは同スキー場のインターンシップを体験して感動。

「丁寧に仕事を教えてもらえるのはもちろんですが、私ひとりでも仕事を任せてもらえるので、信頼されていると思うとうれしいです。

 何よりも一人前に育てようという心遣いが感じられて、すごくやりがいがあります」

 そう語るジンさんは、フードコートのキッチンを担当。ジンさんは実家が弁当屋さんを営んでおり、いずれは日本で弁当屋さんを開業し、台湾の弁当文化をひろめたいという夢があるそう。

 そのために「夏油高原スキー場」で日本語を勉強しながら、さまざまな経験を積んでいます。

ジンさん(右)と タコさん(左)は、ともに大学4年生。「夏油高原スキー場」で体験した2度のインターンシップを糧に、
「いつか日本で」と想いを強くしているようでした。

 一方、タコさんは清掃などスキー場の管理の仕事に従事していますが、将来はワーキングホリデーを利用して、日本を含め海外で暮らしてみたいという目標があります。

「将来は台湾で子どもに教える仕事がしたいんです。そのためにもいろいろな経験を積みたいし、海外でも暮らしてみたいと思っています。そういう意味でも、夏油高原スキー場での経験は貴重でした。

 みなさん、情熱を持って仕事に取り組んでいるし、上司の方もオフィスにいるんじゃなくて現場に出てスタッフと一緒に一生懸命働いていて、とても刺激を受けました」(タコさん)

 「ワーキングホリデーを利用できたら、またここで働きたい」と語るタコさんですが、そのためにも「日本語をもっともっと勉強しないと」と気を引き締めます。

 今シーズン、台湾からのインターンシップは10名の大学生が参加。うち2回目の参加はジンさん、タコさん含め3名。「夏油高原スキー場」で体験した日々が、台湾の大学生たちにとっても忘れられない時間となっているようでした。

取材に訪れた日は午前中吹雪いていたスキー場も、午後は穏やかな天気に。

夏油の未来を育てること……。「夏油高原スキー場」は次のステージへ。

 「仕事はすべて支配人以下、若いスタッフたちに任せています。そうすることで若手が育ちますし、何より私自身がいっぱい滑れますから」と語り、笑みを浮かべていた菅原さん。

 そんな菅原さんが育てているのは、もちろん“ヒト”だけではありません。地域とつながり、永続的に発展していく「夏油高原スキー場」の未来です。

●暖冬でも日本屈指の積雪量を誇る「豪雪」
●上質な「パウダースノー」
●海外でも人気の高い充実の「ツリーランエリア」
●まだまだ開拓の余地がある「面白い山」

 以上のような強みが「夏油高原スキー場」にはあり、菅原さんは滑走エリアの拡張と宿泊施設を充実させることで、それらを最大限に満喫できるよう本格的なリゾート化に向けて動き出しています。

「今シーズンから完全プライベートな空間として長期滞在も可能な宿泊施設『プレミアムステイ 豪』がオープンしましたが、ゲレンデにも直結していて眺めもいいですし、海外のお客さまにも好評です。

 また、今後は裏山もどんどん活用していきたい。

 例えば、スノーキャット(大人数で乗れる雪上車)やヘリスキーを活用してお客さまを安全に運ぶ仕組みを整えれば、今後は裏山でもツリーランができたり、ガイド付きでバックカントリースキーを楽しんでもらったりすることも可能になります。  

 本当に夏油の山は面白いし、まだまだできることがある。何より豪雪だし、雪質もいい。そこをさらに磨いていきながら、今後は宿泊される方にプレミアムな体験ツアーを提供し、夏油の“リゾート”としての価値を高めていきたいと思っています」(菅原さん)

長期滞在が可能な宿泊施設「プレミアムステイ 豪」は広い窓からゲレンデが見渡せる贅沢な空間が、特別な時間を演出してくれます。

 さて、今シーズンは日本全国のスキー場が深刻な雪不足に。平均520cmの「豪雪」を誇る「夏油高原スキー場」も例年より1mも積雪量が少なく、通常はゴールデンウィークまで滑れましたが、今年は5月まで滑れるかどうか……。

 そうしたなかで、「今後はますます環境への意識も高まってくる」と語る菅原さん。

「現にヨーロッパではスキー場が環境問題を考えるという動きが出ていて、例えば暖房は石油や電気を使わず薪ボイラーですべてまかなっているところもあります。

 残念ながらまだそこまではできませんが、私たちも環境への意識は今後さらに高めていきたい。

 まだアイデアの段階ですが、例えば夏油高原スキー場は、夏は合宿やイベントなどで利用されています。そこに業務用のコンポストを置いて、残飯などの生ごみを自然に還るようにしたり……。

 実は私も自宅にコンポストを置いて使っているんですが、生ごみを入れて土を軽く混ぜておくだけで手間もかからない。それで生ごみが自然に還るなら……」(菅原さん)

 暖冬が続く日本で、「豪雪」とともに海外からも高い支持を集める「夏油高原スキー場」。その“雪”を誇りに。その価値に、さらに磨きをかけて……。環境への意識も高めながら、菅原さんと若いスタッフたちがこれからどんなスキー場に育てていくのか、今後が楽しみです。

今シーズンからスタートした「スノーモービルツアー」は、スキーやスノーボードとは違った視点で夏油高原の雪山を楽しめると好評。
「夏油高原スキー場」から見た北上市街地の夕景。取材を終えてみれば、朝の吹雪がウソのような穏やかな風景に。
夏油の山は1日でさまざまな景色を見せてくれました。

◇「夏油高原スキー場」でスノーシュー体験! 頂上からの眺めを堪能! 詳細はこちら!

(了)

夏油高原スキー場(株式会社 北日本リゾート)       

岩手県北上市和賀町岩崎新田

2020-03-13|
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