NPO法人「あすの黒岩を築く会」
事務局長 小田島光安(おだしま みつやす)
事務 多田文子(ただ あやこ)
展勝地まで4km。広場を無料駐車場に。
北上川を眺めながら、サイクル&ジョグで桜見物へ!
「今回初めて取り組むことなので、なんじょなるが(どうなるのか)……。でも、観光バスがどんどん通り過ぎていくのを、指をくわえて見ているのも面白くねえし」
そう言って朗らかに笑うのは、NPO法人「あすの黒岩を築く会」の事務局長を務める小田島光安さんです。
北上市には、角館(秋田県)や弘前公園(青森県)とともに「みちのく三大桜名所」に数えられる「北上展勝地」があり、4月15日(月)~5月6日(月・祝)までは「さくらまつり」を開催。期間中は、約2kmの桜並木を中心に園内にあるおよそ1万本の桜を見ようと、例年40万人を超す花見客が訪れ、大いににぎわいます。
しかし、華やかなまつりの陰では、ある課題も……。
「さくらまつりの時期になると、『展勝地にたどり着けずに戻ってきた』というお客さんの話をよく聞きます。それぐらい、ひどい渋滞になるんですよ」
そう語るのは、小田島さんと一緒に「あすの黒岩を築く会」をずっと支えてきた多田文子(あやこ)さんです。
同会が管理・運営する「黒岩まんなか広場」は展勝地の桜並木から北に4kmほどの位置にあり、道路をはさんだ向こうには北上川の雄大な流れも。さらに、北上川沿いには展勝地と花巻温泉を結ぶ総延長26kmのサイクリングロードが整備され……。
「あすの黒岩を築く会」では、この立地と環境の良さに着目。同広場から展勝地までの4kmには、水車と滝のある風景に癒やされる「親水公園お滝さん」や、昔話や伝説の舞台にもなった名所が点在します。
そこで、北上市の商業観光課のアドバイスも受けながら、さくらまつりの期間中は広場を無料駐車場として開放し、自転車もレンタルできるように準備。
訪れた方には、ご要望があれば自転車を貸し出し、混雑回避と健康づくりも兼ねてサイクリングやジョギング、ウォーキングをしながら、北上川の雄大な流れや美しい景色とともに地域の文化にも触れ、楽しみながら展勝地をめざす「サイクルandジョグでアプローチ大作戦~ring! ring! run! run! 展勝地♪~」を企画したのです。
レンタル用の自転車は地域住民の持ちよりで、最終的には子ども用、ママチャリ、マウンテンバイクなど17台の自転車が集まり、さくらまつりの開幕に合わせて今回の大作戦(レンタル自転車事業)が動き出したのでした。
◇ サイクルandジョグでアプローチ大作戦のチラシ(表)
◇ サイクルandジョグでアプローチ大作戦のチラシ(裏)
最初はテントから。地域住民手づくりの“産直”オープン!
今年の「北上展勝地さくらまつり」で、初めてレンタル自転車事業にチャレンジするNPO法人「あすの黒岩を築く会」。その誕生は、2012(平成24)年のこと。
当時、9つの集落からなる黒岩地区の赤ちゃんからお年寄りまで、全住民の80%以上の賛同を得た黒岩自治振興会は、「黒岩まんなか広場」の管理・運営を行うためNPO法人「あすの黒岩を築く会」を立ち上げ、活動をスタートしたのでした。
同会の活動目的は、シンプルで明快。
地域住民の参加や協力を得ながら、黒岩地区を元気にするための事業を進めること……。
その活動の原点は、2009(平成21)年の出来事までさかのぼります。
当時、合理化により各地区の農協が合併され、黒岩地区にあった農協支所も撤退。その土地と建物が売りに出され、さらには民間に売却されると知り、「なんじょにがしねえと(どうにかしないと)」と立ち上がったのが、黒岩自治振興会でした。
北上市は多くの企業誘致に伴い、中心部では人口が増加。一方で周辺地域は人口減少や高齢化が進んでおり、中心部から5kmほど離れ、およそ1,000人の住民が暮らす黒岩地区もその例外ではありませんでした。
そうした課題を抱える黒岩地区の中心部にあったのが、農協支所の跡地。しかも、黒岩小学校に隣接する約4,800㎡の敷地内には学童保育所などもあったため、黒岩地区に暮らす330世帯から寄付を募り、地域でその土地や建物を取得。「黒岩まんなか広場」と命名し、地域コミュニティを活性化させる拠点にしていくことに。
そこで最初に着手したのが、産地直売所の開設。黒岩地区には商店が1軒もなかったため、まずは農林水産省の補助金を活用してテントを購入。地域住民の協力を得て学童保育所の前にテントを設営し、必要な電力はコードリールで学童保育所から取り入れるなどして、手づくりの「くろいわ産地直売所」をオープンさせました。
地域住民が参加し事業を行うのは初めての試みであり、不安だらけのスタートだったといいます。しかし、冬になり雪が降ると、雪の重みでテントが潰れはしまいかと心配して、誰が言いだすわけでもなく、テントの前に住民たちがしぜんと集まり、雪おろしや除雪の作業をしたとか。
当初は週2日、午後の数時間程度の営業でしたが、産直を支える60数名の会員を中心に、地域住民の協力もあり、「くろいわ産地直売所」はテントからプレハブに。
やがて営業時間も拡大し、品揃えも地域の農産物を中心に、自分たちでつくる惣菜や業者から仕入れる食料品などとラインナップも充実。
産直の会員数も75名に増え、地域住民の手づくりの産直は、小さいながらもそれまで地域になかった“商店”としての機能を充実させてきました。
しかし、そうした取り組みのすべてが順調だったわけではありません。
「失敗だらけですよ」と言って小田島さんは苦笑いを浮かべます。
失敗から気づかされた黒岩地区の魅力。その良さを未来へ。
2009(平成21)年のスタート当初は、地域の農産物を販売する「くろいわ産地直売所」の他、「学童保育所」に隣接する「わくわく夢工房」で食堂を開業していました。その食堂ではじめたのが「福祉弁当」。
産直で余った農産物を活用し、ひとり暮らしの高齢者宅に弁当を届けるというアイディアは、ひとり暮らしの高齢者の“見守り”にもつながり、地域の役に立つ事業だと思ったそうですが……。
「はじめてみてわかったんですが、黒岩地区は隣近所の付き合いが密なんですよ。
だから、いっぱい料理をつくったときも、隣にひとり世帯のヒトがいたら持って行ってあげたりする。そういう家同士の交流があるから、弁当を頼む必要がないってわかった(笑)
しかも、なぜか黒岩地区以外からの注文が増えて、地元より遠くに配達する弁当の方が多くなっちゃった(笑)
でも採算がとれるほどの数は出ないから、手間暇だけかかって肝心の収益があがらず、事業としても成り立たない。『これじゃいかん』ということで、食堂のみの営業に戻りました」(小田島さん)
しかし、その失敗も「家同士のつながりが密」だという黒岩地区の良さに改めて気づく貴重な経験となりました。
残念ながら現在食堂はなくなりましたが、「わくわく夢工房」では産直で販売する総菜をつくったり、「地域の老人たちが集まる機会がほしい」という声に応えて、月に1回開催する「お茶っこ飲み会」の会場として使用しています。
また、地域住民が気軽に集まって利用できる空間としても活用。「いつか休みの日に仲間と食堂を開いて、お小遣い稼ぎがしたい(笑)」と文子さんが語れば、「そうそう。地域のヒトたちが楽しんで使ってくれればいい」のだと小田島さんもうなずきます。
2012(平成24)年、9つの集落からなる黒岩地区の赤ちゃんからお年寄りまで、全住民の80%以上の賛同を得た黒岩自治振興会は、「黒岩まんなか広場」の管理・運営を行うために改めてNPO法人「あすの黒岩を築く会」を立ち上げ、活動をスタートした話は先に触れました。
これは、建物を含め「黒岩まんなか広場」という空間を地域の財産として残し、黒岩地区のコミュニティを活性化させる拠点として末永く活動していくためにも、収益をあげる仕組みづくりをより強化していく必要があるという決断からでした。
「1つの集落が数十戸で認可地縁団体をつくり、地域の公民館などを建てて管理・運営する例は数多くあります。
しかし、300戸を超える黒岩地区全体が認可地縁団体となって、地域の財産として『黒岩まんなか広場』を登録して、産直などの事業もやりながら、補助金に頼らず自分たちで自立して収益をあげながら、それらを管理・運営しているのは稀じゃないかと思います」
と語る小田島さんは、「当時の自治会長さんたちは相当苦労されました」と先輩たちの労をねぎらいながら、昔を振り返ります。
「黒岩には9つの集落がありますが、全部に足を運んで説明会を行いました。
そこで、さまざまなご意見をいただきましたが、しかし諦めることなく地道に取り組んで地域住民のみなさんから賛同を得られたからこそ今があるんです」(小田島さん)
若い世代に受け継いでいくために。「あすの黒岩を築く会」の新たな挑戦。
現在、「あすの黒岩を築く会」の活動を支えているのは、「くろいわ産地直売所」の売上の他、「ふるさと納税」での取り組みとのこと。
人気は、地元産でつくる「りんごジュース」やお米、さらには2015年度にお得な「ふるさと納税」ランキング~豚肉編~で全国第3位になった実績もある希少豚「黒岩豚太くん」の豚肉など。
さらに、デイサービスが行われる施設に出向く「出前産直」といった取り組みも精力的に実施しています。しかし、これについては収益をあげることだけが目的ではないと、小田島さんは語ります。
「今でも覚えていますが、ここができる少し前にひとり暮らしのお年寄りが日射病で誰にも気づかれずに亡くなっていたケースがありました。少なくとも、そういうことは2度と起こってほしくない。
私たちの活動は、そうした地域の見守りの役目もあると思っています。
出前産直も商売優先ではない。あくまでもみんなが集まるきっかけづくりであって、みんなと顔を合わせて世間話ができる場所だと思って気軽に活用してもらいたいだけなんです」(小田島さん)
そうした活動を継続していくためにも、“地域を元気にするための活動”という目的は大前提として、新たに収益をあげる仕組みづくりが「あすの黒岩を築く会」には求められています。
そのひとつの試みが、今年のさくらまつりと合わせて、初めて挑戦する「サイクルandジョグでアプローチ大作戦~ring! ring! run! run! 展勝地♪~」でした。
「正直にいえば、今の時季は産直の品揃えも売りとなるようなものが少ないんですよ。夏野菜が出るまではどうしてもそうなっちゃう。
そういう時季の新たな収益源になればと思って今回のレンタル自転車も地域のみなさんの協力を得てやりました。なんじょなるが(どうなるのか)は、わかんないけど(笑)」(小田島さん)
また、道路を挟んだ向かいにある「親水公園お滝さん」では、あじさいの花が見ごろを迎える6月の第2日曜日に例年1日のみの開催だった「水車まつり」を、昨年から2週間に延長。
「今年は『あじさいまつり』と名前を変えますが、やっぱり2週間ぐらい開催する予定です。毎年、若いヒトからお年寄りまで多くの方に来ていただいていますが、それを1日で終わらせるのはもったいない。
収益をあげることはもちろんですが、そういう華やかなイベントを開催することで、若い世代がもっともっと参加できるようにしていきたいんですよ」(小田島さん)
人口が増える北上市にあって、周辺地域は人口減少や高齢化が進んでいる話は先に触れました。その中にあって地域住民の手でなんとかしていこうと挑み続けてきた「あすの黒岩を築く会」にも、皮肉にも高齢化の問題が……。しかし、それでも小田島さんは前を向きます。
「私の使命は、この取り組みを若い世代に受け継いでいくこと。そのためにも、なんじょにがしねえと(どうにかしないと)ね」(小田島さん)
黒岩に暮らす地域住民たちの参加と協力を得て、「なんじょにがしねえと」精神で地域を元気にしようと挑み続けてきたNPO法人「あすの黒岩を築く会」。
産直の立ち上げから数えれば10年目を迎える今年、「北上展勝地さくらまつり」の開幕に合わせて新たにチャレンジする大作戦(レンタル自転車事業)は果たして成功するのか?
今後に注目ですが、しかし大事なことは、ひとつの成功・ひとつの失敗に一喜一憂するのではなく、地域を少しでもよくしよう、元気にしようと地道に取り組み、チャレンジし続けることなのかもしれません。
「なんじょにがしねえと」精神で地域のために挑み続ける小田島さんたちのお話をうかがっていると、そう思えてきます。
4月18日(木)、展勝地の桜がようやく花開きはじめました。「あすの黒岩を築く会」の新たなチャレンジも、いよいよはじまります。
(了)
NPO法人「あすの黒岩を築く会」
岩手県北上市黒岩16-26-1(黒岩まんなか広場)
Tel/0197-64-7528(代表)
くろいわ産地直売所(黒岩まんなか広場内)
営業時間/10:00~17:00 ※さくらまつり期間中のみ9:00~
定休日/第1水曜日 ※さくらまつり期間中(4/15~5/6)は営業
レンタサイクル/1台1,000円(9:00~16:00まで)※さくらまつり期間中のみ
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