3D技術で地元に恩返ししたい! 気づいたら3Dの入門書まで出版しちゃいました!

いわてデジタルエンジニア育成センター 

副センター長

小原 照記(おばら てるき)

 

25歳になって、やっと出会えた夢。

大学を卒業しても、夢どころか、特にやりたいこともなく、地元の仲間と好きなサッカーをしたいという理由で北上に戻り、事務員として働いていた小原照記さん。

 その人生に夢を与えてくれたのは、「あんた、パソコン好きなんだし、CAD(コンピュータによる設計支援ツール)とかやってみたら」というお母さんのひと言で受講した、北上職業訓練校の3D CAD人材育成講座でした。

 3D CADは、パソコン上で立体的な造形をつくりながら製品の開発・設計が行えるツールです。例えば、ロボットをつくる場合もパソコンの画面上にリアルなロボットを造形し、部品と部品の組み合わせに問題はないか、手足はどのように動くか、強度はどれくらいか、もっと軽量化できないか、表面は何色がいいか、などの検証・確認も簡単にできます。

 小原さんは、この3D CADに夢中になりました。

「コンピュータのなかで、自分の好きなものがどんどん出来上がっていくのがすごく楽しいんですよ。1日中やっていても全然苦じゃないんです。子どもの頃、朝から晩までサッカーをやっていても飽きなかった、あの感じです」(小原さん)

 3カ月にわたって行われた育成講座には最終試験があり、小原さんは実務経験者以外では日本人初となる400点以上を取り、優秀賞を獲得。さらに、講座終了後には神奈川県にある自動車部品の設計会社に3D CADオペレーターとして入社も決まりました。

 それは、大学を卒業以来、特にやりたいことも見つからず、日々をやり過ごしていた小原さんが、25歳になってやっと夢を手にいれた瞬間でした。

  

いずれも3D CADでつくり、3Dプリンタで出力したもの。単色でつくり色を塗って仕上げるシンプルなものから、高い精度が求められる繊細なプロダクトまで、幅広くつくりだすことができます。

3D CADで造形し、切削して仕上げたさらに精度の高い製品もできます。

 

3Dが創り出すものづくりの感動を北上で。

 小原さんが神奈川県にある設計会社に入社して驚いたのは、働く環境です。3Dの作業をする部屋にはおよそ100人のスタッフがいて、500万円もするような3D CADソフトをひとり1台ずつ使用し、思う存分作業できる環境がありました。

 さらに、小原さんは最初の仕事で3D CADでものづくりをする最高にうれしい瞬間に出会います。その仕事は、当時まだ世に出ていない次世代カーの内部の天井パーツをつくることでした。自分が手掛けた内装部品が次世代カーの一部として一般発売される喜び。さらに、その車が世間の注目を浴び、多くのメディアに取り上げられたときの感動と興奮は、最先端の3D CADでものづくりをする楽しさとやりがいを改めて小原さんにもたらしてくれました。

 しかし、3D CADオペレーターとして充実した日々を過ごしていた小原さんは、ある想いを胸に地元に戻る決意をします。

「3D CADの経験を積んだら北上に戻ろうと最初から考えていました。私自身、3D CADの職業訓練を受けて人生が変わりました。その恩返しをしたかった。北上市にある『いわてデジタルエンジニア育成センター(Iwate-DE)」』で働こうと思ったのも、そのためです。

 自分がこれまで培った3D CADの知識と経験、自分が3D CADでつくったものが世に出たときの感動を伝えながら、北上で3D技術の普及に貢献したかった。3D技術を活用する企業を地元に増やして、若い世代や子どもたちにも3Dの楽しさを知ってもらい、将来、地元で3Dの仕事をしたいと思ってもらえるようにしたかったんです」(小原さん)

 自分の人生を変えてくれた3Dの楽しさと感動を多くのヒトに。3D技術で働ける環境を地元に。2011年4月、北上市に戻ってきた小原さんの新しい夢が動き出しました。

  

  

3D CADで設計したロボット。立体的に造形されるため、いろいろな側面から製品の状態を確認・検証しながら、製品の開発・設計ができます。

 

中小企業の現実をわかっていなかった、という後悔。

 小原さんは、もがいていました。小原さんの仕事は、Iwate-DEで開かれる講習会で、北上市をはじめ岩手県内の企業の社員に最先端の3D技術を教え、新商品の開発や設計に役立ててもらうことです。

 しかし、肝心の3D技術の普及が思うように進みません。なぜかといえば、3Dのソフトを導入するには、およそ100万から数千万円のコストがかかります。そのため、多くの中小企業が導入したいとは思っていても諦めざるを得ない現実がありました。

「みなさん、すごく興味はあるんですよ。3Dソフトの講習会を開くと、毎回多くの方が参加されるんですが、反応もすごくいいんです。でも、肝心の普及が進まない。そういうジレンマのなかで、中小企業の方でも気軽に使える安くて性能のいい3Dソフトはないかと必死に探しまわっていました」(小原さん)

 小原さんを突き動かしたのは、岩手の中小企業の現実をよくわかっていなかった、という後悔です。Iwate-DEで行う講習会では、100万円や500万円もする3Dソフトを使用。以前は、そうした最先端のソフトの使い方をきちんと教えることさえできれば、その魅力を実感してさえもらえれば、岩手の中小企業にも3Dソフトの導入が進むと考えていました。

 さらに、普及が思うように進まないと、「講習会にはたくさんの方が参加するのに、どうして導入が進まないのか」と3Dソフトの活用に二の足を踏む中小企業をもどかしく感じてもいました。

「でも、たくさんの中小企業の方と触れ合っていくうちに、3Dソフトを導入したくても“100万円”という導入コストがとても高価で、それが導入をためらう高いハードルになっていると気づいて、私は岩手の中小企業の方の現実を何もわかっていなかったと痛感したんです。私が会社員の頃の感覚で、100万円や200万円ぐらいだったらすぐ出せるだろうと勝手に思い込んでいたんですよね……」(小原さん)

 およそ100人のスタッフが、500万円の3Dソフトをひとり1台ずつ使って作業する環境を当たり前だと思っていた小原さんは、その感覚の切り替えができていなかった当時の自分を悔いながら、そう語ってくれました。

講習会の様子。岩手の中小企業の担当者を相手に講義する小原さん。

 

ある無料ソフトとの出会いが未来を切り拓く。

 そんなとき、小原さんはある3Dソフトに出会います。

「Fusion360(フュージョンサンロクマル)という3Dソフトで、発売日もよく覚えています。2015年9月15日に日本版が登場したんですよ。このソフトは非営利だと無料で、ビジネス用途でも年間約4万円の使用料を払えば利用できるんですが、実際試してみると『これは使える』と思いました」(小原さん)

 小原さんはFusion360だけでなく他の無料ソフトもいろいろ試していました。そこでわかったのが、多くの無料ソフトは他のソフトでつくったデータを取り込めないということ。例えば大手企業とビジネスを行う場合、大手企業が500万円や1000万円のソフトでつくったデータを使用するケースもでてきます。そんなとき、肝心のデータが取り込めないソフトではデータの連携ができず、仕事になりません。

 一方、Fusion360は他のソフトとのデータ連携はもちろん、3Dソフトとしての性能も無料とは思えないほど高く、ビジネスで使う分にも十分な機能を装備。さらに年間約4万円の使用料も、100万円のソフトに比べれば破格で、大幅に導入コストが抑えられます。「これなら中小企業さんでも導入してもらえる」と小原さんは確信し、講習会の開催に向けてFusion360を極めようとどんどんのめり込んでいきました。

 Iwate-DEでFusion360の最初の講習会が開催されたのは、翌年の2016年4月のこと。当初は1日のみの開催予定でしたが、会場は岩手の中小企業はもちろん県外の企業の担当者なども訪れ満員となり、急きょ翌日も講習会を開催することになるなど大盛況でした。

 ちなみにこの講習会は現在も人気で、Fusion360を導入する企業も増加。新商品の開発・設計はもちろん、熟練職人の技術の継承に役立てたりするなど3Dの裾野は着実に広がっています。

夏休みや冬休みなどは子ども向けや親子向けの3D講習会も開催。親子向けの講習会では、お子さんよりも大人が夢中になることも。

 

困ったヒトを助けたい。その想いが世界一の扉を開く。

 さらに、Fusion360を極めていく過程で小原さん自身にも大きな転機が訪れます。

 Fusion360はアメリカのオートデスク社が開発したもので、同社の公式サイトにはFusion360のユーザーが集まり、ソフトを使っていて“困った”ことを投稿し、みんなで知恵を出し合って解決していくコミュニティがあります。

 そこで、確かな商品知識と熱意を持って解決策を提案し、ユーザーの“困った”を明快に解決したヒトをオートデスク社が「エクスパートエリート」として公式認定する制度があり、小原さんは2016年8月に東北では初、日本人では7人目となる認定を受けました。

「エクスパートエリートになりたいなんて考えたこともありませんでした。ただ、困っているヒトを助けてあげたい、私の知識や技術が誰かの役に立つなら、と思ってやっていたら、いつの間にか認定されていたんですよ」(小原さん)

 そういって照れ笑いを浮かべる小原さんですが、公式認定を受けてやる気に火がつきます。その3カ月後には、オートデスク社の認定技術者資格を日本人で初めて取得。さらに、およそ1年後の2017年12月には同社の公式サイトでユーザーの“困った”に対する解決策をわかりやすく紹介した動画が閲覧数世界一と認定され、表彰される快挙を成し遂げます。

「世界一になれたことはもちろんうれしいですが、一番よかったのはいろいろな解決策を提案していくなかで、初心者の方が操作につまずくポイントがわかったこと。この経験は現在の講師の仕事にも活きています」(小原さん)

 こうした小原さんの取り組みが、新しい世界への扉を開きます。

 

本の出版の陰に隠された小原さんの新たな挑戦。

 Fusion360のガイドブックの執筆依頼が東京の出版社から舞い込んだのが今年の2月。性能がすぐれた無料3Dソフトとして利用が拡大するFusion360のガイドブックの書き手は、同ソフトの課題解決動画の閲覧数が世界一となった小原さんしかいないと白羽の矢が立ちました。

 小原さんはその意気に応えて、わずか半年で400ページに及ぶ書籍「Fusion 360 マスターズガイド ベーシック編」を上梓、8月9日に発売となりました。初心者にわかりやすいガイドブックを目指して、画像をふんだんに取り入れて構成されたこの書籍は、「細かいところまで丁寧に解説してあってわかりやすい」と一般の読者からも好評を得ています。

 さらにこの夏、小原さんにうれしい出来事がありました。Iwate-DEのある「北上市産業支援センター」に、企業の商品開発や設計を支援するため、最新鋭のフルカラー3Dプリンタが導入されたのです。

「利用の仕方などはまだ未定ですが、今回導入された3Dプリンタは透明な樹脂の内部にも色付けできる最先端のもので、大手メーカーも商品開発のための試作などに活用しています。こういった機器を利用して多くの地元の企業さんがいろいろな商品の開発に役立ててもらえたらうれしいですし、私たちもその支援のためにもっと勉強したいと考えています」(小原さん)

 大学を卒業後も、特にやりたいことが見つからず、日々をやり過ごしていた25歳の青年が、北上職業訓練校で3D CADの楽しさに出会ったのは2008年11月のこと。それから10年に満たない間に、3Dの分野で東北初、日本人初の記録を打ち立て、世界一にも輝き、3Dソフトのガイドブックまで執筆するなど大活躍の小原さん。しかし、その根底にあるものはずっと変わりません。

「3D CADの職業訓練を受けて私の人生が、本当に大きく変わりました。その恩返しをしたいだけなんです。私がこれまで培った3D CADの知識と経験を地域のために役立てたい。そして、私より若い世代や子どもたちが、この北上で3Dを仕事に選べるような環境をつくっていきたいんです」(小原さん)

 そんな小原さんに、もうひとつ、夢が出来ました。

「地方にいるから夢を諦める、やりたいことができない、というヒトがいます。でも、私はどこに住んでいても出来ることはあるし、そこに住んでいるからこそ出来ることだってきっとあると思います。北上にいても最新技術は学べるし、日本人初だって、世界一にだって、本だって出版できる。北上から生まれた何かで、世界を驚かせることがきっとできるはずなんです。それを私は実践していきたい」(小原さん)

 北上から世界へ。小原さんの夢がどのように立ち上がり、カタチになっていくのか……。これからも続く挑戦の日々に、小原さんはワクワクしています。

ソーテック社から8月9日に発売された「Fusion 360 マスターズガイド ベーシック編」は、画像をふんだんに使い、説明も丁寧でわかりやすいと好評です。

この夏にIwate-DEのある「北上市産業支援センター」に導入された最新鋭のフルカラー3Dプリンタ。今後、どのように地元企業のために活かされていくのか、注目です。

今回導入されたフルカラー3Dプリンタは、写真のように透明な樹脂の内部にも色付けできるため、製品開発の可能性がさらに広がります。

(了)

 

北上から世界に発信する小原さんの主な活動!

小原さんは自らサイトを立ち上げたり、他のサイトにコラムを執筆するなど、さまざまな活動を行っています。

◆企業や学校の動きなど岩手県内の3Dに関する情報をまとめて発信いわて3D通信

◆「3D+ものづくり」を家で気軽に楽しむために役立つ情報を発信Home3Ddo

◆ものづくり製造業の3D CAD、CAMなどを学習・勉強できる情報サイト3DdoFactory

◆各分野のエキスパートがネットで講義をするサイトの講師を担当「LinkedInラーニング

◆Fusion360ファンが集まるサイトで人気コラムを担当「テルえもんチャンネル

 

いわてデジタルエンジニア育成センター

岩手県北上市相去町山田2-18 北上オフィスプラザ

TEL/0197-62-8080

駐車場/あり

2018-09-06|
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